2014年01月31日

今を受け入れる

夕べ、とある会合で代議士、市議会議員、そして役所の幹部とお話をする機会がありました。
お酒も入り、話の内容はどんどん広がりました。
でも、つくずく思ったのは、現状をどう見るかということです。

私がまちづくりに関わり始めたのは今から20年くらい前です。
最初は生まれ育った地域で、その後せとし全体へと広がって行きました。

思い起こすと、つねに「こうありたい、こうあるべきだ」という考えできました。
すると、現状が「壁」として立ちふさがります。
そして、「これがいけない、あれがいけない」ということになり前に進みません。

つまり、現状の否定です。
そしてこれをクリアーしないと何もできない、ということになっていました。

でもこれっておかしなことです。
無い物ねだりじゃないでしょうか。
できないことはできないんです。

こう考えると、現状が違って見えてきます。

現状を何かが出来ない阻害要因と見るのではなく、何とかそれを強みにできないか、という発想です。

そのためには、まずは現状を素直に受け入れることが必要。
その上で、「何とか強みに・・・」と考える。

数年前からこんな考えになりました。

そして夕べ、いろんな立場の人から意見を聞き、「そういう考えがいい」と確信しました。

街が元気になるよう、もう一踏ん張りしようと思います。

posted by 伊藤やすのり at 05:28| Comment(2) | まちづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月30日

新聞、もう一つの役割

『新聞には「報道」という役割のほかにもう一つある。』
これは曽野綾子さんが、産経新聞(「透明な歳月の光」欄)に寄せている意見です。

昨日もブログで新聞に関することを書きましたが、今回は「新聞紙という紙」としての働きのことです。

まずは曽野さんの意見です。

《・・・読んだあとの新聞紙というもの実に貴重だ》として、いろんな利用法を述べていた。
・自分の畑で採った野菜を包む。
・洞窟で野営をしたとき新聞紙を敷いて寝た。
・焚き火の燃しつけ。
・陶器を包む包装紙がわり。
・その昔のトイレットペーパー代わり。
などなど。

私も頭に浮かびました。
昔懐かしい思い出です。
近所の駄菓子屋さんで飴などを買うと、新聞紙で包んでもらった記憶があります。
当時は殆んどバラ売りだったと思います。

お好み焼きもそうでした。
今のように、肉や卵の入った具だくさんのものではなく、ネギとカツオブシ、それに紅ショウガといった実にシンプルな「お好み焼き」でした。
これを新聞紙でくるんで食べたものです。

新聞のインクや紙がお好み焼きにくっつくこともしばしばありましたが、あまり気にせず食べていました。

食料品のお店には、新聞紙が「一枚」「二分の一枚」「四分の一枚」と、3種類くらい切りそろえてあり、それを包装紙や袋の代わりに使っていたようです。

そういえば、大掃除をやると、畳の下には必ず新聞紙を敷きました。

こうして昔の事に思いをめぐらすと面白いもんです。

ごく自然に「資源を使い切る」ような暮らしをしていたようです。
読み終えた新聞を、昔のように利用している人はごくまれでしょうが、それよりも、新聞の自宅購読者が随分減っているようです。

私の周りにも「新聞?とってません。」という人が増えてきてます。

紙好き、活字好きの私としては寂しい限りです。

posted by 伊藤やすのり at 09:10| Comment(2) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月29日

朝刊サービス

私の属している倫理法人会は、毎週水曜日がモーニングセミナーです。

正式には「経営者モーニングセミナー」であり、本来なら経営者の集まりということになりますが、少し拡大解釈をして、「会員会社の社員」の方も参加されます。

午前6時から7時までという時間なので、朝食前の勉強会という事になります。

殆んどの法人会は、会場がホテルであり当然のことながら「朝食サービス」が受けられます。
でも、瀬戸・旭法人会は初代会長のご好意もあり、「会社の食堂」が会場です。
従って、朝食をとるとすれば他の施設ということで、現在は「デニーズ」を利用しています。

このファミレスで朝刊サービスがあります。

半年位前からだと思うんですが、読売新聞の朝刊が入り口脇に数部、更に店内のテーブル毎に一部づつ置いてあります。
「自由にお持ち帰り下さい」、との表示があるので私は毎回いただいてきます。

自宅で購読していない新聞ということもあり、楽しみです。

購読している中日、産経と読み比べるのがとても面白く感じます。

今日の朝刊、中学と高校の学習指導要領の解説書に《「尖閣・竹島」を我が国固有の領土であることを明記する》という変更について報じられていました。

三紙三様ですが、今日の新聞では読売新聞が一番詳しく書かれていました。
韓国や中国からの反発の声も報じてありましたが、その扱い方は随分違います。

「公共的」だと思われている全国紙ですが、そうした違いをどう感じるかが大切ではないでしょうか。

朝刊サービスを受け、ものの見方考え方が広がるのはいい事で、是非続けてもらいたいと思ってます。

posted by 伊藤やすのり at 11:10| Comment(1) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月28日

桜前線のニュース

もうそんな季節なの?
「桜前線の予想」を新聞で見てそう思いました。

日本は四季がハッキリしています。
でも、子どものころ(昭和20年代から30年代)に比べると、春と秋が随分短くなったような気がします。
詳しいことは分りませんが、地球温暖化の影響かもしれません。

今年の桜前線、宮崎、高知あたりの開花予想は3月18日です。

私の住む愛知県は3月23日で3月中には太平洋側の茨城あたりまで、日本海側では京都府あたりまでで開花するという予想です。
満開は開花後一週間ほどとのことです。

桜の話題は気持ちを明るくさせます。
温かい気持ちにさせます。
同時に「春」を感じさせます。

この桜前線のニュースを見て、「暦の本」(『日本の七十ニ候を楽しむ』東邦出版)を開いてみました。

今は、《二十四節気でいう「大寒」で、七十ニ候の「水沢腹く堅し」(みずさわあつくかたし)》、新暦ではおよそ1月25日〜1月29日頃と説明があります。

日本人は、一年を「七十二の気候」にわけ、楽しみ、そして暮らして来たかと思うと、今更ながら日本人に生まれてよかったと思います。

因みに、今(候)の言葉は、『春隣』(はるとなり)だそうです。
《もうすぐそこまで春が来ているという意味の言葉、春隣は冬の季語です。

寒さがこたえる真冬の時期にも、かすかな春の予兆に目を向けては、暖かな季節に思いを馳せます。

冬至を過ぎ、たとえ寒さが厳しい日にも、太陽の光は強さを増して、日射しは一日に畳の目一つ分ほど伸びていきます。》

何と細やかな描写でしょうか。

心の中に春が来たようです。

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2014年01月27日

大相撲人気

大相撲初場所は横綱白鵬の優勝で終了した。

昨日の千秋楽、結びの一番で、横綱白鵬と大関鶴竜との大戦。
過去の対戦成績では30勝2敗の横綱が絶対有利の予想でした。
でも結果は大関が勝ち、共に14勝1敗となり、優勝決定戦となりました。

見ごたえのある勝負でしたが、決定戦で戦いはまだ大きな差のあることも感じました。

勝負の世界は分らないものでして、場所前の話題は「稀勢の里の綱とり」が最大のものでした。

しかし早々と負けが込み、千秋楽は休場、結果として負け越しとなり、来場所はかど番となってしまいました。
横綱への道は遠のいてしまいました。

その代わりに台頭したのが大関鶴竜です。
初場所は横綱を破っての準優勝であり、3月場所に優勝すれば横綱の声が掛かることでしょう。

若手の活躍も前評判どおりのものでした。
特に、ザンバラ髪の遠藤は11勝をあげ、来場所は三役一歩手前まで番付が上がるといわれています。

初場所をテレビで5〜6日観戦しましたが、大相撲人気復活の兆しが見えたような気がします。

野球賭博や体罰事件などにより、大相撲の存続すら危ぶまれた時期から3年近く経つでしょうか。

力士や関係者の努力によって、ようやく復活の兆しが見え始めたのは嬉しいことです。
大相撲は「国技」といわれてるんですから余計です。

兆しは、「懸賞の数」や「入場者数」に表れてます。
懸賞は1200本近く掛けられたようですし、満員御礼は土日と共に、平日でも1回あったようです。

一ファンとして、今後も応援していきます。


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2014年01月26日

いけばな展と茶会

昨日と今日の二日間、瀬戸市文化センター(文化交流館)で、『2014新春いけばな展&新春茶会』が開催されています。
今までこうした催しには縁がありませんでしたが、昨年入会させてもらった会を通じて案内をいただきました。親切に「呈茶券」までいただきました。
その会は「瀬戸椿の会」です。

昨日の午前中行ってきました。

文化交流館は3階建てですが、その全てを使っての催しで、とても素晴らしい作品ばかりでした。

各流派の約束事や特長は素人の私には分りませんが、ただただ美しいと感じてきました。

次は「お茶」です。
受付で呈茶券を出し、しばし待合で待ちます。
これがまたいい雰囲気です。

部屋に案内され、一度に12〜3人づつ戴きます。
お菓子が出てそれをいただき終わった頃、お茶が運ばれてきます。

作法など知りませんが、ただただ自然体でいただきました。
とてもおいしかったです。

静寂な時間は心が休まるような気がします。

さてさて、頭をめぐったのは「わが町瀬戸市が目指す姿の一つがこれでは?」ということです。

名古屋という都市から20キロ足らずで自然が豊かです。
「お茶」や「お花」をする環境に適してるんじゃないでしょうか。
いけばなの材料など、近くに一杯あります。
そして器。
今回のいけばな展でも花器は殆んど「陶磁器」でした。
主役の花をより引き立たせる役割を見事に果たしていました。

「お茶」もそうです。
瀬戸の「茶器」は歴史もあり素晴らしい器もあります。
そして付き物のお菓子ですが、市内に老舗のお菓子屋さんが多くあると聞きます。

要は、茶碗や花器などを「やきもの」としてみるというより、ある文化(例えばお茶やお花)を支えるモノとして、その文化全体を盛んにすることが重要だと思います。

瀬戸が目指すことの一つだと思います。


posted by 伊藤やすのり at 08:30| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月25日

観光施設の見せかた

先日名古屋城の近くのホテルを利用しました。
このホテルの大宴会場からは金のシャチホコが輝く名古屋城を間じかに見ることができ、会場の演出にも大いに活用されています。

そのことと関係しているでしょうが、1階のロビーには「名古屋城案内」の資料が並んでいます。
日本語のものだけではなく、英語、中国語、韓国語などのものもありました。

一枚戴き、目を通しましたがふと思ったことがあります。

それは、こういう観光施設の見せかたです。

NHKなど、ドラマなどで取り上げられると多くの人が観光に訪れるようになります。

「どうしてなんだろう?」と思っていました。
いろいろあるでしょうが一つは「主人公の成長過程や生き方」を辿りながら「いわゆる場所や施設」を見てまわっているのではないでしょうか。

そんなことが頭に浮かび、名古屋城の初代城主が徳川義直公である事に注目しました。

案内資料には、徳川家康公の命によって築城されたこと。
西国大名20家が普請を担当し、家康九男の義直が「初代尾張藩主」として入ったこと。
などが書かれていました。

注目したのは、義直公の廟所が瀬戸市にある定光寺であること。
その本堂には、権現様(家康公)の位牌が祀られていること。
そして「九」の数字に関係が深いこと。
(このことは定光寺のお坊さんに聞いた話で詳しくは知りません。)

名古屋城とか、定光寺というのは、施設そのものも大変貴重で見て意味あることだと思いますが、「御三家筆頭の尾張徳川家」としてみてみると、(あるいは見せると)違った魅力を感じるものです。

こういうような考えで、地域にある観光資源といわれる場所や施設を見直してはどうでしょうか。

日本は、国としての歴史は世界でも類がありません。
地域の歴史的な資源を全て観光化する取り組みは、意義あることのように思います。

それは、地域の伝統文化を大切にする言うことにも通じると思います。

posted by 伊藤やすのり at 09:25| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月24日

違った印象

昨日、政治評論家の橋本五郎さんの講演を聞く機会がありました。
テーマは『どうなる今後の日本』となっており、「政局の話」が聞けると思っていました。

でも、内容は全く違っていました。

テレビでも活躍されており、政治に対する評論もされていたので「政治評論家」とばかり思っていましたが、昨日の講演で「印象がガラリ」と変わりました。

話の始めは「東京都知事選」でした。
《原発の是非を争点にするのはいいが、マスコミの二者択一的な煽りようは間違っている。》
《東京都知事の選挙であり、国政への影響は少なからず出る。》
という内容。そして安倍政権については・・・
《アベノミクスの問題点は、地方への配慮が無いことだ。》

これらの話しが15〜6分だったと思います。

政治家の資質などの話もありましたが、残りの時間50分くらいは、母親の思い出と「地方」のことでした。

「地方のこと」とは、橋本さん自身が行なわれた郷里での活動を通し、「市民それぞれが、できることを始めるべき」、という結論だったように思います。

橋本さん自身の出来ること、それは「本の寄贈」だったようです。
そしてその活動が契機となり、田舎の廃校になった校舎が「図書館」に生まれ変わったとのことでした。

そうした活動に至った背景として、母親からの教育や田舎での暮らしがあるとし、そこに暮らす人々にも心を寄せることこそが政治の王道ともいわれました。

ご自身の体験であり、話に迫力がありました。
熱いものがこみ上げるような場面もあり、「講演家・橋本五郎」でした。

評論家といわれる人の中には、頭でっかちで現場を知らない人がいます。
橋本さんは「自己体験をベースに、日本人の持っている良き精神文化」を語られたと思います。

300人余の聴衆のほとんどが、「親を大切にしよう」と、思われたことでしょう。
もちろん私もその一人です。

posted by 伊藤やすのり at 09:04| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月23日

学びの姿勢

昨日は経営者モーニングセミナーの開催日でした。
瀬戸・旭倫理法人会では毎週水曜日の午前6時から開催されていますが、月に一回、私が講話を担当させてもらってます。
昨日はその日でした。

法人会が発足して半年位経った頃から担当させえもらうようになったので、間もなく6年になります。

人さまより、学ぶ機会を多くいただきありがたく思ってます。
人生、いくつになっても勉強だと思いますが、私の周りにもそういう人が多くいます。

昨日のセミナーにも、ご高齢の方が参加されました。

セミナーは定刻どおり6時に始まりました。
朝礼の時、「本日は、初めての方が参加されます・・・」との紹介がありましたがセミナーが始まっても顔が見えません。
「今日はおみえにならないのかな?」と思いつつ私の出番になりました。

話し始めて5〜6分経った頃、その人が入室されました。

私の話は中断し、簡単な自己紹介をしていただきました。

自宅は5時過ぎに出られたものの、利用したタクシーがセミナー会場をなかなか見つけられずこんな時間になってしまったという説明がありました。
「皆さんに迷惑をかけ、申し訳ない」、というお詫びの言葉を何度もいわれました。

そのご挨拶のあと、話を再開し午前7時のセミナーは終了となりました。

名刺交換をさせていただきました。
「息子がお世話になっております・・・。」
私は「?」。

お名前とご住所から、名前と顔が思い浮かびました。

改めて、学びの姿勢に感服しました。

「一緒に勉強できたらとても嬉しい」、という思いを伝えておきました。

posted by 伊藤やすのり at 06:50| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月22日

懸賞獲得ベスト5

大相撲初場所の最大の注目点は、大関稀勢の里の横綱挑戦でした。
大相撲ファンのみならず、相撲協会も日本人横綱の誕生を心待ちにしていて、そのハードルも幾分低めに設定されていたような気がします。

横綱に推挙されるのは「大関での連続優勝」だと思っていましたが、先場所両横綱を倒したこともあり、この初場所で「13勝以上の優勝」をすれば、場所後には横綱っ推挙のはずでした。

でも、現実はなかなかうまく行きません。

稀勢の里は昨日10日目で4敗もしてしまってます。
場所後の横綱の話はなくなってしまいました。
初場所の一番の話題が消えてしまいました。

そこにでてきたのが「遠藤」です。
前頭西十一枚目で、昨日十日目で早くも勝ち越し、今日も白星でした。
連日大変な声援だそうです。

そのことが新聞の記事になっていました。

22日の中日スポーツに、『遠藤 自己最速勝ち越し!人気抜群懸賞ベスト3』という見出しがありました。
滅多に読まない新聞ですが、「懸賞ベスト3」ということが気になりました。

相撲ファンでしたらお分かりでしょうが、平幕の十枚目より下の力士が懸賞を手にすることはあまりありません。
役力士との取り組みで、運良く勝てば手にすることができますが、平幕同士の取り組みに懸賞のかかることはほとんど無く、かかるとすれば大変な人気であるといえます。
それが遠藤関だということです。

新聞には、「懸賞獲得ベスト5」が紹介してありました。
5位、大砂嵐  51本
4位、鶴竜   52本
3位、遠藤   55本

そして2位は、稀勢の里の81本です。

すると1位は当然のことながら横綱白鵬ですが、その獲得本数を見てビックリです。
何と、10日間全勝で「296本」とのことです。
2位の3倍以上です。

今更ながら横綱白鵬の「人気・実力」のすごさに感服いたします。

1勝あたり「30本近い懸賞」というのが驚異ですが、あの強さと風格からいえば当然かもしれません。
今場所、一体どれ位の懸賞を手にするのでしょうか。

興味の一つです。

posted by 伊藤やすのり at 23:05| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月21日

お年玉年賀ハガキ

昨日一月二十日は「大寒」でした。
一年で最も寒い日とされていますが、一方で「春の訪れを待つ気分を持ち始める日」でもあるようです。

日本の暦は実に細やかで、人が自然の一部としての営みを的確に示しているようです。
20日は、「二十日正月」ともいいます。
言葉としては記憶にありますが、どんなことをしたのかは覚えがありません。

もうすっかり正月気分ではない人が多いと思いますが、正月というのは「1月中」をいうんです。
気持ちのを切り替えるといえば、年賀状の整理かも知れません。

この時期、すっかりお馴染みの「お年玉年賀ハガキ」の「当たり番号」が発表あります。
19日に抽選が行なわれ、昨日の朝刊に番号が紹介されていました。

早速確認しました。
何と、2等賞1枚、3等賞が2枚当たっていました。

今まで「下2ケタ」の「切手シート」。
良くても「下3ケタ」の当りが一度か二度です。

これが今年は「下4ケタ」(2344)2等賞でした。
歳を忘れて大喜びをしてしまいました。

ところで賞品は?
『地域の特産品など38点の中から1点』とありました。

そこで思いました。
この「お年玉年賀ハガキ」の賞品が随分「小粒」になりました。

いつからこのようになったのか、全く気がつきませんでした。
1等、(下5ケタ・97085)の賞品が現金1万円です。
「広く薄く」という考えなんでしょうか?

その昔は、テレビや洗濯機などが賞品にあったように思います。

とはいえ、2等賞に当り、「こいつは春から縁起がいいワイ」と、気持ちはすっかり春になってしまいました。


posted by 伊藤やすのり at 08:14| Comment(1) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月20日

高齢者の働き力

日本は「超高齢化社会」になってきたといわれてます。
おまけに6〜7年前から「人口減」がはじまり、従来の社会性制度を見直し、変えて行かねばなりません。

何とかしなくてはといろいろ考えられているでしょうが、なかなか具体的な手立てが打たれません。

大上段に構えてしまうから実行計画にまで至らないのかもしれません。

ここは、現在の状況を見ながら、それに一つづつ対処していくような手立てが有効ではないでしょうか。
例えば「高齢者といわれる人たちの活用」です。

1月20日の産経新聞に曽野綾子さんの「直言」がありました。
「小さな親切大きなお世話」という欄で、ズバリ「高齢者の生き方」について述べています。

つまり・・・
《元気な高齢者はどの町にもいる。
しかしその生き方は必ずしも十分に議論されていない。
高齢者という世代に対する昔の概念を引きずったままだ。》

全くそのとおりだと思います。

老人クラブがいい例です。
60歳とか65歳が入会資格があるといわれますが、その年齢で入会する人はほとんどいません。
その昔の「概念」をそのまま引きずっているからです。

名称は「クラブ」などと現代的な言い方ですが、会員は未だに「年寄り会」という人が少なくありません。

さて、曽野綾子さんの提言に戻ります。
《年寄りの中には、2種類の精神的性向がある。遊んでいるのが好きな人と、どんなことでもいいから働いてその生産性によって社会と繋がることを望む人である。》

曽野さんの周りには、「働いて・・・」という人が圧倒的に多いようです。

私の周りでもそうです。
日本人の多くがそうではないでしょうか。

であるならば、「収入はある程度安くてもいいから、体力の許すだけの働く場所をつくるべきだ。」というのが意見の概要でした。

これを「高齢者の労働力」としてみるかどうかですが、私は単純に「労働力」というのではなく、「働き力」という別の言い方をした方がいいのではないかと思ってます。

「労働力」といえば、やはり生産性が求められます。
当然です。
でも、「高齢者の働き」から生み出されるものは、「生産」以外の「生き方とか知識・技術の伝承」という価値があるように思います。

そうした働き方のできるような社会環境ができたらいいなと思います。

posted by 伊藤やすのり at 08:59| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月19日

自治体の仕分け

「事業仕分け」という言葉を聞くと、「随分前に・・・」と思い出します。

民主党政権時に、良くも悪くも話題になったことです。
流行語にもなりました。

1月18日の中日新聞「社説」に、「自治体の仕分け」と題した意見が述べられていました。

《先に始めたのは実は地方自治体だ。
中でも県民参加で行政に民意を反映させ、今も活発な静岡県の試みは参考にしていい。》

こんな書き出しで、自治体の仕分けについて紹介してありました。

この仕分け、目的とするのは『事業の一つ一つを、国と地方、官や民の、本来どこに属するものかを区分けしえ、予算削減や事業廃止に結びつけ、大幅な歳出削減につなげる。』ということだそうです。

こうした手法がとられるようになったのは、自治体が財政難に苦しむ中で、その台所事情を立て直すためのようですが、このあたりが「官と民との意識の違い」ではないでしょうか。

「苦しくなったから・・・」ではなく、日常的に、あるいは毎年の予算編成の時には必ず行なうべきなんです。
本来は、「仕分け」を始め、以降継続すべきなんでしょうが、それがどうもできていないようです。

2002年頃から始まったようで、累計で100を超える自治体が実施したようです。
どうもパフォーマンスで1〜2年で終らせる例が多いようです。

そんな中にあって静岡県は、09年度から導入し今でも続けられているそうです。

特長は「県民参加」であり、その内容も年々レベルアップしているそうです。
こういうことは真似をしたらいいと思います。
ポイントは、仕分けられた事業ごとに、予算がどのように使われたかの事後チェックのようです。

永く続けることにより、県民が地方行政に興味を持ち、何が重要かを「県政」の視点で判断させるようになります。
一つの教育といえると思います。

同じような仕組みを市町村に取り入れたらいいのではないでしょうか。

posted by 伊藤やすのり at 10:38| Comment(3) | 行政改革 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月18日

部活動の朝練禁止

長野県教育委員会の「有識者委員会」が昨年11月、中学校での部活動について「朝の部活動は睡眠不足や授業への影響も懸念される」として、原則やめるべきだとする報告書をまとめられたそうだ。

このことは全く知りませんでしたが、先日産経新聞の「土曜討論」という欄で、教育専門家の先生お二人がそれぞれ「問題提起の意義大きい」(賛成?)、「筋が違うし行き過ぎだ」(反対)と意見を述べていました。

中学校での「朝練」は珍しい事ではありませんが、「やめた方がいい」ということの理由に「睡眠不足」が挙げられていることにいささか驚きました。

記事には、長野県の場合「中学生の平均睡眠時間が全国平均より低い」というデータはあるようです。
でもその原因が、「朝練のための早起き」だとするのはいささか表面的過ぎるように思います。

私のように、倫理法人会で週1回朝6時からのモーニングセミナーに出席するようになってから、ほぼ毎日4時頃に起きるようになった人間から見れば、「早起きがいけない」とい割れるのは意外です。

むしろ早起きを奨励したいです。

ですから、今回の「朝練禁止」というのは、「中学校教育における活動のあり方」を根本的に考えてみる「問題提起」と理解した方が良さそうです。

記事にあったお二人の専門家も「概ねそういう考え」のようです。

「日本のスポーツは学校教育に依存しすぎ」
「部活動の位置づけは非常にあいまいだ」
つまり、教育課程の中に部活動をきちんと位置づけることこそが最初にすべきことだと思います。

同時に、競技団体も「各種スポーツの強化」を学校の部活動に依存するだけではなく、新しい発想で「スポーツ」を考えたらいいと思うんです。

学校ではあくまで「体育」という教育を充実させることを優先し、各種スポーツの強化は部活動というより、スポーツクラブなどに参加することを考えた方がいいかもしれません。

当然のことですが、「早起き」は生活指導としてぜひ督励してもらいたいものです。


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2014年01月17日

みんなで勉強

今から4年前、当時の瀬戸市倫理法人会で会員サービスの一つとして「人財塾」という研修会を主催する事になりました。

会員会社の後継者や幹部社員を対象にした研修です。

講師にコンサルタント会社の先生を招き、毎月1回半年間の研修会でした。

この方法で2回開催しましたが、その内容が「経営管理技術」に関する知識教育が多いということから、3回目からは内容をガラリと変えました。

「経営に対する考え方」「経営姿勢や哲学」といったものにしようという事になりました。
でもこれは、「言うは易し、行いは難し」です。
講師をお願いするにしても予算が無尽蔵にあるわけではありません。

そこで私が15〜6年前から14年に亘って行なっていた「経営塾」の内容を紹介してみました。
そこでは、会社の歴史を解説することと、経営について自ら考え、学ぶことへの支援をしてきました。

この内容を「人財塾」にも利用しようという事になりました。

そして昨年1月から毎月1回半年間行なってみました。

具体的な内容は、「日本型経営の解説」と「経営者研究」です。
経営者は3人取り上げました。
「渋沢栄一氏」「松下幸之助氏」「稲盛和夫氏」です。

経営者の経歴の紹介と共に参考資料を渡し、あとはグループでの研究です。
とても面白く、充実した半年でした。

コーディネーターという役回りですが、恐らく私が一番勉強になったと思います。

お陰さまでそこそこの評価をいただき、今年も第4回として開催する事になりました。
今日がその開講です。

今年も半年間充実した時間を持てます。
まさに、「みんなで勉強」です。
posted by 伊藤やすのり at 09:03| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月16日

平和ボケ

新聞にもいろんな読み方がありますが、気に入っているコーナー、あるいは連載記事は楽しみです。
そんな中の一つが産経新聞オピニオンページにある「曽野綾子の透明な歳月の光」という記事です。

毎日の掲載ではありませんが、今日の朝刊で「bT74」とあるので相当永く続いていると思います。

産経新聞を定期購読を始めて一年余りですが、毎回楽しみにしてます。
いえ、「楽しむ」というより、毎回、「ハッ!」とさせられています。
今朝もそうでした。

「川崎市の大捕物」というタイトルで、先日横浜地検川崎支部の取調室から容疑者が逃亡したことにふれ、「これは平和ボケの表れだ!」とする明解な意見が述べられていました。

内容を一部紹介しますと、まずは容疑者一人に警察官4千人という大捕物。
あそこまで大騒ぎする必要があったのか?
駅にズラリと警察官が並んで通行人を見ている。
《ほんの数人で見ればいいのでは?それがプロでは?》

あるいは逃亡した容疑者のこと。
そもそも容疑者というものは基本的に逃げたがっているし、それが自然だ。
「みんないい人」と学校で習った世代が物事を間違える。
《人権というものは、人を簡単に善人と悪人に分けないということ!》

こんなことを紹介しながら、『過剰な騒ぎの裏に平和ボケ』と一刀両断です。

まったくその通りで、小気味いい文章です。

そして考えさせられます。

次の文章に「ハッ!」とさせられました。
《何でもすぐ怖がるのが最近の大人たちの幼児性である。
彼らはことが解決して安心して暮したいという。
しかし、人生で安心できる瞬間などないのだ。》(以下略)

生きることの厳しさを忘れてしまうことは、生きる意味や責任をも忘れてしまうことにつながってるように思います。

posted by 伊藤やすのり at 07:12| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月15日

原発を廃止していいの

東京都知事選への顔ぶれが揃ってきました。
まだこれから名乗りを挙げる人もいるでしょうが、有力な候補者は出揃ったように思います。

新聞各紙でその取り上げ方もいろいろですが、ひときわ目立つのが「原発問題」のようです。

どうも、「小泉元首相の原発発言」が核になっているような気がします。
とても気になるところです。

気になるというのは、この発言が都知事選の争点になるような雰囲気ができつつあることです。

私の考えは、もっと情報を開示し「国民的な議論」にすべきだと思っています。
日本第一の都市の知事選であり、議論の対象にはなると思いますが、核心的な争点ではないと思うんです。

都民の投票行動が「原発、賛成か反対か?」となってしまってはいけないと思うんです。

選挙活動の中で「分りやすい言葉」で白黒をつけるのは戦術の一つでしょうが、とても危険なことでもあります。更には、マスコミがこうした事に乗りやすいことも事実です。

私は原発問題を争点にしようとする「陣営」に対し、マスコミが日本国の国益の視点で論評し、広く国民に「問題として問うべき」だと思ってます。

「原発を止める、止めない。応えは一つ。」
こんな単純な問題ではないと思います。

もっといろいろ考えるべきではないでしょうか?

posted by 伊藤やすのり at 04:23| Comment(3) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月14日

日本史の必修化

1月13日の産経新聞「主張」欄で、高校での「日本史必修化」が検討されることになったとのことが述べてありました。
率直にいえば、「やっと始まったか・・・」という感じです。

「主張」では、高校での日本史必修化の検討を歓迎し、その狙いとして下村文部科学大臣の年頭記者会見での談話が紹介されていました。

それによれば、《「日本力の強化につながる教育施策をすすめるとし、具体例として英語教育の充実を挙げる一方、日本人としてのアイデンティティー(主体性)に関わる「歴史、文化」に対する教養を備えた人材育成を指摘した。》とありました。

私は随分前に「日本人の国際化」が叫ばれた時、まず必要なことは「我が国の歴史や文化を知ること」だと思いました。
今でも変わりません。

それは、今から25年位前からアメリカに出かけるようになってから痛感したものです。
会話力はあったほうがいいに決まってます。
でも、重要なのは自国の歴史や文化に精通していることだと思います。

学校教育の中で、自国の歴史を「国史」といわないのは日本くらいだともいわれます。
しかも、今まで高校で「世界史は必修で、自国の歴史は選択」です。
これは変です。

先人が述べています。
「自国の国の歴史を失った(忘れた)民族は滅びる」と。

歴史教育がキチンとしていないから、外国からの「意見や主張」に惑わされてしまえるんじゃないでしょうか。
歴史教育は人間の根っこの部分を作るもので、とても重要だと思います。

教育方法も問題があったと思います。
授業が楽しいもので、その意義が十分に理解されるような内容であれば「選択科目」のような扱いはされなかったでしょう。

しかし授業の実態は、記憶中心で、テストに出るのは「年号」などが中心だったような気がします。
これでは興味は湧きませんし、つまらないものになってしまいます。

「主張」の最後は次のように結んでありました。
《歴史の年号や事項を覚えることも必要だが、暗記に偏るのではなく、多様な歴史の見方を育んで欲しい。

そのためにも、歴史や文化に心から興味が持てるような教科書や指導の改善が欠かせない。》

この通りだと思います。
早く「国史の授業改革」が進むことを願っています。

posted by 伊藤やすのり at 07:20| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月13日

成人の日に思う

今日、1月13日は成人の日です。
国民の祝日の一つであり、国民の一人としてその意義などについて考えてみました。

「成人の日」といえば「成人式」です。

いつ頃からのことでしょうか、「荒れる成人式」が多く報道されるようになりました。
男子成人が、お酒を飲み徒党を組んで式をメチャメチャしてしまう光景をテレビで何度も見ました。「彼らは何であんなことをするんだろう?」と思いました。

今でもその疑問は解けません。

最近はほとんど報道されませんので、「荒れる成人式」は昔のことかもしれません。

今年の成人式。
多くの地域では、昨日の日曜日に行われたようです。
その報道によれば、女性の異様な着物姿を見ました。
振袖なのに、肩も露わに見せていました。
「花魁風」といっていましたが、そんな文化的なものにはとても見えませんでした。

こうした状況の下で思うのは、「祝日という意味」です。

「国民の祝日に関する法律」によりますと、「成人の日」というのは、『おとなになたことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝い、はげます。』とありました。

でも実際は、こうした「意義」は忘れられ「休日の一つ」という認識ではないでしょうか?
祝日は「法律」によって定められ、「日本の伝統文化」を表すものでもあると思うんです。
ですから、国民は「国旗を掲揚し祝意を表すべき」なんです。

私の自宅周辺で「掲揚されてる国旗」はありません。
残念です。

もう一つ思うのは、どうして成人の日に「成人式」を行なわないのでしょうか?

都会に住まう成人者が、故郷での成人式に出席しやすくするための方策であると聞きました。

法律で定められた祝日よりも、「個人の利便性を優先する」という考えはいかがなものでしょうか。

成人式はその昔の「元服の儀」だと聞きます。
都合のいいときに集まるという、まるでクラス会、同年会と同じ感覚で式が企画されているとすれば問題です。
何か変だと思いませんか?

こういうときは原点に戻り、「まずは国旗の掲揚をし、成人に祝意を表する」べきだと思います。


posted by 伊藤やすのり at 12:07| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月12日

笑顔の力

昨日の勉強会でまた一つ学ばせてもらいました。
それは「笑顔の力」です。

その勉強会では、「致知」という人間学を学ぶ月刊誌を教材としていますが、毎回「巻頭言」を輪読しています。
1月号は、アサヒビール名誉顧問の中條高コさんの文でしたが、内容は「布施」のことでした。
お寺さんの関係で使う、あの「お布施」のことです。

「お布施」といいますと、直ぐに「金品」を思い浮かべますが、そうではありません。
仏さんが説いておられる「七つの布施」というものがあるけれども、それらは「喜びの種をまくこと」なんですよ・・・という説明です。
(因みに七つというのは、「優しい眼差し」「笑顔」「喜ばれる言葉」「身体を使う」「思いやりの心」「席を譲る」「宿を貸す」です。)

なるほどと思いながら、二つ目の「笑顔」が気になりました。

それは、少し前の産経新聞に「笑顔の力」という記事があったことを思い出しましたからです。

早速探して見ました。

切り抜いてありました。
昨年12月31日の「産経抄」でした。
ご存知も第1面のコラムです。

そこには二つのことが書かれていました。
一つは「フィギュアスケートでは、とりわけ笑顔の力が重要だ」ということ。
そしてもう一つは、「写真家の小野庄一さんの話」でした。

小野さんは20年ほど前から百歳以上の高齢者を撮り続けているとのことですが、そこで学ばれたのが「笑顔の力」だそうです。

100歳近くになるまで、笑顔などほとんどなかった職人さんが、デイサービスなどで人と接するようになってから「笑顔が絶えなくなった」そうです。

小野さんは言いました。
『笑顔は、周りの人たちとの関係をよくするのはもちろん、本人を元気にする力がある』・・・と。

本当にそう思います。

チョッとしたことが周りを明るくし、更には自分も元気になる。
素晴らしいことだと思います。
こういうことは直ぐ実践しましょう。


posted by 伊藤やすのり at 06:48| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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