2013年12月31日

朝の習慣

今日は大晦日です。
一年365日の最終日ですが、静かに一年を振り返りたいものです。

新しい年には新しい目標を掲げたいもんですが、やはり前年の反省が必要でしょう。

今年、ある勉強会で「目標」を発表しあうことになりました。
そして先日、「今年を振り返って」、とその目標の達成度合いを各自発表しました。

多くの人が「できなかった」と言われました。
でも、その中で「反省と対策」を述べられた方がいます。
やはりそうあるべきだと思います。

私の今年の目標は、「朝起きの励行」と「朝活の拡充」でした。

「朝起き」というのは、いわゆる「早起き」とは違い、「目覚めたら直ぐに床を離れる」ことです。
そして「朝活」とは、「朝の活動」です。

振り返ってみて、「朝起きは」はどうやら習慣化できたようです。
今でも目覚ましは午前4時にセットしてますが、あまり目覚ましの世話にはならなくなりました。
これは今後も続けようと思ってます。

問題は「朝活の拡充」です。

こちらの方は「フェイスブックのチェック」「2本のブログ更新」「新聞2紙のチェック」を目標に掲げてました。
でも、「チェック」に時間を掛けすぎました。

来年も同じような目標を掲げるつもりですが、「朝活」の他に、「朝の習慣」をいくつか作ろうと思っています。
この朝の習慣に関する本が手許に2冊あります。
改めて見てみますと、「ささいなこと」が幾つも紹介されています。
その中から、一つか二つを「朝の習慣化目標」としようと思ってます。

今年一年読んでいただきありがとうございました。

皆さんにとって新しい年が実り多いことを念願してます。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。

posted by 伊藤やすのり at 06:50| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月30日

社会貢献への協力

瀬戸・旭倫理法人会の仲間が資源回収の場所を提供されています。

もう三年くらいになると思いますが、瀬戸市苗場町にあるマルニ運輸さんの駐車場に、「新聞・雑誌・ダンボール回収BOX」が設置されました。
やはり仲間の資源回収業の会社との連携事業です。

会社への通勤途中にあり、大いに利用させえもらってますが、ひとつ気になることがあります。

新聞や雑誌を持ち込む人のマナーです。

私自身が持ち込むたびに感じることですが、コンテナの中を見ると、とても乱雑です。
「不要なんだけど、資源なんだ」、という心を全く感じません。

まるでゴミ箱のようです。

持ち込んだ人にとって不要なものであり、ゴミだとは思いますが、ここは「新聞・雑誌・ダンボール回収BOX」であり、決してゴミ箱ではないんです。

「どの道混ぜちゃうんだから、細かいこといわなくても・・・」という人があるかもしれませんが、それは違うと思います。

わざわざ自社の土地を提供し、「地球環境の改善」に貢献しようとされている事に、敬意を表しつつ、利用者として協力するという心を持つべきだと思うんです。
それは、後から持ち込む人への配慮や、なるべく隙間なく一杯に入るようにキチンと詰め込む姿勢ではないでしょうか。

利用する度にそんなことを思っています。

一昨日も、持ち込ませていただきました。

その折、掃除を一所懸命にされていました。
おそらく社員の方だと思います。

ともすれば汚れやすい環境にありますが、だからこそ、「そこをきれいにするんだ!」という気概の様なものを感じました。

学び、見習わねばならないことが一杯あります。

posted by 伊藤やすのり at 06:56| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月29日

ささいなこと

今から6年ほど前に、知人から瀬戸市倫理法人会設立の話を聞きました。
発起人として市内の有力企業の経営者のお名前もたくさんあり、会社として参加するかどうかを検討する事になりました。

結果、メンバーに加えてもらい、今日まできました。

毎週1回あるモーニングセミナーなどへ参加するという勉強会ですが、実際は日常生活や仕事をする上で、「教えてもらったことをいかに実践するか」が学習の「核心」なんです。

この事を「すぐできる人」というのが素直な人でしょうし、人間的に更に成長されています。

どうも、「まずは頭であれこれ考え、実践は二の次になってしまう」ようです。

6年も勉強しなかなか成長しませんが、大きく変わったことがあります。
それは実に些細なことなんですが、朝早く起きるようになったということです。

朝早く起きるのは気持ちのいいものですが、やってみないとわかりません。

毎週水曜日の朝6時からモーニングセミナーが行なわれるので、火曜日は意識して早めに布団に入り、目覚ましを4時半にセットしました。
翌朝、目覚ましに起こされセミナーに出かけてました。

最初は、毎週水曜日は午前6時半起床と決めてましたが、数ヶ月すると水曜日以外でも早く目覚めるようになりました。そしてそれがいまや習慣化し、午前4時頃には目覚め、床から離れるようになりました。

朝食は7時頃なので、それまでの3時間にいろんなことをするようになりました。
ブログの更新もその一つです。

実践してみて振り返ってみるに、実に些細なことですが、その些細なことが人生で重要であると思うようになりました。

『紙一重の習慣』(サンマーク出版)という本があります。
随分前に読みましたが、ここに書かれていたことは本当なんだと実感してます。

《「ささいなこと」という言葉には、それぞれに異なる二つの意味がある。
「大したことではない」という意味にとることもできるし、「簡単にできる」というプラスの意味に考えることもできる。》(「紙一重の習慣」、まえがきから引用)

「いいと思ったことの実践」そして「継続」が大切ですねえ。
posted by 伊藤やすのり at 07:10| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月28日

むかしばなし

一週間ほど前のこと、ぶらりと立ち寄った本屋さんで「昔話」の本を見つけました。
目次を見て俄然興味がわき、買ってかえりました。

『男の隠れ家』という雑誌の特別編集号です。
特集タイトルは「続・大人が読みたい昔話」というものでした。

昨年の「出雲市・神話博」を観てから、日本の神話や昔話に強い興味を持つようになりました。

永く語りつがれてきたものであり、そのストーリーに込められた「意味」があるようで、そのことが特に気になるところです。

今回のメインは『五大昔話の世界観』だと思います。
五つの昔話というのは、「ぶんぶく茶釜」「一寸法師」「鶴の恩返し」「瘤取り爺」「かちかち山」です。どれも知っている昔話です。

随分昔に「読んだのか」「聞かされたのか」はわかりませんが覚えてるんですねえ。
ただ、大まかなストーリーは記憶にあるというところです。

さて、その「世界観」ですが、物語を忠実に紹介し、「その意味するところ」が述べてあります。
やはり大人向けの「昔話解説」です。

そして最後に、この五つの昔話の共通点を述べてありました。

『昔話を読み解く3つのキーワード』です。
《第一にそれは、主人公の前に日常からかけ離れたミステリアスな異郷や人ほかの存在が現れ、その場所への訪問や交流が描かれること。

第二に、物語の登場人物に富裕層は少なく、社会的弱者や貧者が多く登場すること。

第三に、異郷への大冒険や苦難の末に努力が報われるというハッピーエンドが主人公を待っていることだ。》(以上抜粋引用)

子ども心には「異郷は夢や希望」に通じ、努力は報われるという「生き方」を知らず知らずに学んでいたように思います。

それは、はっきり自覚があるわけではないですが、小さい時のことであり、きっと脳に刷り込まれたんだろうと思います。
ですから、小さい時の「絵本」は大きな影響があると思います。

現代的な「アニメ」を否定はしませんが、我が国の伝統的な「昔話」を復活させたいもんです。
子どもだけじゃなく、読み聞かせる親(大人)のためにもなると思いますが・・・。

posted by 伊藤やすのり at 09:03| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月27日

年賀状

今年も年賀状をやっと書き終えました。
正確には昨日の朝、20枚ほど書いて郵便局に持ち込みました。

毎年のことですが年の瀬にならないと書き始められなくて、投函がこの時期になってしまいます。

思えば、11月に入った頃「年賀はがきの売り出しや印刷」の宣伝が始まります。
「今年もそんな時期になったんだ・・・」とは思うものの、まだ十分時間があるので何ら行動になりません。

その内に、「喪中につき新年の挨拶を失礼します。」とのハガキが届くようになります。

12月なるといよいよです。
既に手許には三百枚ほどのハガキがありますが、まだ印刷を依頼してません。
納期が一週間くらいかかるとして、遅くとも10日くらいまでには原稿をつくらねばなりません。

私の年賀状は随分前から挨拶文は「手書き原稿を印刷」し、宛名は手書きにしています。
以前は、毛筆で書いてましたが、ここ数年は「筆サインペン」をつかってます。

こんなパターンで毎年やってます。
今年は印刷の上がりが20日でした。
25日までには書き上げようと思っていました。

集中しようと思っていた23日は風邪のため「その気になれません」でした。

ですから「24日と25日の二日間で」、と思ってましたが少しばかり残り、昨日までかかってしまったというわけです。

周りの人の様子を聞くと、似たり寄ったりのようです。

でも、どなたも言われることは、「元旦に戴く年賀状は嬉しい」ということです。
だからこそ皆さん頑張ってつくてみえるんだと思います。


posted by 伊藤やすのり at 08:58| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月26日

言葉の難しさ

普段なにげなく使っている言葉ですが、使った状況やその人の立場などで大きな波紋を広げてしまうことがあります。
政治家が、失言でその地位を辞めざるをえなくなってしまった例は数多くあります。
立場が上になればなるほど気をつけなくてはいけません。

本人はそんなつもりではないのに、違った立場から聞くと、とても重大な意味を持つこともあります。

最近の例で、東京都知事だった猪瀬さんが「無利子、無担保で5千万円を借りた(?)」事件でのひと言が問題にされてます。
辞職会見で、『政務にはアマチュアだった。政治家としてずっとやってきた方はどういうものを受け取ったらいけないか詳しい・・・』と話された。

この「アマチュア」という言葉ですが、ご本人は「無知」であったことをお詫びも含めて使われたと思いますが、スポーツ関係者から『アマユア精神に傷がついた』とカンカンです。

それを、中日新聞の12月24日夕刊記事で知りました。
「スポーツが呼んでいる」という欄でスポーツライターの藤島大さんの意見です。

その会見にもし自分がいたらこの発言に異を唱えたいと思われたそうだ。

言いたいことは・・・
「政治家のアマチュアである大多数の庶民は、初対面の人から無利子、無担保、返済期限なしで5000万円を借りませんよ。
それは誠実に生きるアマチュアの名誉と良心を傷つける発言だ。
撤回して下さい。」ということです。

私もその通りだと思いました。

猪瀬さんが「作家」であるだけに、余計に気になります。

インタビューや都議会でのやり取りを見れば見るほど疑わしくなってしまいました。

言葉で懸命に説明されようとしましたが、それが逆に墓穴を掘っているようにも感じました。
言葉を多く使えば使うほど誠実さから離れていってしまったようにも思います。

いろんな立場があるので、「どういう時にはどんな言葉」とは言い切れません。

気をつけるしかないでしょうが、なかなか難しいことです。

posted by 伊藤やすのり at 07:04| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月25日

一分半スピーチ

今朝のモーニングセミナーは今年の最終回でした。
恒例で、今年一年の振り返りを参加者一人づつのスピーチでした。

毎回30人前後の出席があり、一人当たり二分づつでは一時間くらいかかってしまします。

そこで進行役から、一分半のスピーチとなりました。

一番目の人が見本を示してくれました。
一分半も使わずに、おそらく50秒くらいだったと思います。
これがお手本となり、一分前後のスピーチがどんどん進行していきました。

中には時間オーバーの人もいましたが、ベルを鳴らして止めますのでそういう人で二分くらいだったと思います。

さらには途中から、次の人がすぐ近くで控えるようになり、さらにスピードがアップしました。

結局は10分程の時間を余して全員終了。
一人平均一分強のスピーチとなりました。

時間は短かったけれど、その内容は素晴らしかった。

短い時間のせいか、言いたいことがよく分かりました。
考えてみるに、自分の言いたいことや、今伝えたいことというものは、一分もあれば十分できるいうことです。

日常生活を振り返ってみても、時間の無駄遣いのなんと多いことかがわかります。

みなさんのスピーチを聞かせてもらいながら、そんなことを感じました。
時にはこういう「スピーチ会」もいいもんだと思います。

posted by 伊藤やすのり at 11:33| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月24日

面倒だからしよう

「面倒だからしよう」
これは本のタイトルです。

著者はノートルダム清心学園理事長の渡辺和子さんで、幻冬舎から発刊されました。
といってもまだ手にしておらず、新聞広告でしりました。

渡辺さんは今年瀬戸にお越しになり、聖カピタニオ女子高の創立50周年記念講演をされました。
私は格別の縁はありませんでしたが、たまたま聞かせてもらいました。
とてもいい内容でした。

テーマは『置かれた場所で咲きなさい』というもので、あとから知りましたが、同名の本が出版されていました。
《今の環境を素直に受け入れ、そこで精一杯の努力をしましょう》という話しでしたが、90分間、人を諭すような話し振りと、ご高齢にも関わらずシャンとした態度が印象的でした。

広告にあった『面倒だからしよう』という本は、前作『置かれた場所で咲きなさい』の実践編のようです。

本の中に出てくるいくつかの言葉が広告の中で紹介してありましたが、「面倒だ」と決めてるのは自分の心、目の前に現れたことは自分にとって必要だからやりましょう・・・というような内容かと推測してます。

例えばこんな言葉が紹介してありました。
・価値があるから生きるのではない。生きているから価値がある。

・よりよく生きるということは、自分中心に生きようとする傾向と闘うこと。

・つまづくのはあたりまえ。つまづいたおかげで気付くものがある。

・あたりまえのことが、ありがたいものだと気付けば幸せの度合いは高まる。

・許さない間は相手の支配下にある。自由になるために「思いをたちきること」が大切。

などです。
この年になっても、考えさせられることばかりです。

早速買い求めようと思っています。

posted by 伊藤やすのり at 08:51| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月23日

親の責任

道徳教育が教科になることはご存知のとおりだと思いますが、このことは大賛成です。
でも、「道徳は学校で教えてもらえる・・・」として、学校に全てを委ねるのは問題があると思います。

そもそも道徳観や倫理観は家庭を始め、社会全般から学び育てあげていくものです。
特に家庭における親からの躾は全ての基になっていると思います。

道徳教育が教科化されることを聞き、こんなことを考えていましたが、このこととほぼ同じの意見が新聞にありました。

産経新聞12月22日の「解答乱麻」欄に、ジャーナリストの細川珠生さんが述べていました。
内容は、「道徳教育は学校任せにせず大人全員で」というものでした。

細川さんは、「道徳教育の充実に関する懇談会」のメンバーであり、10回の会合に出席され議論を通じて痛感されたことを述べています。

一つは、「道徳教育について熱心に取り組んでいる先生や研究が多いが、やや専門的になりすぎてその熱心さが一般に通じていない」、ということです。

研究者にありがちなことですが、簡単な言葉で通じるものを、理屈をこねて難しく難しく表現してるんでしょう。
理論よりも、実践が求められるものなので、余計気になります。

そしてもう一つが、「学校が果たすべき役割として求められていることが、あまりにも多い」、ということです。
このことも想像できます。
「教育」という名がつけば、それは全て学校の責任という風潮があります。
いうなれば、過度の期待です。

こうした感想のもとに、「道徳教育は大人全員で」、ということを述べていました。

これは重大なことだと思います。
「今の大人一人ひとりが子供たちに道徳・倫理を語ることができたり、実践の体験を紹介できるようになって欲しい・・・。」というメッセージではないでしょうか。

道徳教育の教科化は、大人たちが、「道徳・倫理の実践」を自問自答することから始めなくてはいけないように思います。
皆さんはどう考えますか?

posted by 伊藤やすのり at 08:00| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月22日

ええもん探し

昨日は恒例の「ええもん見っけ隊」でした。

これは、私の主宰するNPOの事業の一つですが、わが町瀬戸市の「ええもん」(方言で「いいもの」という意味)を見つけ出し、余に発信していこうという活動です。
いまのところ、ホームページやフェイスブックで紹介しています。

始めて1年は、「点」での紹介でしたが、今回からは「線」での紹介をしようと思っています。

「点」の紹介とは「固有の場所とかモノ」です。

そして今回からは、「経路や順路」を考えての紹介です。
昨日は、名鉄瀬戸線の終点「尾張瀬戸駅から1時間半くらいの周遊」という考えで歩いてみました。
参加は私を含めて4人でしたが、新しい発見も多くあり楽しい時間となりました。

今のままでも楽しめますが、世の中にアピールしようとするためにはいくつかの工夫も必要です。

お金をかければいろんなことができますが、そうではなく、地域の皆さんの協力のもと、見せかたの工夫で多くの人を呼べると思います。
それだけの価値があることを感じます。

昨日、強く感じたのは「そこに人がいるだけでひと味違う」ということです。

ギャラリー兼休憩所といわれる「無風庵」で落ち葉を集めているおばさんがいました。
話しかけたらいろいろ案内をしてもらい、おまけにお茶までいただきました。

次に立ち寄ったのはギャラリーでした。
いろんなアーティストが来年の干支である「うま」をテーマにした作品が並んでいました。

気がつかずに通り過ぎてしまいそうですが、中からでてきて声をかけてもらいました。
作品を鑑賞しながら、「こういう所もあるんだ・・・」と思いました。

このように、「施設や場所に人がいる」ということが、魅力を倍加させるように思います。

普通の民家でも全く同じだと思います。

町並みは「観光資源として十分」だと思います。
それを生かすも殺すも人次第ではないでしょうか。

posted by 伊藤やすのり at 07:05| Comment(0) | まちづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ええもん探し

昨日は恒例の「ええもん見っけ隊」でした。

これは、私の主宰するNPOの事業の一つですが、わが町瀬戸市の「ええもん」(方言で「いいもの」という意味)を見つけ出し、余に発信していこうという活動です。
いまのところ、ホームページやフェイスブックで紹介しています。

始めて1年は、「点」での紹介でしたが、今回からは「線」での紹介をしようと思っています。

「点」の紹介とは「固有の場所とかモノ」です。

そして今回からは、「経路や順路」を考えての紹介です。
昨日は、名鉄瀬戸線の終点「尾張瀬戸駅から1時間半くらいの周遊」という考えで歩いてみました。
参加は私を含めて4人でしたが、新しい発見も多くあり楽しい時間となりました。

今のままでも楽しめますが、世の中にアピールしようとするためにはいくつかの工夫も必要です。

お金をかければいろんなことができますが、そうではなく、地域の皆さんの協力のもと、見せかたの工夫で多くの人を呼べると思います。
それだけの価値があることを感じます。

昨日、強く感じたのは「そこに人がいるだけでひと味違う」ということです。

ギャラリー兼休憩所といわれる「無風庵」で落ち葉を集めているおばさんがいました。
話しかけたらいろいろ案内をしてもらい、おまけにお茶までいただきました。

次に立ち寄ったのはギャラリーでした。
いろんなアーティストが来年の干支である「うま」をテーマにした作品が並んでいました。

気がつかずに通り過ぎてしまいそうですが、中からでてきて声をかけてもらいました。
作品を鑑賞しながら、「こういう所もあるんだ・・・」と思いました。

このように、「施設や場所に人がいる」ということが、魅力を倍加させるように思います。

普通の民家でも全く同じだと思います。

町並みは「観光資源として十分」だと思います。
それを生かすも殺すも人次第ではないでしょうか。

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2013年12月21日

竹の活用

里山の風景に竹やぶは似合うものです。
また、竹やぶといえば、田舎の風景を思い出します。
ところが、土地が開発され、住宅地などになるとこの竹やぶが実に厄介ものになってしまいます。

人間は誠に勝手がよく、自分の生活スタイルに合わなくなると「それは不要」という気持ちになり、邪魔者扱いしてしまいます。

竹やぶもその一つかもしれません。

農家の周りには必ず竹やぶがありました。
私もそういう家に生まれ、子どもの頃は竹やぶのある生活をしながら育ちました。
その頃のことを思い出すと、竹をいろいろ活用していました。

記憶にあるのは、まずは物干し竿、農作業の道具、竹ぼうき、土壁の芯、それに子どもたちの遊び道具として、竹馬、水鉄砲などがあります。
その昔は、雨といや水道管代わりにも使っていたようです。

当時の光景を思い出すと楽しくなりますが、今は変わりの物があり、竹は不要となってしまい、荒れ放題の竹やぶがあちらこちら、目に付くようになりました。

そんな現状を少しでも解決しようと友人が立ち上がり、活動を始めています。
私も会員に加えてもらってますが、会費を納入するだけで、なかなか活動に参加できず申し訳なく思っています。

その会は「瀬竹会」といい、まずは「竹やぶの整理、整備を行ないます」という活動です。
当然ながら、切り出した竹をいろんなものに活用してます。
先日も名古屋で「竹を使った工作教室」を開かれました。
竹をチップやパウダーにして「資源化」もされています。

同様の活動をされている団体も各地にあるようです。
竹炭なんかは、いろいろなところで焼かれていますし、道の駅などでは「定番商品」のようです。

新聞にも「竹活用」の記事がみられます。

強い生命力や、早い成長力を生かし「竹を活用する活動」がもっと広がればいいと思います。

「瀬竹会」の今年最後の催しが今度の日曜日にあります。
「門松づくり」です。
是非参加しようと思っています。

posted by 伊藤やすのり at 06:43| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月20日

ドキュメント小説

前々から気になっていた本を読みました。

本屋さんで一番目立つ所に平積みしてあった『海賊とよばれた男』(講談社)という本で、2013年「本屋大賞第1位」でもあります。

気にはしてましたが、もともと長編小説はあまり読むほうではありません。
しっかり読んだといえば、池波正太郎さんの「鬼平犯科帳」くらいです。

そんな私に友人からこの『海賊とよばれた男』の上巻をわたされました。
「なかなか面白いですよ。私は読みましたからよかったらどうぞ・・・」とのことで、いただきました。
12月1日のことでした。
暫くは机に置いたままでしたが、数日前から読み出し2日で読み終えました。

著者は百田尚樹さん、今人気の作家さんです。

内容は、出光興産の創業者、出光佐三のモデルにしたドキュメント小説です。
ドキュメンタリーというのがいいです。

かの大東亜戦争を「石油販売業」という立場から見ていて、日本近代史の一面を知ることができます。
同時に、出光佐三氏の国を思う心や会社経営の考え方などを知ることができます。

昭和を生きた「気骨のある日本人」という感じです。

特に、子どもの頃に親から、『一所懸命に働くこと』『質素であること』『人のために尽くすこと』、という三つを徹底的に教えられ、生涯生きる信条にしている様子は感動しました。

まだ上巻だけしか読んでいませんが、下巻も是非読もうと思ってます。
自分で購入してです。

人間学を勉強している人や、経営者の人にもお勧めしたい本です。


posted by 伊藤やすのり at 08:59| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月19日

上映会を終えて

今年の6月、まだ完成していない映画の「自主上映」に手をあげ、昨日、開催させていただきました。

昨日は朝から雨でした。
開場時間の午後6時になってもやむ気配はなく、どれ位の入場があるか心配していました。

お陰さまで300に近い人に映画を観ていただきました。

この映画はドキュメンタリーで、四つの家族の「いのち物語」です。
お子さんを小児癌で亡くし、そのことを正面から見つめ、命の大切さを訴える「命の授業」を始めらてた鈴木さんをはじめ、四つの家族がそれぞれに生きることに真剣に向き合っている姿が印象的です。

命の大切さを、理屈で考えるのではなく「ただ、今出来ることを精一杯行い、そのことに満足感を得ながら、素晴らしい笑顔を見せてらいました。」

画面からは悲壮感が伝わるのではなく、ほのぼのとした幸福感を感じました。

参加者のお一人が、『今回で二度目なんですが、何度も見てみたい映画です。』と仰っていましたが、多くの人がそう思われたと思います。

自主上映会の企画運営は初めてのことです。
実行委員会をつくりすすめてきましたが、実に楽しい準備期間でした。

近づくにつれ、想定していない事柄も出てきて、その都度相談しながら乗り越えてきました。
またまた多くの学びを得ました。

それにしても、目標に対し、気持ちが一つになると素晴らしい力が出るもんです。

皆さんのご支援に感謝しつつ、こうした機会をもっとつくるべきかと思います。
パワーはいくらでもあると思いました。
ただ、発揮する機会がないだけだと思います。

これからもいろいろ仕掛けて行こうと考えてます。

posted by 伊藤やすのり at 09:46| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月18日

顔を覚えるコツ

今朝のモーニングセミナーは趣向を変え、似顔絵教室となりました。

名古屋市名東区の倫理法人会会長の中村さんは「似顔絵師」なんです。
瀬戸市で倫理法人会が発足した当時から存じ上げており、会社でも「似顔絵」を活用した経緯があります。
そんなご縁から、セミナーの講師をお願いしました。

「似顔絵教室」とはいえ、チャンとしたセミナーで、タイトルは「顔を覚えるコツ」でした。
この話はとてもためになる内容でした。

日常、割に多くの方と名刺交換をします。
でも、しばらくすると記憶が薄れ、名刺を見ても顔が思い浮かばないことがたびたびあります。

一度に大勢の人と名刺交換をした場合など、後から名刺を見ても「交換したこと」すら覚えていないことがあったりします。

講師もそういう経験があり、「どうすれば」、と考えられたようです。
その結果、「相手の顔をよく見る」「特徴的なこと(例えば髪型、眼鏡、ひげなど)を聞きとめておく」「相手の名前を口にする」「何か(例えば動物)に例える」などのことを気づかれたようです。

そして、その後の話がよかった。
『自分の顔は見えない。ということは、《顔は他人様のためのもの》といえるのではないでしょうか。そうなら、できるだけ《笑顔・いい顔》をするべきではないでしょうか。』

この話で、「他人様には笑顔で接しましょう」ということの意味がよくわかりました。

「そうだったんだ!」
納得しました。

顔を覚えるコツというのは「特別なこと」ではなく、「よく見る」ということに他なりません。
相手の顔をよく見るということは、自分の顔をよく見せるということに通じます。

つまりは、笑顔で接し、会話の中に相手の名前を入れ、済んだら名刺に「特徴をメモする」ことのようです。

しみじみ感じました。

名刺交換をした相手のことを「覚えているかどうか」は、その相手への関心度の差ではないでしょうか。

posted by 伊藤やすのり at 11:24| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

顔を覚えるコツ

今朝のモーニングセミナーは趣向を変え、似顔絵教室となりました。

名古屋市名東区の倫理法人会会長の中村さんは「似顔絵師」なんです。
瀬戸市で倫理法人会が発足した当時から存じ上げており、会社でも「似顔絵」を活用した経緯があります。
そんなご縁から、セミナーの講師をお願いしました。

「似顔絵教室」とはいえ、チャンとしたセミナーで、タイトルは「顔を覚えるコツ」でした。
この話はとてもためになる内容でした。

日常、割に多くの方と名刺交換をします。
でも、しばらくすると記憶が薄れ、名刺を見ても顔が思い浮かばないことがたびたびあります。

一度に大勢の人と名刺交換をした場合など、後から名刺を見ても「交換したこと」すら覚えていないことがあったりします。

講師もそういう経験があり、「どうすれば」、と考えられたようです。
その結果、「相手の顔をよく見る」「特徴的なこと(例えば髪型、眼鏡、ひげなど)を聞きとめておく」「相手の名前を口にする」「何か(例えば動物)に例える」などのことを気づかれたようです。

そして、その後の話がよかった。
『自分の顔は見えない。ということは、《顔は他人様のためのもの》といえるのではないでしょうか。そうなら、できるだけ《笑顔・いい顔》をするべきではないでしょうか。』

この話で、「他人様には笑顔で接しましょう」ということの意味がよくわかりました。

「そうだったんだ!」
納得しました。

顔を覚えるコツというのは「特別なこと」ではなく、「よく見る」ということに他なりません。
相手の顔をよく見るということは、自分の顔をよく見せるということに通じます。

つまりは、笑顔で接し、会話の中に相手の名前を入れ、済んだら名刺に「特徴をメモする」ことのようです。

しみじみ感じました。

名刺交換をした相手のことを「覚えているかどうか」は、その相手への関心度の差ではないでしょうか。

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2013年12月17日

土曜教育のすすめ

昨日の産経新聞第一面に、「文科省が先生役 土曜教育のすすめ」という記事がありました。

以前に、下村文部科学大臣のお話として、「土曜日授業を実施する学校を増やしたい」ということを紹介したことがあります。
本年度は全国で、1800校程度の実施でしたが、これを6000校位まで増やしたいという内容だったと思います。

新聞報道もありました。
土曜授業の実施校ではいろいろな工夫がされたようですが、代表的なものは「地域の人たちの支援」だったようです。

一方、まだ実施されていない学校では「教師のやりくりがつかない」というのが第一の理由だったようです。取り組む姿勢の違いと言っていいかもしれません。

こうした実態を後押しするような記事内容でした。
《子どもたちの土曜日の教育活動を支援するボランティア活動に、文部科学省が来年以降、省ぐるみで参加する方針であることが分った。》
「文科省あげて支援しよう」というのです。

国家公務員のボランティア制度は各省庁にもあるようですが、「省ぐるみ」で参加というのは異例だそうです。
耳にしたことがありません。

お役人が現場に出て支援しようというんですから素晴らしいことです。
こういう決断をされた文部科学省に敬意を表したいと思います。

下村大臣の談話も載っていました。
『まずは隗(かい)より始めよ。地域ぐるみで子どもたちの土曜学習を充実させたい』とのことです。

言うまでもなく「隗より始めよ」とは、《物事は、まず言い出した者が着手すべきである》という意味であり、文科省が自ら範を示すということなんでしょう。

下村代議士が文部科学大臣に就任され、教育改革が具体的に動き出した感じです。
今後も大いに期待したいと思います。

posted by 伊藤やすのり at 08:27| Comment(0) | ひとづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月16日

躾の時期

学校教育で「道徳教育の教科化」が打ち出されてからいろいろな意見が新聞などを賑わしています。

私は大賛成をしている一人ですが、異議を唱えている人の意見も冷静に聞こうとしています。
中には、「エッ?」と思うようなものもありますが、多くは「自由」とか「強制すべきではない」という考えが基本にあるようです。

道徳教育というと、何か「思想的、洗脳的なイメージ」を持っている人がいますが、全く違うと思います。
人が人としてこの社会で生きて行く上での考え方や姿勢のことだと思っています。
人は、人によって育てられ初めて人として生きて行ける基礎ができると思うんです。

そのことが一番の基本であるからこそ、躾は小さい時にキチンとやるべきです。
ですから、躾は家庭での教育であり、その上で「生き方(道徳)」を学校で教えるというのは理にかなってると思います。

「躾は7才位までにしっかり行なえ」、といわれます。

このことと同じようなことが新聞にありました。

産経新聞に「正論」という欄がありますが、12月4日に神戸大学の西村和雄特命教授が、『規範意識は就学前に植えつけよ』と題して、意見を述べておられました。

《一般的には、道徳心は考え抜いて身につくものではない。無意識に記憶しているものが、何かの折に、意識下に上がって判断や行動を左右する。

いわば、子どもの時に親や先生から繰り返し言われていたことが規範意識となり、その規範が基礎となって、倫理観や道徳心が醸成される。》

結局は子どもの頃に、親や周りの大人から「言われたこと」が後にきいて来るという事です。
それが「躾」であり、繰り返し繰り返し言われるという点では「訓練」ともいえるかもしれません。

その言われたことが「マイナス的なこと」だったら大変です。

ですから、「躾はなるべく小さい時から・・・」と、言われるんでしょう。

親のなにげない言葉や行動が、子どもにとって「教育」になっていることを知らねばなりません。

posted by 伊藤やすのり at 06:39| Comment(2) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月15日

御陶玉鎮め神事

「御陶玉鎮め神事」と書いて「すえだましずめしんじ」と読みます。
何のことだと思われたでしょうが、初めて聞かれたという方がほとんどだと思います。

一昨日から続いてます「深川神社の一の鳥居」に関する話題です。

一の鳥居が復活しますが、材質は「青銅」です。
昨日、高岡での火入れ式のことを紹介しましたが、当然ながら「鳥居は空洞」です。
その柱部分の空洞に、「陶製の玉」をいれ子々孫々までのご多幸とご繁栄をお祈りするというものです。
今までに例のない催しのようです。

現在、深川神社にて「御陶玉」を求めることが可能ですが「2個1組」で初穂料が500円です。

昨日頂戴してきました。

頂いた説明書によれば・・・
《「玉」は、古来より「霊」(たま)、すなわち「魂」に通じ、人の心を表すものでした。一の鳥居の御陶玉鎮め神事は、皆様のお心を鳥居に込める神事です。・・・》とありました。

私たちはこの「御陶玉」に、「祈りの文字」を書き奉納する事になります。

実際に、鳥居の柱部分に「御陶玉」を納めるのは3月16日です。

子々孫々までの息災を祈るわけですから、しっかり文字を記したいと思っています。

「明るく、仲良く、元気よく」暮らせることが一番の願いです。

(尚、「御陶玉」は1000組限定で、なくなり次第終了とのことです。)

posted by 伊藤やすのり at 07:06| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月14日

火入れ式

昨日、高岡市にある平和合金での火入れ式に参列しました。
豪快な火入れであり、二度と見ることがないであろう貴重な体験でした。

これは、瀬戸の産土神といわれている深川神社一の鳥居再建のための一つの神事でした。

一の鳥居は青銅製であり、この鳥居が高岡市の平和合金で製造されているのです。
鋳型が幾つも出来上がり、いよいよその型に熔かしたブロンズを流し込み鳥居の一部を成型するのです。
その成型をはじめて行なうのが「火入れ式」というようです。

一の鳥居建設委員会で、『12月14日に高岡で火入れ式を行ないますが、ご参加いただける方はは・・・』という話があり、その時即座に手を挙げました。
想像するだけでワクワクしました。

そして昨日、深川神社に7時半に集合、2台の車で高岡に向かう事になっていました。

ところが1台増えました。
ケーブルテレビの取材クルーです。
聞けば、「一部始終を記録したい」とのことでした。

東海北陸自動車道を使って高岡に向いました。
予想はしていたもののひるがの高原あたりから雪です。
雪が舞う程度なら楽しいドライブですが、二車線が積雪のため一車線通行で吹雪で視界が悪くなってくると心細くなるもんです。

でも高岡に近づくにつれ雨となりました。

途中で昼食を済ませ、平和合金に到着しました。
案内された工場の真ん中に「鋳型」がどんと鎮座してました。

準備をし、その前で神事が始まりました。
次第どおりに神事が進み、参列者の玉串奉奠が終るといよいよ熔鉱炉から熔けて真っ赤になったブロンズがバケツに移され、そのバケツが鋳型の上に移動しました。
クライマックスです。

熔けたブロンズが型に注ぎ込まれました。
注ぎ口からこぼれると火花が散ります。
ものの1〜2分だったと思いますが無事完了し、神事の全てが終りました。

見ごたえのある「火入れ式」でした。
やはり参列させてもらってよかったと思いました。
posted by 伊藤やすのり at 14:03| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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