2013年09月30日

秋場所千秋楽

昨日は秋場所千秋楽でした。
家で少しばかりの仕事が有り、午後3時頃テレビをつけました。
丁度十両以下の優勝決定戦とその直後の表彰式をやっておりましたが、初めて見ました。

「幕の内総合優勝」の式とは雲泥の差です。
十両以下の表彰式では、審判部長が表彰状を読み上げ、授与するだけのものです。

つい2〜3分前に「優勝決定戦」を戦っていた十両力士が、勝負を終えた時のままで表彰状を受けとっていました。
厳しい相撲世界の一つの面だと思います。

さて15日間を終え、優勝は東の横綱白鵬関でした。
4場所連続27回目の優勝です。
優勝回数の記録はあの大鵬さんの32回が第一位、そして第二位が今の九重親方、千代の富士さんの31回と聞いてます。

白鵬関はまだ30歳前です。
おそらく同じくらいのレベルにはいくでしょう。

これだけ強いと「嫌われる」こともあるでしょうが、大鵬さんと同じように「人気は上々」のようです。
ただ残念なのは「千秋楽なのに盛り上がらない」、ということでしょう。

今場所は新入幕の遠藤関があれよあれよと勝ち進み、あっという間に勝ち越しました。
でも、12日目の取り組みで足を痛め、14日から休場。
優勝は白鵬関が14日目で決めてしまいました。
こうなると、千秋楽は盛り上がる材料がありません。

「お客さんが喜ぶようないい相撲を!」ということしかありません。

ファンの一人として最後の横綱同士の対戦まで見せてもらいましたが、白鵬関の強さが引き立ちました。

大相撲の人気がもっと増すように、相撲道を究めてもらいたいものだと思ってます。


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2013年09月29日

お年寄りの話

先日(9月19日)、産経新聞に「お年寄りの話」というタイトルの記事がありました。

「国語逍遥」という欄ですが、何となくとっつきにくく今まできちんと読んだことがありません。
「逍遥」というのは、「そこらここらをぶらぶら歩く」、という意味なので、「国語をいろいろな面から見てみよう」というようなコーナーなんでしょう。

さて、タイトルの「お年寄りの話」というのは、子どもの教育指導に、お年寄りの「お話し」が効果的ですよ・・・という内容です。
寄稿者は清湖口敏氏です。

難しい言い方もしてありました。
『小さき者を「教化」する力』という見出しもありました。

書き出しは「日本の昔話にはおじいさん、おばあさんがよく登場する理由」を説明してありました。
それは・・・(記事から引用)
《「昔話に描かれている村の社会では子どものいないおじいさんとおばあさんは、村の共同作業に参加できないので、軽く扱われる弱者でした。
一番弱いものが一番幸せになる、というのが昔話の面白さなのです。」(講談社の説明)

注目されるのは桃太郎や一寸法師など、おじいさん、おばあさんが子どもを立派に育て上げる話が少なくないことだ。これについて私は、こんな風に考えている。

労働に追われ、世俗的には欲に駆られがちの父母世代ではどうしても、子どもの真の姿や心に目を向けるだけのゆとりがないが、おじいさん、おばあさんなら既にそんな欲心を離れ、時間的にも精神的にもゆとりをもっているので、より理想的な「子弟教育」が可能となるからではないか、と。》

なるほど・・・と思います。

更に、おじいさんおばあさんの話しについて・・・
《お年寄りは総じて、語り口ものんびりと、もの柔らかだから、子どもらは親の話しをきくときとは違って、強制や強圧をそれほど感じることなく、素直に耳を傾けることができる。》

そして、「お年寄りの子どもらへの教育指導力は素晴らしい」・・・と。

お年寄リとか「老人」という言葉をよりも、「高齢者」という言葉をよく使いますが、「お年寄り」とか「老人」という言葉のほうがいいのでは?とも述べていました。

私もそう思います。

単に年を重ねたように聞こえる「高齢者」より、「年寄り」「老人」の方が深い経験に基づく知恵と知識を感じます。

では、「何歳くらいから老人と呼んだらいいの?」という事になりますが、これは個人差があるようにも思います。
でも、敬いの言葉として「お年寄り」や「老人」を使いたいものです。

posted by 伊藤やすのり at 13:39| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月28日

優勝の行方

大相撲秋場所も今日14日目となりました。

先場所は名古屋だったので、観戦したり「尾車部屋」の行事に参加したりして、ブログでも何度か取り上げました。
でも今回は25日に大きな催し(下村文部科学大臣の講演会)があり、なかなか相撲に触れられませんでした。昨日、久しぶりにテレビ桟敷で観戦しました。

今場所の話題は横綱白鵬の連覇を中心に、日馬富士の巻き返しや大関陣の奮闘や若手の台頭などが挙げられてました。

横綱日馬富士は序盤で二つの金星を与えてしまいました。
横綱に推挙された頃の相撲がなかなか甦らず、早々とファンの期待を裏切ってしまいました。

大関陣も相変わらずです。
大関に昇進した頃の「勢い」がありません。
高い地位を獲得し、「勝ち越しさえいておれば・・・」なんという思いは持っていないでしょうがどうも面白みに欠けます。

一番安定感のある稀勢の里も既に3敗、トップ白鵬とは星二つの差がついてしまいました。

一方、話題になっているのは「新旧二人の関取」です。
幕の内最年長(39歳)の旭天鵬が昨日勝ち越しを決めたのは、「最年長勝ち越し記録」だそうです。

インタビューをされてましたが、実に若々しく感じました。

もう一人は新入幕の遠藤です。
先場所十両で優勝し、今場所は東前頭13枚目の位置です。
出世が早く、まだ大銀杏が結えずざんばら髪での出場ですが、何と一昨日に勝ち越し、昨日は小結との対戦でした。結果は負けましたが、「もうちょっと!」という感じでした。

二人の関取をみて思ったのは、「身体が美しい」ということです。
サポーターはなく、張りとツヤのある身体で、「美しい」と思います。

さて優勝の行方ですが、先頭を走る白鵬が断然有利、今日勝てば優勝となります。

今や、「誰が優勝するか?」というより、「白鵬が優勝回数をどこまで伸ばすか?」という興味のほうが強いように感じます。


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2013年09月27日

価格破壊

日本がデフレになっていった頃、「価格破壊」という言葉がはやりました。
ビックリするような値段が示され、消費者は喜びました。

現在は「デフレからの脱却」を旗頭に、景気回復を目指している途上だと思います。

そんな中、価格破格を思わせる折込チラシがありました。
1週間くらい前の折込でしたが、「ティア新瀬戸」のものです。
瀬戸市でも随分と知られるようになり、多くの方々が利用されてると思いますが、この地方でチェーン展開されている葬儀会館です。

この業界への新規参入はとても難しいといわれてましたが、見事に業界内で地位を築かれました。
わかり易い価格体系と低価格というのが売り物でしたが、受付などの合理性は今や業界スタンダードになったようです。

今回のチラシでは、二つの事のお知らせです。
一つは『大感謝祭』の開催告知です。
今まで葬儀会館が「感謝祭」というような催しをされたことを私は知りません。

いわゆる昔からの「葬儀」のイメージがどんどん変わっていきます。

もう一つが「会員募集」です。
今、ゴールド会員になると「入会金が半額」(1万円が5千円)です。
会員の特典は、祭壇価格が10%OFFであり、その上基本祭壇まわりの費用が無料ということです。

結果、ゴールド会員になると一般価格に比べ50万円ほどお値打ちだという内容です。

全体の費用が130万くらいかかる内容での「値引き50万」というのは価格破壊といっていいでしょう。

この価格で葬儀が行なえるということになれば利用者は益々増えることでしょう。

経営面でも注目したい企業です。

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2013年09月26日

貴重な体験

昨日、下村文部科学大臣を講師にお迎えし特別講演会を開催しました。
関係者の多大なご協力のもと、多くの方々(800名弱)に来ていただきました。
とても嬉しく思いました。
同時に、「無事に終えることができた」、という安堵感で一杯です。

多くの方々にお金を払ってもらって来ていただく事の難しさ。
現職大臣が来られるということでの物々しい警備。
準備段階から頻繁な打ち合わせがあり、なかなか手分けすることが難しかったこと。
などなど、とても貴重な体験をさせてもらいました。

念には念を入れて準備をしましたが、当日の本番では「いろいろ変更点」がでるものです。

1階席がほぼ埋まったところで2階席への誘導を考えていましたが、「ほぼ埋まる」ではなく、完全に埋めてから2階へ、しかも「2階席もまとまって座ってもらう」という条件です。
警備要員の都合で「何とか一階席だけで・・・」という要請でした。

会場係には予想以上のご苦労をかけてしまいました。

また、大臣の控室には「関係者以外立ち入り禁止」としてたものの、「知り合いだから」とか、「世話になってるから」、とかいって強引な押しかけがありました。

「社会的地位の高い人ほど強引だなあ・・・」というのが偽らざる感想です。

人間のやることですから、何から何まで「計画通り」というのは難しいと思います。

要は事態が変わったとき、いかにしたら「全てが丸く収まる手」が打てるかどうかです。
なかなか難しいもんです。
瞬間的には「自己保身」という基準で判断しがちですが、昨日の場合、まずは「お客さんのこと」を考え、次に「大臣のご都合」を考えていくと、どうしても「裏方(スタッフ)」にしわ寄せがいきます。

こうした「いざという時」の意思決定やリーダーシップの取り方も改めて学ばせてもらいました。

全てが貴重な体験でした。

終った今、「またやってみたい!」と思えるのは、多くの人たちからの協力が実感できたからだと思います。

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2013年09月25日

緊張感

いよいよ講演会です。

6月末から準備をしてきました、瀬戸木鶏クラブ設立5周年記念としての講演会、「下村大臣による特別講演会」です。
多くの人に関わっていただき、今日のこの日を迎えられたことをとても嬉しく思ってます。

最終の確認をしているところですが、電話がよく鳴ります。
「あれはどうだったのか?」など、多くは確認事項です。
本当に気にしてもらってます。

準備は、小鳥のごとく臆病で小心であるべき、と教えてもらってます。
念には念をいれて、ということでしょうが、もう、今日の夕方のことでです。
そろそろ腹を据える頃かとも感じます。

天気も心配してました。

今朝自宅を5時すぎに出ましたが、少し雨が落ちてました。
でもそれだけのことで、今は薄日がさしてます。
何とか夕方まで持ってほしいと思います。

今晩8時が終了です。
お客様の車が駐車場から全てなくなるのは9時近くになるでしょう。

心地よい緊張感で満ちています。

多くのお客さんに足を運んでもらい、「いい話を聞いたなあ・・・」と、言っていただけたら最高です。

緊張感を持って皆様をお迎えしようと思ってます。
どうぞよろしくお願いします。

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2013年09月24日

文字の展覧会

先の日曜日、瀬戸市文化センターで開催されていた「第32回飛墨会書展」という展覧会に出かけました。
主宰をされてる先生とは十年以上前にご縁をいただきましたが、普段はなかなかお目にかかることはなく、こうした展覧会で話をするくらいです。

今回は、「まっぺん地域再発見」と題しての内容で、陶祖八百年祭記念事業の補助金を受けてのものでした。

「まっぺん」とは、この地方の言葉で「もう一度」という意味です。

そういう方言が使ってあるように、会場に大きな「瀬戸弁番付」も作品の一つとして出品されてました。

多くのことを考えさせられました。
一つは「瀬戸のこと」です。

沢山のお客さんに来てもらい、せとものをうんと買ってもらうためにいろいろなイベントが行なわれてます。
大きいものは「せともの祭り」がありますが、結局は「売りたい!」という思いばかりが表に出て、心に残ることは余りありません。
やはり、文化という面から瀬戸をもっとアピールすべきだと思ってます。

例えばこの展覧会です。

「書展」には違いありませんが、テーマが「地域再発見」であり、瀬戸の歴史を探訪しつつ「文字を中心」に表現された作品ばかりでした。
「瀬戸弁番付」「瀬戸市歌」「瀬戸小唄・瀬戸音頭」「小中学校の効果」「瀬戸の陶土」などなど。その発想は広く豊かなものに感じました。

瀬戸の全市民を巻き込んで行なったら実に面白いと思います。

もう一つ感じたのは、こういう展覧会への出品は女性が多いということです。
今回の展覧会でも、殆んどは女性でした。
もっと男性も参加した方がいいと思います。

「時間ができたので何か習いごとを・・・」という動機もいいんですが、この展覧会のように「作品の出来ばえ」もさることながら、物ごとを深く探求し、一つの「思い」を表現するという経過を大切にされているようで、とても素晴らしいと思うし、男性にも受けるんではないでしょうか。

日本人の持っている「文字」や「言葉」というのは、日本文化の中心といっていいでしょう。
そのことと、郷里の歴史とをつなげば、わが町瀬戸の文化性を表現することができ、多くの人たちの共感を呼ぶと思います。

そんなことを感じた展覧会でした。

とても刺激的でした。


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2013年09月23日

懐かしの映画会

昨日、映画『釣りバカ日誌』の第一作を観てきました。

これは、私の属するNPOの活動の一つで、「懐かしの映画鑑賞会」という活動です。
概ね二ヶ月に一回くらいのペースで開催されており、昨日は第27回でした。
私が参加するようになって一年ほどになりますが、あまり多くの参加はありません。でも、お世話役の人は実に熱心で、毎回いろいろなテーマで「懐かしの映画」を鑑賞させてもらってます。
(蛇足ながら、誰でも参加オッケーで、参加費は100円カンパということになってます。)

さて昨日の映画は、三國連太郎追悼第一弾として『釣りバカ日誌』の第一作でした。

ご存知「釣りバカ浜ちゃん」(と「中堅建設会社の社長、スーさん」を軸にしたコメディです。
第一作が1988年の作品、以降20作を数えた人気シリーズです。

私は映画ファンではありませんが、人気シリーズということはしており、リアルタイムで二作品ほどは観ています。でも第一作は観ておらず、俳優さんと共に、「懐かしい光景」を何ヶ所か見ました。

今から25年前のことでが一番の違いは電話です。
おそらくこの時期が普及の初めだったんでしょう。自動車電話が登場します。
携帯電話度なく全て「固定電話」です。
こうした光景はとても懐かしく感じました。

俳優さんで現在も活躍されてる方も、実に若々しい。
浜ちゃんこと「西田敏行さん」も、スーさん役の「三國連太郎さん」若々しい。
それに、浜ちゃんと同じ職場の女子社員に「山瀬まみさん」が出ていましたが、「ためしてガッテン」の山瀬まみさんとは随分違いました。

物語は、浜ちゃんが高松から東京に転勤となり、昼食時に一人の老人と知り合います。
それが、自分の勤める会社の社長とは全く知りません。
老人を慰めようと釣りに誘い、浜ちゃんの家で食事をして付き合いが深まります。

やがて双方が「実の姿」を知る事になり、浜ちゃんは高松に転勤。
新幹線の中からスーさんに電話し、お互いのわだかまりがなくなる・・・というものでした。

作品は20作まで続きましたが、第一作から最後までレギュラー出演だったのは、西田敏行さん、三國連太郎さん、それにもう二人、上司の佐々木課長(谷 啓さん)と鈴木建設社用車の運転手(笹野高史さん)だそうです。
ネット検索でわかったことです。
これ以外にも「釣りバカ日誌」関係の情報が膨大である事に驚きました。

「懐かしの映画」を鑑賞しながら、当時のことを思い出し、時の流れを感じさせてもらいました。

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2013年09月22日

市民の意識

世の中にはいろんな考えの方がいます。
考え方の違いは認めなくてはいけませんが、時に、間違った考えで行動されてる人もいる。

例えば「救急車の利用」です。
救急車を利用する場合の「ルール」があります。
「緊急性で、自分では病院にいけない場合」だと思ってますが、世の中には「病気だったらいつでも・・・」という考えで救急車を利用している人が多くおられるようです。

「多くおられる」、と書いたのは9月1日発行の「広報せと」に書かれていたからです。

「広報せと」での記事は・・・
『9月8日(日)〜14日(土)救急医療週間』という記事です。

第一に、9月中旬のこの一週間を「救急医療週間」であることを知ってる市民がどれくらいいるんでしょうか?
(私は全く知りませんでした。)
救急医療は一分一秒を争うもので、とても重要なんですが市民から見れば「他人事」であり、いざ自分や身内にその災難がふりかかって始めて「救急医療やその体制など」を知る事になると思います。

お世話になった方は救急医療への理解が進むと思いますが、そうでない人はいつまでも他人事です。
この事を解決することが第一歩のような気がします。

さて記事の内容です。
《9月9日(救急の日)を含む1週間は救急医療週間です。
応急手当の必要性と、救急車の正しい利用方法を理解していただく期間です。

救急の連絡を受けると、現場に最も近い救急隊が出動しますが、救急が重なった場合は、次に近い救急隊が出動するため、現場への到着が遅れます。
救急件数の増加とともに、こうした事例が増えています。中には、緊急性の少ない人や救急車をタクシー代わりに利用する人もおり、一刻を争う傷病者の救命への影響が心配されます。尊い命を救うため、救急車の適正利用にご協力下さい。》

随分遠慮した文章ですが、読んで、実に市民意識のレベルが低いと感じました。

(ちょっと大げさですが)戦後教育がこうまで人心を荒廃させてしまたかと残念に思います。

この救急車利用問題は氷山の一角かもしれません。
市民が、「権利の主張」を叫び、行政へ要求ばかりをしていれば、回り回って自分達や子どもたちへの負担が大きくなることを知らねばなりません。

それは教育だと思います。
それも大人たちへの教育です。
そして市民としての意識を高めていかねばなりません。

時間はかかりますが、そのことが「素晴らしい街への変貌」を遂げる基本だと思ってます。

posted by 伊藤やすのり at 08:29| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月21日

二宮金次郎の話

あるところから講演を頼まれ、内容をあれこれ考えていました。
本屋に出かけたり、雑誌を読んだりしてましたが、そんな中で「二宮金次郎の言葉」に出会いました。

「二宮金次郎の幸福論」(致知出版社)という本で、著者は金次郎の七代目の子孫である中桐万理子さんです。

二宮金次郎の言葉がいろいろな文献から引用されてますが、一番の大元は、中桐さんのおばあさんから「金次郎さん」の考え方やエピソードなどを聞かされた事のようです。
読みやすい構成になってますが、それぞれの内容には驚かされます。

よく考えてみればその通りなんですが、「世間の常識」ということに飲み込まれ、間違った考えで過ごしていることが少なくないようです。

その本は『運命を高める55の金言』とうたってあるように、「55の言葉」が紹介してあります。

その中から一つだけ紹介します。
「今」とか「現実」が大切です、という話です。

《生きているからこそできること》
生きているときは人で、死んで仏になると思うのは間違っている。
生きているとき仏であるから死んで仏になるのだ。

生きているときに人で、死んで仏になるわけがない。

生きているとき鯖の魚が、死んで鰹節となる理屈はない。
林にあるとき松で、伐られて杉となる木はない。

だから生前仏で、死んで仏となり、生前神で、死んで神である。
(夜話154)

この言葉に著者が感想やら思いをつけている。

日本には「生きているときは煩悩の塊で、世間的には鼻つまみ者であっても、死んでしまえば皆同じで仏様になる」というような考え方があります。
でも金次郎は、「それは間違いである」、と言い切っています。

いわれてみれば金次郎の言葉の方が理にかなっているように思えます。

要は、今生きてるこの時こそが「事実であり現実」なんです。
ですから、今をしっかりと生きること。
人さまから、「仏さま」「神さま」といわれるくらいに精進しなさい・・・というメッセージのようです。

とにもかくにも、今を一所懸命に生きることが大切かと思います。


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2013年09月20日

聞き手と話し手

昨日に続いて「ラジオ」ネタです。

昨日、予定通り午後3時20分より20分間、ラジオサンキュー(地元FM)に生出演しました。
司会進行は渡邉文佳さんでした。

約束の3時にスタジオに伺うと、ちょうどニュースを放送中でした。
そのニュースを渡邉さんが読んでおり、「アレ?打ち合わせはどうするのかな・・・」と思いつつ、しばし待ちました。

本番10分前になったころ、放送室に招き入れられまずはご挨拶と名刺交換です。

「さて今回は・・・」と、打ち合わせに入りましが、事前にフェイスブックで知らせてもらっていた「質問5項目」の確認でした。
ただ、私として思ったのは、単に、「下村大臣が瀬戸市で講演されますよ」とだけのメッセージではラジオに出る意味がなく、是非、講演会主催団体のことや下村大臣のお話への期待などを発信し、より多くの方に興味を持ってもらえるような内容にしたいと思ってました。

そんなこともあり、入念な打ち合わせが必要だと思ってました。

でも結局は5〜6分の打ち合わせで、「本番にいきまーす!」という事になりました。

始まって3分くらい経った頃ころ、始まる前に心配していたことが消えてしまいました。

始まって3分くらいのところは、「今日の番組内容の紹介があり、私への最初の問いかけがあり、それに答え終わった頃」です。
最初の質問は「木鶏(もっけい)」って何ですか?
「木(き)」という漢字と「鶏(にわとり)」という字を書いて「もっけい」と読むそうなんですが・・・。

そこで私は「中国の昔からの話」であり、「まるで木でできた鶏」のように、物事に動じない強い闘鶏にちなんで、「人間も少々のことには動じない立派な人間のことを木鶏に例えた・・・」というように答えました。

答え終え、一息ついたとき、事前の心配はなくなり「今日は楽しくやれそう」、と思いました。

それは、「聞き手」にあります。
聞き手は常にリスナーの立場で、「素朴な疑問をぶつける」。
話し手は相手に対し、「耳からの言葉でわかり易く」、を心がける。こういうキャッチボールがいいんだと思います。

後は限られた時間で、いかに「いい情報を沢山発信できるか」です。

素晴らしい聞き手に恵まれ、楽しく話をすることができました。
あれは、技術だけではないと思います。
おそらく「人さまに喜んでもらう」、という強い信念があるからだと思いました。

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2013年09月19日

ラジオに出演

今日、地元のコミュニティーFM「ラジオ・サンキュー」(84.5)にでます。
午後3時40分から20分間の番組です。

事前にいくつかの質問項目を示していただいてますが、今回は9月25日午後6時半から開催予定の、下村文部科学大臣による講演会のPRです。

20分間というと結構長いので沢山話すことができると思うんですが、逆に「アピールすることがボヤケてしまうんでは?」という心配もしてます。
といってもこの世界は全くの素人なんで、MCさんの問いかけにのって、わかり易くゆっくりとお話しようと思ってます。

いただいている質問項目は・・・
1、瀬戸木鶏クラブ設立のいきさつ
2、クラブの活動内容
3、所属人数
4、今回の記念講演会について
5、今後の目標

今回の記念講演会は、「瀬戸木鶏クラブ」という「学びの会」が、設立5周年を迎えたことを記念して開催するものです。
そのクラブの代表世話人として、クラブのことや講演会のことについていろいろ紹介するという内容です。

この質問に、どんなことを話そうかと考えているんですが、大体次のようなことを話す予定です。

最初は十数人で始まった勉強会でした。
それが今では30人を超えるグループになりました。
老若男女入り混じっての勉強会はとても楽しく、毎回2時間余の時間が短く感じられるほどです。

一番の大本は、「人間学を学ぶ『致知』という月刊誌」を読んでの意見交換会であり、「勉強」という堅苦しい感じは全くなく、互いの意見から学びましょう・・・というものです。

そうした運営が、毎月一回の定例会が継続できてる源だと思います。
一回の休会もありません。そして毎回14〜5名の参加があります。
こうした「学びの会の雰囲気」をお伝えしようと思います。

もう一つは記念講演会についてです。
丁度一ヶ月ほどPRをしてますが、皆さんの反響は「現職の大臣がよく来てもらえる事になりましたねえ・・・」というものです。

下村大臣は「教育改革一筋の人」であり、今まであまり表舞台に出てこられませんでした。でも、これから「教育界の先頭に立たれる人」です。

例会の中で、記念事業の話を持ち出したのが6月のことでした。
偶然にも「致知・6月号」に、下村大臣のインタビュー記事が掲載されており、その内容にメンバーは感銘し、「大臣に講演会をお願いしよう」ということになりました。
そして、誠に幸いなことにそれが実現しました。

25日にお話いただける内容はまだ聞いておりません。
でも、インタビュー記事や著書から『日本の教育問題』であることは間違いありません。
更には、2020年の東京オリンピックの準備担当にもなられ「東京オリンピックの目指す姿」も語っていただけるかもしれません。
ですから、「どうぞお出かけ下さい!」とお願いするつもりです。

まずは今日の午後3時20分からの「ラジオサンキュー・生放送」をお聞き下さい。

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2013年09月18日

逆転の発想

昨日、敬老の日に因んで、「老人という呼び方」のことを書きました。
コメントもいただきましたが、「いろんな考え方があるもんだ」、とつくづく思います。

そのことに続いてなんですが、やはり昨日のことです。
産経新聞の『主張』(一般的には「社説」)欄で、「高齢者に対する考え方」の一つを述べていました。

言うならば、発想を全くかえ「高齢者は支えるもの」から、「高齢者の中でも支える側」になれ、あわせて気持ちが豊かになれるような仕組みをつくっては?・・・という内容でした。
大賛成です。

私はかねがね「生きているとは働くこと」だと思ってます。
要は、「生きていること」と「働くこと」はイコールだという考え方です。

ここで言う「働く」というのは、「社会や人様のお役に立つ」「喜んでもらう」という意味です。

そう考えれば、高齢者にもっと働いてもらえる「ところ」が見えてきます。

金銭で報酬のいただける「働き」もあれば、報酬は気持ちが豊かになれるという「働き」もあると思います。

こうしたことは社会生活の中で、探せばいくらでもあるように思います。

新聞では「昔取った杵柄(きねづか)」を大いに発揮してもらってはどうでしょう・・・と、結んでましたが、その通りだと思います。

こうした発想で「地域での働き」を創っていきたいと思ってます。
超高齢化社会にあって、「お年寄りが生き生きとしている街」こそ、目指す社会だと思います。

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2013年09月17日

敬老の日に思う

昨日は敬老の日でした。
以前は9月15日が「敬老の日」でしたので、月曜日休日なのはひょっとして「振り替え休日かな?」と思われた人もいるのではないでしょうか?

確認のため、ちょっと調べてみたら、2002年までは9月15日が敬老の日でした。
「ハッピーマンデー」とか言って休日を増やす傾向にあって、9月の第3月曜日が「敬老の日」と法律が改正されたようです。

「国民の祝日」なんですから、もっと厳かに祝日の意義を考える日にしたいものです。
どう思いますか?

国民の多くは、そんな「祝日の意義」など意識せず、ただただ休日として理解し過ごしているんではないでしょうか?
「祝日には国旗を掲揚しよう!」という運動を始めたのもこういう状況を問題だと思ったからです。

さて、「敬老の日」の趣旨ですが、法律でちゃんと明らかにしてあります。
『多年にわたり社会に尽してきた老人を敬愛し、長寿を祝う』とあります。

「老人」という言葉の響きとそれに見合う「年齢」を考えて見ますと、一体何歳から「老人」と呼ぶのがいいんでしょうか?
「人生五十年〜」と謡われた時代に比べたら大変な長寿の国になりました。

一昨日の新聞に、『65歳以上 最多3186万人』という見出しがありました。
高齢者という65歳以上が全人口の25%だそうです。

高齢者イコール老人ではないですが、この3186万人を何と呼ぶのが好ましいでしょうか。

「社会福祉」という点からもこうした名称について「国民的な議論」をしたらいいと思いますし、「敬老の日」の一つの催しにしてもいいのではないでしょうか。

私たちの地域の「老人クラブ」は60歳以上が対象者ですが、敬老の日に開催される「敬老会」は75歳以上の人が対象です。
90歳になった母親も昨日近所の人と連れだって出かけました。

敬老会に出かけられるような人は皆さんお元気です。
グラウンドゴルフ愛好家の平均年齢は70歳を超えてると思います。

私は、(個人差はありますが)70歳までは「社会での役割」を用意し、今までの経験を活かして担ってもらってはどうかと思っています。
いうなれば60歳から70歳までを「技術・文化伝承期間」として、若い人達、地域の人たちを指導してもらったらいいのではないでしょうか。

いろいろ考えてみましょう。

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2013年09月16日

靖国神社参拝

昨日、靖国神社に参拝してきました。
今年春先に、「国民の祝日に国旗を掲揚する会」で、「靖国神社にお参りしよう!」という声があがり、ようやく実現しました。

40年位前、東京に住んでいたこともあり、1〜2回出かけたことはありましたが、本殿での昇殿参拝をさせていただいたのは初めてのことでした。

日本人でありながら、「靖国神社のことを殆んど知らないこと」に気づき恥ずかしい限りです。

これからしっかり勉強しようと思います。

昨日午前9時、第二鳥居脇の「大手水舎」で待ち合わせをしました。
ホテルを8時頃に出ましたが、まさにバケツの水をひっくり返したような雨でした。
あの位の量だと、「雨が降る」というより、「水が天から流れてきてる」という感じです。
傘など用を足しません。

幸いにも、ホテルから靖国神社までは来るまでの移動でした。

30分ほどで神社に到着、駐車場から待ち合わせ場所まで100メートル位でしたが、その間でずぶ濡れになってしまいました。

全員揃って参集殿で少し待たせてもらいました。
案内があり、改めて「お手水」をつかい本殿に案内されました。

神職の方にいろいろ教ええもらいながらの参拝でした。

本殿では参加者を代表して私が玉串の奉奠をさせてもらいました。

てっきり「神社などで行なわれる神事」だと思ってましたが全く違います。
神職による「お祓い」は、本殿にあがる前に行なわれ、いきなり玉串の奉奠で、「祝詞の奏上」などは全くありません。

玉串の奉奠は作法どおり、二礼二拍手一礼です。
参加者全員揃っての参拝です。
その後、「黙祷」がありました。1分くらいだったと思います。
素晴らしい時間でした。

これで参拝は終り、本殿から下がった廊下で「直会」がありました。

実にシンプルです。
一般の神社というのは、全て「御祭神」が発揮しています。でも、靖国神社は「二百四十六万余の御祭神」がおられるということで、他とは全く違います。

参拝の後、「遊就館」で映画を見、展示品なども見て回りました。

12時頃には雨もあがり、強い日差しが戻ってきました。
「また来いよ・・・」
そんなことを言われているようでした。

もちろんそのつもりです。
posted by 伊藤やすのり at 09:32| Comment(2) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月15日

スピーチの内容

昨日は友人の娘さんの結婚式に招かれ、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。

カップルは、我が社の社員でもあり上司が祝辞を申し上げ乾杯となりました。
本来ならここからは食事を楽しむ時間ですが、新郎新婦から「何とかひと言を・・・」との要請もあり、短いスピーチをさせていただきました。

だいたい次のように話しました。

「一言、よく人を生かす」と言います。
人は出会った言葉で、いろんなことを感じその後の人生に大きな影響を与えることがあります。
今日は、新郎新婦の今までの人生、経過した時間に関し、参考になるのではないかと、「砂時計の詩」という詩を紹介します。

1トンの砂が、時を刻む砂時計があるそうです
その砂が、音もなく巨大な容器に積もっていくさまを見ていると
時は過ぎ去るのではなく、心のうちに、からだのうちに積もりゆくもの
と、いうことを実感させられそうです

時は過ぎ去るものではなく、心のうちに、からだのうちに積もりゆくもの

お二人が新しい門出に当たり、今まで過ごした時を違う視点で見つめ直し、新しい時を、心の中に身体の中に積みあげていってもらいたいと思います。

本日はおめでとうございました。

以上のような短いスピーチでした。

実はこの話は「致知」10月号の記事にありました。
女優の山本富士子さんが牛尾さんとの対談で紹介されてました。

砂時計で時が流れる様を見ていると、確かにしたの方に山ができます。
上の砂は減り、それがそのまましたに落ち山ができていきます。

「時間を見る」ということなんでしょう。
私自身「素いう見方があったんだ・・・」と、心に留まった言葉でした。

結局は、今を懸命に生きるということなんでしょう。



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2013年09月14日

結婚式の装い

今日、午後から結婚式に参列します。
考えてみると、おめでたの席は随分久しぶりです。

結婚式といえば、今から20年位前は毎月のように参列させてもらってました。
40歳から50歳過ぎまでの間に、媒酌人を50組余務めさせていただきました。
多くは社内のカップルでしたが、一番困ったのは「挨拶」です。

披露宴で、一番最初に新郎新婦の紹介とともにご挨拶をしますが、社内結婚の場合、披露宴の参列者に同じ顔があることが少なくありません。
時には、違うのはご両家ご親族のお席だけが違うということもありました。

ですから、「挨拶の内容」を同じパターンでするわけにはいかず、このことは苦労しました。

さて、今はお招きいただくことばかりですが、ちょっと悩むのは服装です。
立場が「上司」あるいは「親族」というようにはっきりしていれば、「略礼服」と決めてますが、そうでない場合はどうしようかと迷います。

20代、30代前半なら、女性と同じように、うんと「着飾る」のもいいですが、この歳では勇気がありません。かといって略礼服ではつまらないと思うんです。

そこで、今回はスーツに白のワイシャツとし、ネクタイ、ポケットチーフなどに気を使い、少しでも華やかな雰囲気を出そうかと思ってます。

この歳になったんだからこういうことに気を使いたいもんです。

まずはお祝いを申し上げ、楽しませてもらおうと思ってます。
乾杯後にスピーチを頼まれており、これから内容を考えます。


posted by 伊藤やすのり at 06:39| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月13日

わが身を直す

先日、グリーンシティケーブルテレビで録画取りをしましたが、その放送が昨日の夕方から始まりました。

2分間、固定カメラの前で話をしたわけですが、とても難しいものだと思いました。
自分では「ゆっくり、ゆっくり」と心の中で言い聞かせながら話しました。

ある面期待を持って放送を見ました。

素人にしてはまずまずの出来だったと思いますが、幾つも直すところが見つかりました。

まずは、自分自身が思っていることや意識していることが思いのほか「伝わってない」ということです。
一つは「表情」です。
自身は精一杯の「笑み」を浮かべたつもりですが、なんだかこ難しい顔です。
もっと、口を大きく開いて歯を見せる必要がありそうです。

加えて「顔の動き」です。
固定カメラであり、加えて「カメラ目線でお願いします・・・」といわれたこともあり、一点を見つめて話してしまいました。
結果、非常に堅く感じました。
もう少し、顔が上下左右に動いた方が「見やすい」と感じます。

次に、発音とスピードです。
心の中で「ゆっくり、ゆっくり」と唱えた効果が出ているようです。
「聞き取りやすく」感じました。

あとは、「手の所作」です。

テーブルの上においていた方が話しやすかったのでそうしましたが、画面で見るとことのほか「気になる」。もっと工夫をすべきだと思いました。

今まで、テレビで話した事はありますが、殆んどが「インタビュー」でした。
ですから、画面の移動や切り替えで、細かなことは目立ちませんでした。
でも今回の2分は、一方的に話すというスタイルであるが故に、一層気をつけなくてはいけません。

次回、もしこういう機会がいただけたら、今回の反省を踏まえ「もっとにこやかに、柔らかい態度で臨みたい」と思ってます。

思えば、素晴らしい経験をさせていただきました。


posted by 伊藤やすのり at 10:55| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月12日

折り込みチラシ

自宅では中日新聞と産経新聞を購読してますが、中日の「折り込みチラシ」はとても多く、新聞販売店さんも大変だろうと思ってます。

以前、この折込チラシで「景気の動向」などがうかがい知れるのでは?ということを書きました。
不景気の時はファーストフードとか、量販店、パチンコ・ゲームセンターなどのチラシが目に付きます。

景気の先行きが明るくなると、住宅とか車、それに求人広告も増えるようです。

専門的に分析した訳ではないですが、感覚的にそう思ってます。

もう一つ。
季節によっても傾向があるようです。
広告主は、なんとか自店に来てもらい売上につなげようといろいろ考えられているようです。
チラシがこれだけ多いと、よほど「特長」を出さないと見向きもされません。

こういう状況にあって、私がいつも感心して見るチラシがあります。
それは、「カーマホームセンター」のチラシです。

新聞4ページ分の大きさなんで、最早チラシとは言いがたいかもしれません。

何に感心しているといえば、「カーマのチラシを見ると、日常生活でこれからしなければならないことがわかる」、ということです。

今朝の折込みいらしを見てみますと、「秋に楽しめる花、野菜の苗」、関連して「園芸用品」、収穫関連で「収穫コンテナ」や「貯蔵庫」。そして「敬老の日」に因んだ「備品や器具」。食欲の秋に因んでの「調理用品」、行楽や運動会などの「備品」、などなどである。

備品や器具は「季節」に合わせての売出しです。
いうなれば、カーマのチラシには「生活歳時記」があるような気がします。

私は、カーマが近いということもありますが、時間があれば出かけてます。

店内の商品陳列を見るだけで季節や行事を思い浮かべているのは私だけでしょうか?


posted by 伊藤やすのり at 06:42| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月11日

社会奉仕活動

私は今から7年ほど前に、瀬戸北ロータリークラブに入会させてもらいました。
先輩の方々にいろんなことを教えてもらいながら、活動に参画していますが、その中で「社会奉仕活動」というのは大きなウエートを占めています。

クラブの中に「社会奉仕委員会」という組織があり、その年度ごとにいろいろなことを考え実行しています。昨年は、その委員会を担当させてもらい、「瀬戸らしい催し」として、親子で狛犬を作ってもらい、4月の「陶祖祭り」に作品200体を展示披露させていただきました。

そして今年は、「瀬戸市立瀬戸養護学校」に、プランターなど「野菜を育てる設備一式」を贈呈する事になり、昨日その催しが行なわれました。

この養護学校というのは、通称「さくらんぼ学園」といい、身体の不自由な子ども達のための学校で、小学部から高等部までの一貫教育が行なわれています。

身体が不自由なんですが、「野菜を育てる楽しみを知って欲しい」、という願いがあり、車イスからみずやりなどの作業ができるようにと「特別な設備」となりました。

昨日植えられた苗は、ブロッコリーやキャベツなどで、後日、大根や人参の種を蒔くことになっています。

教室の窓側がテラスになっており、そこと一体になるような設置なので、毎日野菜の成長を見守ってくれる事になります。

単に、「設備一式の贈呈」にとどまらず、これからも気にかけて一緒に育てていくという事が大切な活動だと思っています。

既に、収穫のことや、給食の惣菜に使うことが話題になっていますが、「明日のこと」「近い将来のこと」を話し合うだけで気持ちがワクワクします。
子ども達と共に、そうしたことを共有していきたいと思いました。

これからも、「ちょっとそこまで来たので・・・」と、ちょくちょく顔を出したいもんです。


posted by 伊藤やすのり at 12:42| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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