2014年09月30日

御嶽山の噴火

今日の中日新聞朝刊、第一面トップに御嶽山噴火による被害状況が報じられていました。

『死者12人 心肺停止24人に』
大きな文字が事の重大性を強調していました。
とても痛ましいことが起きたもんです。

死亡が確認された12人の方々。
そのご家族の心中を思うとき、掛ける言葉がありません。
ただただお悔やみを申し上げるしかありません。

更には、噴火以後連絡が取れず、ひたすら安否をご心配されている方々も多くおみえになると聞きます。
一刻も早い発見が望まれます。
祈るばかりです。

それにしても自然というのは怖いものです。

さて、この地方で「木曽の御嶽山」といえば信仰の対象として有名です。
わが社河村電器にとっても関わり深い山といえます。

創業者は春日井の生まれで、御嶽教を信仰していたと聞いています。
とても信仰心の篤い人でした。

もうお一人、大先輩で神職の資格を持った人がいました。
今から30年以上前のことですが、毎年夏と冬に御嶽山に出かけられていました。
私は一度もお供をしていませんが、この大先輩も御嶽教に熱心でした。

こうした方々はこの度の「御嶽山噴火」をどう感じておられるんでしょうか。
きっと私とは違う思いをお持ちだと思いますが、改めて、「山を畏れる」ということを言われるのではないかと思います。

自然界と人間について深く考える機会にしたいものです。

ということはですが、
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2014年09月29日

おかげさま

今月の初め、倫理法人会での実践体験報告で「おかげさま」という話を聞きました。
経営されている会社の理念を「おかげさま」と定め、日々努力しているという内容でした。

今、ここに生きていることについて、「誰のおかげですか?」と問われているようでした。

改めて「生かされているんだ・・・」という気持ちになりました。

その話を聞いた数日後だったと思います。
新聞の書籍広告に、『おかげさまで生きる』(幻冬舎)という本の紹介がありました。

このように、あるキーワードが連続して出現するのは、「私に必要だから・・・」と思うようにしており、早速読まなくてはと思いました。

1週間くらい前に本屋さんに行ったとき、注目本として平積みされているこの本を見つけ購入しました。
何かの都合で、すぐには読み始めませんでした。
数日前に読み始め、一気に読みました。

著者は東京大学医学部救急医学分野教授の矢作直樹氏です。

お医者さんが、お坊さんの言われるようなことを言っていることに不思議な感じがしました。
妙に説得力があります。
霊性が強い方のようです。

一気に読めるのは、表現がわかりやすいこと。
それに、テーマ毎の話が短いからだと思います。
全体で、35項目のテーマがありますが、それぞれにキーワード(教訓的なこと)が示してあるのもいいと思います。

つまりは、「今日、この一瞬を楽しく、キチンと生きること」に尽きるようです。

その中でも、特に印象的だったのは「つながりを切らずに、しがらみを断つ」という項目です。

ハッとしました。
この逆を生きてるのではないかという思いがあります。
「しがらみに生きてきたんじゃないだろうか・・・」ということです。

終わりに、教訓が記してありました。
《人生は
 ギブ・アンド・ギブ。
 惜しみなく与え続けると、
 全く別のところから
 ギフトが届く。》
しがらみを捨てて自分を解放すると、
孤独感が薄れて他者とのつながりが太くなり、
人生そのものが豊かになる。

納得できる言葉です。

「おかげさま」で生きるということについて、深さや広さが学べる一冊です。

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2014年09月28日

人気急上昇

大相撲秋場所、昨日14日目を終え優勝の行方がまだわかりません。
大方の予想では、昨日一敗同士の決戦を制した横綱白鵬関に分があるといわれてます。
でも、新入幕の逸ノ城関の可能性が残っています。

今日の千秋楽、先に取り組みのある逸ノ城関が勝ち、結びの一番で白鵬関が敗れると優勝決定戦になります。

決定戦になれば横綱有利といわれています。

勝負はやってみなければわかりません。
それは、意外性のある力士の場合に言われることで、今場所の逸ノ城関にいえると思います。
大関二人、横綱二人と初めて対戦し、3勝1敗です。
そしてその勝ち方が「立ち合いの変化技」です。

仕切りにおいて、まずは突っかけておいて実際の立ち合いでは左に変化して勝った取り組みが二番あります。

立ち合いに何をしてくるかわかりません。
意外な結末が待っているかもしれません。

ちょうど十日前のブログに、今場所の新しい顔として逸ノ城関も紹介しましたが、まさかここまで勝ち抜き、大関、横綱との対戦にも白星を重ねるとは全く予想しませんでした。

先場所までは遠藤関が大相撲人気の中心でした。
でも今場所中日あたりから、逸ノ城関の人気が急上昇です。

現在、抜群の安定感のある横綱白鵬関に、五分の勝負ができるのは逸ノ城といわれるほどの期待です。

遠藤関とは人気の中身が違うようです。

大相撲人気が高まるのはいいことだと思います。
でも、モンゴル出身力士ばかりが目につき、いささか残念な気持ちもあります。

若貴時代が懐かしいですが、今や「モンゴル時代」といえます。

幕の内力士42名のうち、モンゴル出身者は13名です。
本家本元の日本人は25名です。

日本人力士の奮起を期待します。
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2014年09月27日

大学院寄付講座

5〜6年前から名古屋学院大学大学院で、会社(河村電器産業株式会社)の寄付講座を開いています。

寄付講座というのは、企業などが大学院からの要請を受け、ある講座を寄付するというもので、単純にその費用を負担する方法か、講師を派遣し講義を請け負うという方法があります。
会社は「講師派遣」という方法で講座を開いています。

この大学院は、1997年に社会人向けとして、名古屋市栄でスタートしました。

ビジネスマンが終業後や休日を使って勉強し、修士や博士の学位を取得するために開校しました。

私は縁あって、本校の第1期生となり以来、深い関わり合いを持たせてもらっています。
そんなことから、会社からの寄付講座も生まれました。

その講座が本日から始まります。
講座名は「経営システム研究」といいますが、内容は会社の経営史を通じて日本型企業経営の研究をするというものです。
もう少し具体的に言えば、「モノづくり企業での人材のあり様」を研究します。

私の担当は、講座総括と経営全体の講義を担当させてもらいます。
それが今日の午後からです。

社会人を対象としていますので、授業を土曜日に集中させています。
ですから、講義をする方も聞く方も大変です。

90分の授業を休憩を挟んで二コマ行われます。

教授のように、講義の専門家なら3時間でも4時間でも平気でしょうが、私のような者は大変です。
ですから十分な準備や、講義の工夫が重要です。
実はこのことが寄付講座を続けている理由の一つなんです。

講座は全部で8回、合計24時間です。
これを私を含め3人で担当しています。
「モノづくり分野」と「人事分野」に精通した上級管理者が担当しています。

つまり、会社にとっては人材育成の機会だと捉えているわけです。

こういうことが素晴らしいことだと思っています。

今日の第1回目は私の担当ですが、少人数であり、意見の交換から始めようと思っています。

posted by 伊藤やすのり at 06:04| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月26日

9月26日

今日のこの日のことを「魔の9月26日」というそうです。

随分前のことになりますが、台風が上陸、多くの死者行方不明者を出したからです。

ちょうど60年前は「洞爺丸台風」があり、青函連絡船などが沈没し、1430名の命が失われました。
そして56年前は「狩野川台風」です。
静岡市を中心に1200人の命が奪われました。

55年前の今日、伊勢湾台風が名古屋地方を襲いました。
死者行方不明者は5000人を数えるそうです

この伊勢湾台風ははっきり覚えています。

当時の台風の備えというのはかなり厳重なものでした。
雨戸の上から外れないように板を打ち付けるのはもとより、軒先に風を防ぐ「塀」を作りました。

その塀は、材木で骨組みを作り、そこにわら束を括り付けるというものです。
大きい台風が来ると聞けば、家族総出で造っていました。

伊勢湾台風の時も、祖父が中心になって作っていましたが、父親も仕事を早く切り上げてきたように思います。
でも、あまり役に立たなかったようです。

風で家が倒れるかと思いました。

家の中は危険だということで、すぐ裏にあった竹藪の中に避難しました。
雨も降っていましたが、傘など役に立ちません。
帽子などで雨をしのぎ、竹藪の中でかなりの時間いた記憶です。

ただ、どれくらいだったのかはっきり覚えていません。

台風が去ったと思えた頃、家の周りを見て「景色が変わった」ことを強く感じました。
樹木や小屋などがなぎ倒されていて、なんとなく見通しがよくなったという感じでした。

私の住むあたりはちょっと高台でもあり、水の被害が全くありませんでした。

風の被害といえば、飼っていためん羊の小屋が跡形もなくなったことくらいでした。

後に名古屋港あたりの水被害の大きさを知り、びっくりしました。

歳月を経て、覚えているのは断片的なことだけになりました。
でも、忘れてはいません。
毎年めぐり来る9月26日に、昔のことを思い出し、改めて「自然界に畏敬の念」を持つことが大切だと思ってます。

防災というのも、そこからのスタートではないでしょうか。

そんなことを思った朝です。
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2014年09月25日

仕事してますか

先日とある講演会で、「あなたのしていることは、本当に仕事ですか?」といわれました。
瞬間に、「エッ!どういうこと?」と思いました。
講師が続けられました。

仕事と作業は違うんですよ。

仕事は「誰のために・何にために」が明らかでなくてはなりません。
「今会社でやってること」、仕事ですか?
そのことがはっきりしてないんだったら、それは「仕事」ではなく、「作業」ですよ。

こんな説明を受けました。

はっきり言って今まで考えたことはありませんでした。

そもそも仕事というのは、目的があるものだと考えていました。
ただ、社会人一年生の頃からそういう考えを持っていたわけではありません。

社会人としてのスタートは、幸か不幸か大企業でした。
日本一の印刷会社の従業員でした。
毎日仕事をやっていました。(と、思っていました。)
でもそれは、大きな流れの中の一作業でした。

そのことを「誰のため」にとか、「何のために」とか考えたことはなく、ただひたすらに言われたことをやっていました。
正に作業でした。

その大企業を辞め郷里に帰り、縁あって採用してもらったのが今の会社です。

入社当時従業員100人程の中小企業でした。
ここでは決められた一定の仕事はあるものの、忙しくなれば「あれもこれも」担当するような環境でした。

当初は言われたことをするのが精一杯でした。
でも、少し慣れてくると作業と作業のつながり、関連がわかってきます。
それも体験を通じて理解することになり、段々と「何のために」がわかってきました。

それが、作業から仕事に変わった時なのかもしれません。
20代半ばのことだったと思います。

「仕事」ということについて、経営塾でよく話したことがあります。
「シゴト」のステップアップとして、「仕事」から「志事」へ、そして「私事」に、というものです。

組織のルールに従い、目的や決められたことを実現するための働きを「仕事」。
その仕事に自身の志を込めて行うことを「志事」、いうなれば「革新的な取り組み」のことです。

そして究極は「働くことと生きることがイコール」ということで「私事」です。

漢字遊びではありますが、仕事の進化をイメージしたものです。

「あなた仕事やってますか?」
この問いに、多くの従業員が「はい!仕事をやってます」と答える会社は強いと思います。

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2014年09月24日

感動分岐点

今朝は瀬戸・旭倫理法人会のモーニングセミナーで講話を担当させていただきました。
毎月一回の担当であり、そのテーマに頭を痛めながら行っています。

今回も、人間学を学ぶ月刊誌「致知」の特集記事から、引用させてもらいました。

瀬戸・旭倫理法人会では今年度の重点に「感動を呼ぶモーニングセミナーを企画運営する」としています。
そこで、記事にありました「感動分岐点を越えた時、人も経営も変わる」というインタビュー記事を取り上げました。

樹木医であり、はままつフラワーパーク、あしかがフラワーパークの再建に尽力された、塚本こなみ氏へのインタビュー記事でした。

そのなかに「感動分岐点」という言葉が出てきます。
分岐点というのは、企業の財務分析でよく使われる「損益分岐点」ももじった言葉です。

つまり、「感動を呼ぶ」ある時点のことを「感動分岐点」と言うようです。
しからば、その「ある時点」というのは「どんな状況」か、という事になります。

塚本氏のよれば、「見たことのない景色」や「想像をはるかに超えた場面」が目の前に出現したときを指しています。
そして、それは「お客様の笑顔」で感動分岐点を越えて感動の状況にあると判断されているようです。

感動は心の揺さぶりであり、必ず「表」に出るものではないでしょうか。
魂を揺さぶるような感動は別として、「あっと驚き、やがて笑みがこぼれるような状況」は、人の努力で何とかできそうです。
それを目指すべきだと思います。

今朝の講話では、いろんな話もし、「感動分岐点の話」は、参加者の人たちに思いを投げかけただけに終わりました。
今後、機会を見つけて話題にしていこうと思ってます。

感動分岐点を越えるあらゆる施策を考え実行していきます。

posted by 伊藤やすのり at 11:59| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月23日

手書き文字

昨日、手書きの封書を頂きました。
これは、私の出した手紙に対する「手紙」でした。

先日、紹介者があって初めて会社を訪問させていただきました。
初対面にもかかわらず、社長、そして奥様からとても心地よい応対を頂きました。
とても嬉しく、感謝の気持ちを手紙にしました。
手書きです。

思いめぐらすと、私の手紙が届き、すぐにその場で書かれたような対応です。

このことにまずは感動します。

とてもきれいな手書き文字が並んでいました。
これもまた心を打ちました。
とても率直に気持ちが伝わってくるような気がしました。

手書きの文字っていいですねえ。
改めて感じました。

倫理法人会で他の会で講話をさせていただく機会が昨年あたりから増えてきました。
会場で、出席者の方と名刺交換をさせていただきますが、その後継続的にお付き合うする方はほとんどいません。
でも、ご縁を頂いたことへの感謝の気持ちを「はがき」で伝えることにしました。

手書き文字で大きく「ありがとうございました」と書き、ほかに一言二言添えています。

そのはがきに返事をいただくことも多くあります。
やはり手書きです。

機器の発達で、活字文字の方が読みやすいと思います。
でも、気持ちは手書き文字の方が伝わると思います。

大げさに構えてしまうと書けないもんです。
「気軽にサッと書く」というのがコツのようです。

目上の人に出す場合でも、極端な常識外れさえしなければ「気軽にサッと」書いたらいいと思います。

まずは、手もとに「はがき」や「便せん・封筒」、そして「切手」を用意することでしょう。
そして、手書きの良さを出すためにも「ボールペン」だけは避けたいと思います。

筆タッチのペンも種類がたくさんあります。
私の手もとには、そういう文具がたくさんあります。

秋です、手書き文字に親しんでみてはいかがでしょうか。
自分らしい文字が一番です。
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2014年09月22日

体験型観光農園

昨日、米原市にある「ローザンベリー多和田」に行ってきました。

本地の将来を考える会の恒例事業の一つ「まちづくり(地域おこし)先進事例視察研修会」でした。

瀬戸市の大型バスを利用しての視察旅行であり多少の制約はあるものの、とても楽しい一日を過ごすことができました。
幹事さんのご尽力に感謝です。

さてこの事業ですが、毎年1回開催され今回で17〜8回行われているようです。
事業の名前にあるように「視察研修会」です。

いつもながら出発に当たり、視察先の様子などを聞かせてもらい、あとは現地で各自感じとるという内容です。今回はクラフト体験が組み込まれており、「みつろうキャンドルづくり」でした。

昨日9月21日は、絶好の行楽日和でした。
「ローザンベリー多和田」は、《体験型観光農園》といわれており、園内散策が一つの売り物であり、「その日の天候」で価値が大きく異なります。
昨日は、価値200%だったと思います。

爽やかな秋晴れの下、多くの若いファミリーが来てしていましたが、これが素敵な光景を醸し出していました。

さて、私自身の視察感想ですが、「素晴らしい!」「ちょっと真似したいこと一杯」「瀬戸市でもできそう・・・」でした。
帰って来て思ったことですが、オーナーに「ローザンベリー多和田にかける思い」を聞いてみたいと思いました。

予てから自分の庭を造りたいと思っていた。
この地「多和田」に造ろうと思ったキッカケ。
一番の売りは?
最も苦心したことは?

オープンしてちょうど3年。
狙い通りだったんでしょうか?

HPを見てこんなことを感じました。

「まちづくり」とか「地域おこし」の先進事例から何を学ぶべき、あるいはどう学ぶのがいいんでしょうか。

今回のことで思いました。

まずは、「心白紙状態で見る」。
問題はこの後のことが問題ではないでしょうか。

何を感じ、何を学んだか、これの整理と共有が必要です。
そして改めて、質問を用意して出かけることではないでしょうか。

地域おこしに新たな一歩を踏み出すためにも、こういう「後始末」をキチンとしておくことが必要だと思ってます。
posted by 伊藤やすのり at 06:38| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月21日

治安維持のために

昨夜テレビで警察学校での訓練が紹介していました。
後で番組案内を見たところ『超潜入 リアルスコープ・警察学校に初潜入 日本を守る丸秘過酷訓練大公開』とありました。

正に、いろいろな訓練の紹介がありました。

ちょっと意外に思ったのは、「食事時間は10分間」に決められていることです。
いわゆる「早食い」というものです。
放送では、女性の訓練生が悪戦苦闘しているところを紹介していました。

こうしたことも「訓練」の一環ということですが、番組案内にある「日本を守る丸秘過酷訓練」とは「ちょっと違うなあ・・・」と感じながら見ていました。

訓練の光景を見ながら、日本の治安を守ってもらうために、大変なご苦労をかけていることを思いましたが、同時に朝刊にあった記事のことが重なりました。
産経新聞(9月20日)にあった「ネットろんだん」で、日本の治安維持コストのことを取り上げていました。

タイトルは『一人当たり月額約2400円は高い?』でした。

全国の警察の予算額に基づいて計算するとこういう数字(国民一人当たりの負担額)になるそうです。

ITジャーナリストの神田敏晶さんが、自身が運営するサイトでこの数字を公開し問題提起をしたところ、「えっ、こんな数字なのか」と驚きの声が上がったそうです。
(この数字、高いのか?それとも安いのか?)

神田さんの問題提起は、「おまわりさんたちに、おじいちゃんから赤ちゃんまでが、まるで光熱費のように死ぬまで払い続けているんです」と指摘し、負担の重さを強調されたようです。

ところが、「ネット民」は《かなり安い》ととらえたようで、ツイッターや掲示板には・・・
「意外と安いな」
「ケータイより低額なのかという第一印象」
「すごい。メチャクチャやすい。お巡りさんありがとう」
などと、安さに驚くつぶやきが多く見られたそうです。

中には、「先進国の中でも最強レベルの治安の良さ」と、称賛する声もあったそうです。

皆さんはどう思われますか?

高いか安いか、立場によって意見の分かれるところですが、少なくとも「治安維持に関する費用対効果を考えるいい機会」にはなったようです。

因みに私は「安い」と感じました。
posted by 伊藤やすのり at 05:23| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月20日

ブラックユーモア

ブラックユーモアを聞くと、思わず「ニヤリ」とします。
同時に、「うまいこと言うなあ・・・」と思い、内容に納得してしまいます。
本質をついているからなんでしょう。

昨日(9月19日)の産経新聞、《石 平のChina Watch》で中『圧政に楯突くブラックユーモア』と題して、中国の状況を紹介していました。

中国の一面を知る意味で、興味深い内容です。
記事からいくつか紹介します。

・中国の食文化に関するネット上での議論に対する書き込み。
『われわれ中国人は昔から何でも口に入れて食べる。
おいしいものは珍味として楽しむが、まずいものは漢方薬として飲むのである』

・先月米ミズーリ州で黒人暴動が起きたとき、中央テレビ局が「アメリカは人種差別の国」と批判したところ、民間のネットユーザーがかみついた。
『アメリカは人種差別の国なら、どうして黒人のオバマさんが大統領になり得たのか。
中国にも多くの民族があるのに、党と政府の指導者はいつも漢民族ではないのか』

・中国の国防省が「日本には人権、自由、民主を語る資格がない」と見当違いの日本批判を行ったところ、ネットから上がってきた反応は・・・
『日本に自由を語る資格があるかどうかは僕にはよくわからない。
資格のまったくない国は確かに一つある。
それがどこの国か。
僕たちにはそれを言える自由がないのである』

・もっと強烈な批判もあります。
『中国人のモラルが低いとよく言われるが、それは、モラルの一番低い人たちが中国を支配しているからだ。

彼らは中国人全員のモラルが自分たちより高くなることを許さない。
モラルの高い人間を監獄に入れたり殺したりして国民のモラルを落とす教育を実行した。
だから中国人はこういう人種になるのだ』

冷めた目で、自分と周辺を見て皮肉的な表現で風刺するのは、昔から中国知識人の得意技だと言われているそうです。

日本でもこの種の発言(体制批判)は数多くあります。
ただ、ユーモアセンスがやや欠け、直接的な批判の方が多いのではないでしょうか。

記事を読み、風刺から世相を知ることも大切だと感じました。
posted by 伊藤やすのり at 08:29| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月19日

国旗の掲揚

一般家庭で国旗を掲揚することが無くなってしまいました。
全く掲揚されていないわけではありませんが、見つけるのはとても至難です。
一体この国はどうなってしまったんでしょうか。

国旗と言えば国際的なスポーツ大会でよく目にします。

自国の選手を応援するために、国旗を振っています。
そしてメダルを獲得し、その栄誉をたたえるための国旗掲揚があります。

我が国国民が、国旗「日の丸」を忘れ去ってしまったわけではありません。
でも、一般家庭ではほとんど目にしません。
そしてそのことに何の問題も感じていません。
(そのことこそが問題だと思うのに・・・)

今からちょうど三年前、勉強会で国旗のことが話題になったことがあります。

海外に行くと、着いた空港で最初に目にするのがその国の国旗であり、観光で回っても随所に国旗が掲げてあります。それに比べて我が国は?というような話だったと思います。

そこで、まずは祝日に家の玄関に国旗を掲揚しよう、ということになりました。
昔は祝祭日のことを別名「ハタ日」といって、必ず国旗を掲揚したことを思い出します。

そんなことから、「国民の祝日に国旗を掲揚する会」を設立し、私がその代表を務めることになりました。

会の名前の通り、「祝日に国旗を掲揚する」という実にシンプルな考えで実践するグループです。

会として形式的な取り決めはほとんどなく、フェイスブック上でも「会の紹介や投稿」をしてもらってます。

一昨日の中日新聞「発言」欄に、《祝日に国旗 ぜひ掲揚を》という投書があり、嬉しくなりました。

来週、「秋分の日」が来ます。
ぜひ国旗の掲揚をし、日本の豊かな季節を噛みしめてもらいたいと思います。

posted by 伊藤やすのり at 07:56| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月18日

大相撲新しい顔

大相撲秋場所が始まりましたが、今日もう5日目です。
昨日までの勝ちっぱなしは4力士。
二人の横綱と平幕の旭天鵬と今場所新入幕の逸ノ城です。

全員モンゴル出身者です。

今場所の注目は新大関の豪栄道の活躍、新入幕の逸ノ城がどれくらい通用するか、そして場所前に40歳を迎えた旭天鵬の頑張りなどだと思います。
もちろん優勝の行方というのが一番の注目には違いありません。

4日間の取り組みを終え、注目力士のうち豪栄道を除いて前評判通りです。

現在三人の横綱は全てモンゴル。
対して大関三人は全て日本人ですが、その成績を見ると大きな差を感じます。

多くの大相撲ファンは、日本人力士の優勝、そして横綱誕生を願っています。
でも現実はなかなか実現しそうもありません。

やっと髷が結えるようになった遠藤も、このところ上位陣に全く歯が立ちません。
逆にベテランの豪風、嘉風の尾車部屋コンビの活躍が光っています。

尾車部屋は名古屋場所で瀬戸市に部屋を構えられ、贔屓力士であるうれしい限りです。

毎場所の大相撲を見ていると、確実に新しい顔が出てきています。

ここ4〜5場所は「遠藤関」でした。
今場所、がぜん注目され始めたのは「逸ノ城関」ですが、もう一人東前頭筆頭の「照ノ富士関」も見逃せません。
成績は1勝3敗ですが、土俵上での存在感は格別です。
昨日の大関との一番では、負けたものの大器を思わせる内容だったそうです。

こういう新しい顔を注目するのも楽しみの一つです。

そういう点からいうと、先の名古屋場所で前相撲を取った「育盛」という力士がいました。
入門基準の体重がぎりぎりで、やっとの思いで入門し、今場所初めて番付に名前がりました。
番付は序の口東24枚目だったと思います。

本当に新しい顔です。

しかし、今場所前に廃業したというニュースがありました。

このブログで取り上げていたこともあり、注目していたんですが残念です。

残り十日間、土俵上での熱戦を期待してます。

満員御礼も出ているようで、人気も少し戻ってきたようです。
日本人力士がもっと頑張れば、人気もさらに上がると思います。

三人の大関とともに、尾車部屋のベテラン二人に期待したいと思います。

posted by 伊藤やすのり at 17:55| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月17日

講話で学び

倫理法人会では毎週一回「経営者モーニングセミナー」を開催しています。
定例行事があり、その後セミナーになるわけですが、この会ではこれを「講話」と呼んでいます。

講話は40分から45分です。

内容は、「倫理の実践報告」が中心ですが、時に講師の専門分野の話の場合もあり、それは企画する側の裁量に任されています。
でも、倫理の実践報告が原則となっています。

私は縁あって、瀬戸・旭倫理法人会の設立当初から役員の一人として関わらせてもらってますが、よその単位会ではほとんど聞かないことも担当しています。

それは、毎月一回「講話」を担当することです。

2008年の2月から先月まで、ほぼ毎月行なってきました。
回数にして76〜7回になると思います。

これだけの数、種類の「実践経験」があるはずもなく、もっぱら人間学という側面と私の経営体験をベースに、毎回違う話をしてきました。

必ずレジュメを作るようにしていますが、毎月一回というのは大変です。

現在は、「致知」という人間学を学ぶ月刊誌の特集記事を紹介し、自身の体験を重ねながら、倫理の重要性を述べています。

そして、時にブログに書き込んだりもしています。

これを、朝一番の早朝に行っています。

朝起き(目覚めたら、さっと起きる)が習慣化したのは、倫理の学びのおかげですし、「致知」を毎号精読するようになったのも倫理法人会のおかげです。

さらに言えば、6年前に「講話の依頼」をいただいたおかげでもあるわけです。

こうして今でも学びを続けていますが、ともすれば投げ出したくなるとこもありますが、「毎月一回」を続けています。

本当におかげさまです。

明日の朝は、名古屋市熱田・港倫理法人会で講話を担当させていただきます。

そしてホームグランドでは、来週の水曜日が私の担当になっています。
当日ギリギリまで、ネタの仕込みをしています。

精一杯頑張ります。
posted by 伊藤やすのり at 11:27| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

講話で学び

倫理法人会では毎週一回「経営者モーニングセミナー」を開催しています。
定例行事があり、その後セミナーになるわけですが、この会ではこれを「講話」と呼んでいます。

講話は40分から45分です。

内容は、「倫理の実践報告」が中心ですが、時に講師の専門分野の話の場合もあり、それは企画する側の裁量に任されています。
でも、倫理の実践報告が原則となっています。

私は縁あって、瀬戸・旭倫理法人会の設立当初から役員の一人として関わらせてもらってますが、よその単位会ではほとんど聞かないことも担当しています。

それは、毎月一回「講話」を担当することです。

2008年の2月から先月まで、ほぼ毎月行なってきました。
回数にして76〜7回になると思います。

これだけの数、種類の「実践経験」があるはずもなく、もっぱら人間学という側面と私の経営体験をベースに、毎回違う話をしてきました。

必ずレジュメを作るようにしていますが、毎月一回というのは大変です。

現在は、「致知」という人間学を学ぶ月刊誌の特集記事を紹介し、自身の体験を重ねながら、倫理の重要性を述べています。

そして、時にブログに書き込んだりもしています。

これを、朝一番の早朝に行っています。

朝起き(目覚めたら、さっと起きる)が習慣化したのは、倫理の学びのおかげですし、「致知」を毎号精読するようになったのも倫理法人会のおかげです。

さらに言えば、6年前に「講話の依頼」をいただいたおかげでもあるわけです。

こうして今でも学びを続けていますが、ともすれば投げ出したくなるとこもありますが、「毎月一回」を続けています。

本当におかげさまです。

明日の朝は、名古屋市熱田・港倫理法人会で講話を担当させていただきます。

そしてホームグランドでは、来週の水曜日が私の担当になっています。
当日ギリギリまで、ネタの仕込みをしています。

精一杯頑張ります。
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2014年09月16日

感動を呼ぶ

日々生活をする中で、心を動かすようなことに遭遇することが少なくありません。
これは個人差もあり、一概には言えません。

私が「素晴らしい!感動した」、と思っても、「それほどでも・・・」という人もいます。
当然と言えば当然です。

「感動」というのは個人的な感覚なんでしょうが、「すべての人(あるいはほとんどの人)が感動した」、ということもあるわけで、この「感動」を方針に掲げたのが今期の瀬戸・旭倫理法人会です。

具体的には「感動を呼ぶモーニングセミナーを企画運営する」です。

「感動を呼ぶ」という言葉ですが、耳触りも良く特に異論もなく承認されました。
私もその一人です。

9月から新年度がスタートしました。
この「感動を呼ぶモーニングセミナー」について頭を悩ましています。
「どういう状態が感動を呼ぶのか?」「それは何で検証するのか?」という細かなツメができていません。

「感動を呼ぶモーニングセミナー」になれば、「出席者数が増える」ということで、目標数値は明らかにされています。
しかし、その目標を達成するための過程で、何をチェックしそれを高めていくかという項目が確認できていません。今のままだと、「いろいろやって、出席者の多かった企画内容を継続的に実施する」、ということになってしまいます。

何とか、客観的な指標のようなものがないかと模索している最中です。

一つ思いついたことがあります。

「人は感動するとどうなるか?」ということです。
その人が感動したかどうかは、その表情に表れるのではないかと考えました。

それは「笑顔」です。

「感動を呼ぶ」というのは、講師の話だけではありません。
お迎えする挨拶、受付時の対応、会場内へのご案内など、主催側担当者の立ち振る舞い全てがその対象だと思います。
声をかけた時、笑顔が返ってきたとすれば、それは感動の序章なのかも知れません。

セミナーの会場に笑顔が一杯にあふれた時、それが感動の瞬間ではないでしょうか。
こんな風に考えました。

こんな考えを改めて提案しようと思ってます。

「笑顔がいっぱいのモーニングセミナー」
一つの目指す姿だと思います。

posted by 伊藤やすのり at 06:04| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月15日

高齢化社会

今更言うまでもなく高齢化社会の到来です。
今日は敬老の日でもあり、改めて「お年寄り」を敬うという意味から、高齢化の実態を見てみたいと思います。

まずは、14日に総理府が発表した高齢者の人口推計によりますと、高齢化が過去最高を記録しました。
65歳以上が3296万人です。
全体に占める割合は25.9%で、4人に1人が「65歳以上」ということになります。

以下、70歳以上は2383万人。(18.2%)
   75歳以上は1590万人。(12.5%)
   80歳以上は 964万人。(  )

こうしたデータを見て、いろいろなことが考えられますが、一番思うのは昔からの価値観が通用しないということではないでしょうか。

例えば、「老人」という言葉から、何歳以上がそれに当てはまるかと言えば「60歳代ではない、低く見ても70歳くらいかな?」
「いやいや、もう少し上でしょう」。
こういったところが大方の意見のように思います。

数日前、夕方のテレビで「高齢者の市場は100兆円」という特集をやっていました。
「多種多様なカルチャーセンター」
「カラオケやゲームセンター」
「ファッションや食事」など。

高齢者向けのサービス開発が盛んなようです。
これを「シルバーシフト」というそうです。

この現象をコメンテーターは「バブルを知っている世代」が高齢者の仲間入りをしてきた。彼らは、お金の使い方を知っている。」と解説していました。

その世代の一人としていえば、「確かに言われる通り」です。

つまり、高度経済成長を支えた年代であり、バブル経済でいいことも悪いことも経験しました。
質素倹約と言うより、自分の価値観でお金を使うとか、ローンを組むことにさほど抵抗のないものこの世代のような気がします。

明らかに世代別の特性が変わってきています。
でも、世の中の仕組みは昔のまんまという気がします。

消費の世界では「シルバーシフト」が進んでいるようです。

もう一つ、「何かに役立ちたい」という思いを満足させるような仕組みができないものでしょうか。

単純に「労働の延長」ではなく、新しい働き方などを含めた「社会での役割」づくりをするべきではないでしょうか。
posted by 伊藤やすのり at 07:25| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月14日

せともの祭り

今年、9月13日と14日の二日間、瀬戸市市街地で第83回せともの祭が開かれています。
好天にも恵まれ、多くの人で賑わっていますが、ここ数年感じていることを述べてみます。

まずはその賑わいですが、ここ数年祭りの内容が変わってきています。

祭の原点というのは、200年くらい前に瀬戸に「磁器の製法」をつたえた加藤民吉翁の偉業を偲ぶこと注目から、瀬戸のやきもの「せともの」を一気に売り出す廉売市へと変化し、その後産業祭として今日まで続いてきていると聞いています。

つまり、「やきもの大売出し」というのがせともの祭の実態だったように思います。
確かに安く陶磁器が手に入ったと思います。
でも、時代が変わり、「安い」というのは日常的に手に入るようになり、「安く買える」だけでは注目されにくくなったと思います。

一時期、やきものを並べるテントで「大盛況」を続けてきたのは中学校のテントだったという記憶があります。これをもっと広げるととか、手作り一品モノにこだわるという道もあったと思います。

こういうことが環境への適応ということではないでしょうか。
消費者の購買動機、祭りとか賑わいへの期待も時代とともに変化していきます。

ここ数年、せともの祭が変質しようとしているような気がします。
今はその過渡期なのかもしれません。

私の感じる一番の変化は、屋台の数が抜群に増えたということです。
数えてはいませんが、「陶磁器販売のテント」と同じ数、あるいはそれ以上の屋台が出るようになったと思います。

このことがいいか悪いか、いろんな意見があると思います。
私は「これもあり」という考えです。

もう一つはステージイベントが充実してきていること。
そして三つめは、「体験コーナー」が増えてきていることです。

祭に関わるいろんな分野の人たちが知恵を絞っておられ、心から敬意を表します。

瀬戸市の最も大きな祭りであり、大切にしなければなりません。
だからこそ、祭りを始められた精神を大切に、祭りのお客さんのことを考えなくてはなりません。

祭への参加者数、売上高、交通機関利用者数などなど、祭りの成果を測る物差しはいろいろあると思います。

でも、瀬戸一番の祭りと位置付けるならば、瀬戸市民がもっと参加でき、効果が実感できるようなものにしていく必要があるように思います。

今後、いろいろ考えてみようと思います。
posted by 伊藤やすのり at 08:01| Comment(2) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月13日

自分ができること

昨日名古屋でのセミナーに参加しました。
一番前の席で聴講させてもらったこともあり、とても心に残る内容でした。

特に、認定NPO法人テラ・ルネッサンス創設者の鬼丸さんの講演は沢山の気づきをいただきました。

中でも「今の自分ができること」、という問いかけは、とても新鮮だった。
今まででも、「自分のできること」について考えたことはありました。
でも、それは頭での理解だけで、心にまで及んでいなかったような気がします。

だから行動化されなかったのかもしれません。

鬼丸さんの話は、アフリカの紛争地での「子ども兵」についてでした。
今なお戦争が続いており、誘拐した子どもらを兵士にしている事実。しかも大変な数です。

一方では「元子ども兵であった人」が、身も心も傷つき社会復帰すらできないでいる現実。

こうしたことに「自分たちができること」で支援を行っている現状の報告でした。

子ども兵の存在や、その背景など、知らないことばかりでした。
鬼丸さんたちも支援活動を始めるまではそうだったようです。
素晴らしいと思うのは、そうした状況を自分の目で見て「今の自分ができること」を真剣に考えられたことです。
そしてそれは「見てきたことを伝えること」でした。

「自分ができること」
いろいろ考えたような気になっていますが、「周りのこと」「みんなの考えること」が気になり、「今の自分が」ということが抜け落ちているように思いました。

鬼丸さんは言いました。
『この世に同じ人なんて一人もいません。今できることは人それぞれ違って当然だし、また、そうあるべきなんです』・・・と。

言われてみれば全くその通りなんですが、そこまで考えていなかったことに気が付きました。

できることの大小など全く関係がありません。
自分ができることを真剣に考え実践する。
これこそが尊いことだと思います。

改めて思うのは、「自分というのは、この世に生を受けたたった一つの貴重な存在である」ということです。

もっと自分の頭で「自分ができること」を考えなくてはいけません。
そして考えたことを決断し、実行しなければなりません。

こんなことを感じさせてもらったセミナーでした。

posted by 伊藤やすのり at 07:45| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月12日

申し訳ない気持ち

今朝の産経新聞を読んでいて、「知らなかったとはいえ、申し訳ない」という気持ちになりました。
その記事は、「直球&曲球」というコラムです。
アルピニストの野口健さんが執筆されていますが、今日のそれは「遺骨収集」についてでした。

諸外国に比べての話ですが、日本は戦没者の遺骨収集についてとても消極的である、という問題提起です。

日本の「戦没者遺骨収集のこと」は少しばかり知っていましたが、外国の状況などについては全く知りませんでした。

以下、野口さんの主張を紹介しながら、私自身の感想も述べてみます。

こんな書き出しから始まっています。
《戦没者の遺骨収集活動に携わって約10年、痛感させられたのは遺骨収集に対し国の姿勢が消極的であること。

厚労省の遺骨収集は昭和48(1973)年頃に事実上の打ち切りとなった。
海外戦没者の約半数である113万人のご遺骨がいまだに帰還していないにもかかわらず。》

それ以降は《情報が入れば収集に行くという民間任せのスタンス》のようです。

まずは、113万にというご遺骨が未だ帰還されていないということです。
ご遺族の中には、しかたなくあきらめらえた方もあることでしょう。
でも、国のために働かれた人たちに対し、それではいかんでしょう。

数字や国の姿勢を知り、何とも言えない気持ちになりました。

対照的に、アメリカの事例が紹介されています。

《硫黄島で米軍側の戦死者は約7千人。
その1人が行方不明のままであり、その1人を必ず見つけるとアメリカは多数の調査員を硫黄島に派遣し調査活動を続けている。》

なんという違いでしょうか。

更に、映画「硫黄島からの手紙」の監督、クリント・イーストウッドの言葉は実に重く感じました。
『2万人近い命を失っておきながらそのことに全く関心がない。
アメリカでは考えられないことだ』・・・と。

映画に関わった日本人の中で、この硫黄島に関して詳しく知っている人が一人もいなかったとのことです。
野口氏は、これは、関係者だけのことではなく、日本中がそうだと述べています。

私もそう思います。

今年に入り、《自民党、遺骨収集を国の責務と明記する議員立法を秋の臨時国会に提出する》の報道があったそうです。
一歩前進でしょうが、国民全体がキチンとした理解と認識をするためにはまだ多くの時間がかかることでしょう。
こういうことこそが「国を愛すること」の一歩だと思うんですが・・・。

posted by 伊藤やすのり at 07:25| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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