2014年10月31日

いい社風

昨日、内外情勢調査会の春日井支部懇談会に出席しました。
講師は、中央タクシー会長の宇都宮恒久氏で演題は「お客様が感動し社員が躍動する会社づくり」でした。

このタクシー会社は全国的にも有名です。
業界の慣習から抜け出し、抜群の業績を上げられており、経営者として注目をされています。

タクシー業界はバブル経済崩壊以降、低迷を続けている業界の一つと言われています。
そんな中にあって、素晴らしい躍進を続けられています。
「その訳は?」
こんな興味を持っての参加でした。

結論は、「いい社風」というのがお客様の感動をよんでいる、ということでした。

では、「いい社風というのはどんな社風のこと?」ということになりますが、それは、「職場での良き人間関係」ということでした。

この「良き人間関係」というのもなかなか難しいものです。
言うは易し行いは難しです。

講演は「お客様からの感動の声」や「乗務員(社員)さんのやる気」などの紹介が中心でした。
そして、それらを「伝説」としてとらえているとのことでした。
理由は「良き人間関係」ということです。

話しを聞きながら考えました。

「良き人間関係とは?」
「そうした関係を作り上げるには?」

答えはまだですが、「概ねこんなことかなあ・・・」と思っています。
「社員の意思を尊重する」(どうしたら明るく仲良くできるか)
「現場での意思決定基準を明らかにする」(お客が先、利益は後)
「向上心を持たせる」(第一お客から学ぶ、第二先輩から学ぶ)
「素晴らしい結果を伝説として伝え、残す」

そして
「トップがこのことを日々教えている」(口にしている)

こんな理解をしました。
なんといっても凄いと思ったのは、トップが、「社員を信じ、任す、見守る」ということを実践されているということです。

一朝一夕にできたことではないと思います。
その努力に敬服しました。
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2014年10月30日

清掃で気づき

昨日、瀬戸旭倫理法人会で早朝清掃を行いました。
この会では以前から清掃活動を行っていましたが、今季(9月)から、地域に何か貢献できることを探し実践しようということになりました。

まずは「できることから」、ということで早朝清掃をすることになったわけです。
法人会あげての活動はもとより、自宅や自社の周りも清掃しようということです。

昨日はびっくりするほどの人数が集まりました。
33名でした。

厳しい冷え込みの中、尾張瀬戸駅周辺のゴミ拾いをはじめました。

今までに何度も歩いた道ですが、ゴミを探して歩くと新しい発見もあります。
お店や家の前にある植木にも目が留まります。
みんなと一緒ということもあり、とても楽しい1時間でした。

一方で、ゴミの多さにも驚かされました。
車で通過していては気が付かないことです。

まず、タバコの吸い殻がとても多いということです。
歩きながらの喫煙で、道路で踏んで消した吸い殻もありましたが、断然多いのは「フィルター」だけのものです。
風雨にさらされフィルターだけになったとおもわれますが、実に多かったです。
特に信号のある交差点です。
これは、車からのポイ捨てだと思います。

私も四年くらい前まで喫煙していたので想像できます。

友人からは、「フィルターを無しにしたら・・・」という話がありましたが、喫煙者のマナーが向上しなければ苦肉の策としていいのかもしれません。

更に、こんなアイディアも聞かせてもらいました。

「気づいたらゴミ拾う」という運動を起こしたらどうだろう、というものです。
まずは散歩を習慣にしている人たちに呼び掛け、歩くときに「護美袋(ゴミブクロ)」を持ってもらい、気づいたら拾ってもらうというものです。

そういう活動をすることで、「ポイ捨て」をとどまってもらったり、ゴミを出さない心がけをしてもらうことにつながれば願ったりかなったりです。

これは誰でも参加できるし、僅かな費用でできそうなのでぜひ検討しようということになりました。

「掃除(清掃)で自分磨き」、と言われます。
確かにそうだと思います。

自分で価値あることだと感じれば、人に勧めたいものです。
そういう「仲間づくり活動」があっていいと思います。

広がってゆけば、素晴らしい町になると思います。
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2014年10月29日

早朝清掃

倫理法人会では地域での清掃活動を奨励しています。
瀬戸旭倫理法人会でも、従来から機会を見つけて実施してきましたが、今年度から計画的に行うということになりました。

会の中に「地域貢献部会」をつくり、地域のためになることをやろうとしています。
そして、まずは「清掃」、ということになり今朝6時から清掃を行います。

清掃と言えばいろいろな団体が各所で行われています。

都市部では、出勤前の「朝活」として行われていますが、とてもいいことだと思います。
皆さん楽しんで参加されているようです。

名古屋の団体で、参加者がゼッケンをつけて清掃をされているところがあります。
参加の順番表示のようで、ゼッケンがシンボルになっているようです。

掃除で有名な「日本を美しくする会」の鍵山さんは、ハッとするような言葉をたくさん言っています。
「凡事徹底」
「大きな努力小さな成果」
「僅差、微差」
「一つ拾えば一つきれいになる」
「掃除は下座行」
などなどです。

企業(特に製造業)では、仕事を行う上での基本として「5Sの徹底」がいわれます。
ここにも「清掃」が入っています。
(5Sとは「整理」「整頓」「清掃」「清潔」「しつけ」のことです。)
ただ、鍵山さんが言っている「意味」はあまり含まれておらず、「ゴミやホコリのない状態にすること」、と定義されているのが一般的のようです。

「掃除は下座行」と言われるように、自身の心を磨くことだと考えると取り組む姿勢が違ってきます。

ゴミを拾い、きれいにすることが清掃の狙いに違いありませんが、同時に「気づきを得る」ことだともいわれます。
なかなかそういう境地にはなれませんが、「一所懸命にやるということかなあ・・・」と思っています。

今から出かけます。
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2014年10月28日

芋づる

昨日とあるところで「芋づる」の話が出ました。
「買って、食べる・・・」というのです。
ちょっとビックリしました。

「芋づる」というのは、サツマイモのつるのことです。
我が家も百姓をやっており、この時期が収穫ですが、掘り起こすにはまず地表にある、茎やつるを取り払わなくてはいけません。
その茎やつるは畑に放置し、枯れてから燃やしたりしていますが、時に動物のエサとして差し上げたりしていました。

その「つる」を食べるというのです。

その方は「キンピラ」にして食べるとのことでした。

家に帰ってそのことを話すと、百姓をやっているおふくろから、「水気のあるうちだと漬物にする人もある」とのことでした。

母親が耕している畑では、4〜5日前に芋づるが刈り取られ、畑の隅の方にまとめてあります。

早速連絡をして、これでよければ差し上げようと思っています。

サツマイモといえば、子供の頃の「おやつの定番」でした。
「蒸しイモ」をはじめ、いろいろな食べ方がありました。
ご飯の足しにしたこともあったようです。

食糧難の時代には、芋づるも味噌汁の具になったようです。

私が好きだったのは、俗にいう「イモキリ」でした。
蒸した芋を薄く(厚さ10ミリ弱)切り、日陰干しにしたものです。
水分が抜け、硬くなる前が食べごろでした。

今は全く作らなくなりました。

芋はいろいろ加工して食べましたが、「つる」は食べたことはありません。
ですから、いきなり「芋づるはおいしいよ」、と言われてもピンときません。

でも説明を聞いて、食べてみたくなりました。

数日中には我が家の食卓に並ぶと思います。
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2014年10月27日

本を読む

今日から読書週間が始まりました。
何か特別な催しとか、今年の重点(?)というようなこと、あるかもしれませんが私は知りません。

本好きな私としてはとても残念ですが、活字離れはどんどん進んでいるようです。

振り返ってみますと、私の中学、高校時代でも「最近の若い子は本を読まない」、と言われていました。
生活環境の変化という点で言えば、テレビ登場の影響は大きかったように思います。
その後教育内容も変わり、ネット社会の到来で一層拍車がかかったようです。

今やスマホの時代。
電車の中はもとより、歩きながらスマホを見ている人が少なくありません。
電車内での光景は、明らかに変わりました。
新聞や雑誌、あるいは文庫本などを読んでいる人はほとんど見かけません。

こういう環境になり、昔からの読書週間を見直すべきかもしれません。

本を読む人が減ってきたことは事実でしょうが、一方で、読書の必要性や読書環境の整備などへの要求が強くなっているようにも思います。

私の住む瀬戸市固有の課題かもしれませんが、「図書館の充実」は多くの市民から聞きます。

就学前の幼児への絵本。
初等教育での良書と読む機会づくり。
教育への読書活用。
などなど、一度いろいろな視点から検討したらいいと思います。
それを「読書週間」に行ってはどうでしょうか。

「本」や「読書」について、関心が高まると思います。

今の私は、《人間学を学ぶ月刊誌『致知』》が基本に置いています。
その記事の中から、関連した書籍(あるいは人物)が幾つか出てきます。
その中から興味あるものを読んでいます。

それ以外では、本屋さんに毎週行くことです。
行けば「読んでみたい本」に出合うものです。

楽しくなければ続きません。

「良書を!」と堅く考えずに、まずは興味のあるところの「本を買う」ことから始めたらいいと思います。

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2014年10月26日

日本人の心

バブル経済が崩壊し、失われた10年、20年ということが言われました。
そこからわかったことは、経済や効率化を優先するあまり、日本人の美しい心や伝統文化を自ら捨ててしまったということではないでしょうか。

それが、あの東日本大震災や大津波で被害を被られた人たちのとられた行動でした。

極限状態で、いつ暴動が起きてもおかしくない状況の中、周りの人たちに気遣う姿は世界中の人々の心を打ちました。
「日本人は素晴らしい!」と。

そしてワールドカップでサポーターの後片付けやゴミ拾いも話題になりました。

「お金で買えないものはない」、とまで言い切る人が出現し、それに拍手をするような世情でした。
でも、3.11以降大きく変わり始めたような気がします。

他人を思いやる心は健在だったようです。
でも、今後も次代の人たちがそういう心を持ち続けるかと言えば何の保証もありません。
やはり初等教育での国語の教育にポイントがあるようです。

昨日、「日本人の心を取り戻す」というテーマの講演を聞いてきました。
お茶の水大学名誉教授で、「国家の品格」の著者として著名な藤原正彦氏でした。

1時間ほどの講演でしたが、日本の国柄、日本人の心について持論を展開されました。
私は、「全くその通り・・・」だと感じました。

私自身、国語と国史の教育にもっと力を注ぐべきだと考えていました。
国語は「読み書き」ですが、それに「話す」ことを加えてもらったらいいと思っています。
そして我が国の歴史教育です。

歴史の教育はありますが、我が国の歴史を「日本史」と呼び、あたかも遠い世界のことのように教えられます。
自国の歴史は「国史」と言うべきで、年代に起きた事件を覚えることより、建国の経緯や今日まで大切にしてきた国柄をきちんと教えるべきではないでしょうか。
「日本人の生き様を教える」と言っていいかもしれません。

とにもかくにも、昨日の講演で、藤原先生が国語教育の重要性述べられ、「日本人の心とは日本語である」、と言い切られたときは感動しました。

日本人として、日本語をもっともっと勉強しなくてはならないと思います。
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2014年10月25日

仏教の話

人間学を学ぶ月刊誌「致知」を購読し始めてから30年以上たちます。

名前を聞いただけでなんとなく難しそうですが、薦めていただく方があり読み始めました。
あまり面白いとは思いませんでした。
年間契約で、毎月送られてきますが封も切らずに置いたまま、という月もありました。

でも、契約更新の時になると、なんとなく継続してきました。

従って、30年以上読んできたというより、購入を続けてきたと言えますが、6年前からが熱心に読むようになりました。
それは、この本の購読者が集まり毎月勉強会を始めたからです。
2008年8月のことです。

最初15〜6名の人が集まり、運営方法などを話し合いました。
結果、推されて代表世話人にとなり今日に至っています。

毎月の会合では「読後感の披露」が中心なので、読んで参加しなくてはいけません。
そんな事情から今日では割にしっかり目を通すようになりました。
仲間のおかげです。

さて11月の例会ですが、11月1日の第一土曜日です。
数日前から読み始めていますが、今回、仏教に関する記事が二つあります。
二つともインタビュー記事ですが、その内容は難しくなかなか理解できません。

一通り目を通し、もっと簡単に理解できないものかと思いました。
凡人にたやすく理解できるものだとは思いませんが、書棚にあった古い本を見つけました。

1987年発行の『仏教の常識がよくわかる本』(ひろさちや著、大和出版)という本です。
その扉に次のようなことが書かれていました。

《「仏教であなたは生き変わる」
有名な言葉、ブッダ。
これはサンスクリット語で「目覚める」という意味である。

毎朝目を覚ます。
そのたびにごとに、昨日の自分とは違う自分を期待して、今日という日が始まる。
しかし、やはり自分は今までの自分でしかない。

翌朝。もう一度目を覚ます。ブッダになる。しかし元の自分でまた一日が暮れていく。

仏教とは、、その「ブッダになろうとする一日一日の教え」なのである。
仏教は「新しき人」となるための手がかりを与えてくれる。
本書は、あなたを「一日ブッダ」として生き変えらせる!」

毎日、どう生きるか。一日一日、その瞬間が大切。
というようなことなんでしょうか。

仏教と聞いてどんなことを感じ、考えられるんでしょうか。
11月1日の皆さんの意見が楽しみです。
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2014年10月24日

向こう三軒両隣

「向こう三軒両隣」とは、昔から言われている近所づきあいの最小単位です。
でも今はほとんど聞かれなくなりました。

地域力の向上とか、地域の活性化とか、今改めて地域コミュニティーのあり方について注目されています。

先の東日本大震災と津波において、被災地の様子から「絆」ということが言われるようになりました。

災害にあい、大混乱の中でも決して「我」を通すのではなく、互いに思いやる姿の映像を見て、世界の人々が感嘆したそうです。
「日本人って凄い!」・・・と。

これは、地域固有の特性ではなく、日本人が生まれながらに持っている「心」のような気がしますが、一方では、生まれ育つ環境の中で「育まれた心情」という気もします。
大都会で、あの災害と同じような状況になった時、果たしてどんな行動をとるんでしょうか。

都会でも、いざというときには「他人を思いやる行動」ができることを期待したいですが、一抹の不安もあります。
それは都会だけではありません。

私の住む小さな町でも住宅化が進み、地区内に住む人との交流がほとんどありません。

では、向こう三軒両隣はどうでしょうか。

昔からの住人であればそれぞれのお家のことをよく知っています。
それだけ交流が頻繁に行われてきたということでしょう。
でも、その中に新しい人が引っ越されてくると様子は違います。

最初の段階で、何かのキッカケから親しくなってしまえば全く問題がありません。
互いに関係が深くなっていきます。

でもそういう人(家)ばかりではありません。
「町内との付き合いはしません」と宣言される人もいたりします。

こうなりますと「もしもの時」は一体どうなるんでしょう。

私は、もう一度近所づきあいを見直す必要があるように思います。
地域活性化とか、地域力向上を言う前にです。

他人のことを知ろうとすれば「個人情報」という法律が壁になると言われます。

でも法律は社会生活を快適にするためのものであり、人がうまく使うべきです。
どうも法律や規則に縛られているような気がしてなりません。

夫々の家庭のことを一律的に知ろうとするから問題になるのではないでしょうか。
近所づきあいで知っておきたい個人のことは、それぞれ違う、交流する中で自然と知っていくことだと思います。

「近所づきあいをもっと深めましょう!」
こんな運動をすべきだと思っています。
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2014年10月23日

学び方の披露

今朝は、愛知県江南市の倫理法人会で講話をしてきました。
大テーマは「倫理経営の実践」ということでしたが、内容は私の経験から「学び方」を披露させてもらいました。

この年になり、改めて学び方について見直しています。

毎日の生活の中で、意識して「何々を学ぼう」という場合は別としても、振り返ってみると「あの時、あの経験から・・・」という学びも少なくありません。
要は、生活の中で「学び」を意識するかどうかで「学ぶものが大きく違ってくる」と思います。

倫理法人会では、毎週1回のもーにんげセミナーに力点を置いています。
セミナー会場というのは「心を磨く道場」だといわれます。

でも、そのことを(週に1回ですが)毎回意識しているでしょうか。

意識している人もいない人もいると思いますが、意識していない人の方が多いと思います。

今朝の会場(江南市「すいとぴあ江南」)では、私自身強く意識していました。

会場のレイアウトや資料の配布などから、「準備の質」を学ばせてもらいました。
セミナー開始の5分前まで、席に腰を下ろす人は一人もいません。
入場者に挨拶をする人。
受付の対応をする人。
そして、少し離れたところで、「直立や礼の姿勢」を再確認する人、などなど。

さまざまな光景を目にしましたが、それぞれから学ぶことができます。

観察し、洞察したらいいと思います。

素晴らしいと思えることは、そのまま真似たらいいと思います。
「ちょっといかがなものか・・・」と思えることも、その人の心うちを察すれば、大きな学びとなります。

人間死ぬまで勉強です。
そんなことを思いながら講話をさせていただきました。

まさに「万象我師」です。

posted by 伊藤やすのり at 11:30| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月22日

困ったことです

また盗難事件です。

昨日の中日新聞によれば、瀬戸川に架かる記念橋の欄干に設置されているガラス製展示ケースが壊され、陶芸品が盗まれたとの記事がありました。

瀬戸市の中心市街地を東西に流れる瀬戸川には、多くの橋が架かっています。
陶磁器の町らしく、欄干はいろいろ飾られています。
中でも一番の中心にある記念橋の欄干には陶芸品がガラス製のケースに入れられ展示されています。

市が半年ごとに入れ替え、観光客はもとより市民も楽しんでいます。

この場所からの盗難は3年ほど前にも二度あったようです。
本当に困ったものです。

盗難と言えば、先月15日の未明に、深川神社にある「陶彦社」の賽銭箱が何者かによって持ち去られました。
深川神社というのは、瀬戸の産土神と言われており、同じ境内に陶祖、加藤四郎左衛門景正公を祀ってある「陶彦社」があります。
そこの賽銭箱が盗難にあいました。
宮司さんによれば、重さは100s以上あるとのことで、数人による犯行だと思われます。

わずかな期間に二つもの盗難事件が起きたことに残念でたまりません。

今後の対策を考えねばなりません。

「盗まれないように・・・」と考えるの一般的かもしれませんが、何かやり切れません。
まるで、「人を見たら泥棒と思え」です。
こんな社会がいいはずがありません。

今回の事件から何を学ぶべきでしょうか。
posted by 伊藤やすのり at 17:32| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月21日

親子で体験

今年で14回目となった、親子農業体験が一昨日の日曜日の稲刈りでおおむね終了しました。
あとは2月に行う収穫祭だけとなりました。

私の住む本地地区には、今から二十年ほど前に「地域おこしのグループ」が誕生しました。
「本地の将来を考える会」としてスタートしましたが、ちょうどその頃、瀬戸市も「まちづくり協議会」の活動モデルを推進していました。

本地の将来を考える会の活動としては、従来からある地域行事に協賛する形で「屋台村」などを出店してきました。

5〜6年経ったころ、国土交通省の補助金事業で「多様な団体が参加し地域の活性化をめざす」ことに参加し、5つほどの事業を計画しました。
その中の一つが「親子農業体験事業」です。

内容は、新旧住民の交流をコメ作りを通して行うというもので、親子での参加、極力手作業、無農薬で実施しています。
それが14年間続いています。

参加する子どもさんは保育園児が中心です。
従って親御さんも若い人ばかりです。
時に、お祖父さんの参加もありますが、総じて若い人たちです。
ですから、お父さんお母さんにとっても初めての体験であり、喜んでもらっています。

6月の田植えから始まり、7月には田の草取り、9月早々には案山子づくりと続き、10月の稲刈りで農作業は終わり、2月の収穫祭では「おこしもの」や「五平餅」をつくって楽しみます。

収穫したコメは、11月の「本地会館祭り」で「五目飯」として提供されたり、希望者への販売を行います。いずれも先着順ですが、毎年販売開始後わずかで売り切れてしまいます。(コメ作りに参加した人たちが優先です。)

毎回スタッフとして参加していますが、続いている理由の一番は「楽しい」ということでしょう。

「初めての体験」で最初はうまくできません。
でも、「うまくやるにはコツ」を知ると面白くなります。
「泥んこ」になるのも慣れると楽しいものです。
そして、きれいに並んだ苗をみますと、「美しい!」と感じます。

田植えをしてから一か月後、その田んぼが変わっています。
苗がしっかりと根付いています。
そしてあちらこちらにイネと同じようなものが生えています。
ヒエです。
最初は見分けがつきません。
これらを取り除きます。

このように、十数センチの苗2〜3本から、一握りの株に成長し「穂」をつけ米となります。

その成長する様を、田んぼの近くを通るたびに感じられたと思います。

そして黄金色に変わる頃刈り取りです。

この一連の作業を通して、コメのこと、農業のこと、そして人間の知恵について「思う時間」を共有できたことが素晴らしいと思っています。
来年も行う予定です。
posted by 伊藤やすのり at 06:02| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月20日

育児休暇の取得

10月16日の中日新聞に、「イクメン県職員 まだまだ・・・ 愛知 育休取得1.6%」という見出しがありました。
ちょっと首を傾げながら読みました。

一つは「イクメン」という言葉です。
これは育児に熱心な男性の呼称だということは知っていましたが、こういう言葉を新聞の見出しに使うことには抵抗を感じます。
個人的な感想ですが、「独り歩きの言葉」という感じがします。
「育児に熱心」ということをキチンと決めてから使用した方がいいように思います。

もう一つは、「育児休暇の取得率とイクメンの関係」です。

記事では、「育児休暇の取得率が高い方がイクメン」としてますが、そうなんでしょうか。
ちょっと違うんじゃないかと思います。

愛知県の職員さん(警察・教育委員会は除く)で育児休暇の(男性)該当者のうち、取得したのが1.6%ということです。
民間の全国平均は2.0%
国家公務員は  4.6%
驚くべきは、三重の13.6%です。
(岐阜は2.4%)

愛知県が他に比べて低いというわけです。
05年に策定された行動計画では、女性99%、男性70%という目標値が設定されていたようです。

女性の取得結果は記事にありませんでしたが、男性の目標取得率70%に対して1.6%というのは全く管理されていないということです。
そのことをもっと問題にすべきではないでしょうか。

現実として三重県の取得率13.6%の内容や施策をもっと研究した方がいいのではないでしょうか。

記事では、13年に就任された吉本明子副知事の談話を載せていました。
《県庁内の「あいち女性の活躍促進プロジェクトチーム」のリーダーを務めている。
男性職員の設定目標が女性とは大きく違っている現状を問題視しており、「男女の古典的な役割分担意識があるとすれば、男性の育休が進みにくい」と意識改革の必要を認める。》

ちょっと気になるのは、昔からある男女の役割分担意識を「古典的」と、あたかも「よろしくない・・・」というニュアンスの発言です。

「育児の主体」である、子供の立場から見てお父さん、お母さんに期待する役割は同じでしょうか。

こんなことを考えさせられた記事でした。
posted by 伊藤やすのり at 06:28| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月19日

地域運動会

この時期、地域ぐるみの行事として運動会があります。
どうも、今日あたりが一番多い開催日のようです。

呼び方はいろいろで、「地区運動会」「町内運動会」「連区運動会」とかいわれますが、文字通り地域ぐるみの行事です。
お祭りとは全く違います。

開催のほとんどは、地区内の小学校か中学校のグランドが使われます。
住民にとっては、学校に出かける数少ない機会と言えます。

私の住む本地地区でも以前は行われていました。
25年くらい前に止めることになりました。
運動会の競技でケガ人が出たということがその理由のようです。

ただ、その頃運動会を開催するにあたり、町内会の役員さんが、競技参加者を集めるのに大変ご苦労されており、「廃止の声」につい賛成をしたということも聞いております。

私自身もその当時は地区内の行事にほとんど参加せず、会社優先の生活を送っていたこともあり、詳しい事情は承知しておりません。

運動会を止め1〜2年は何もなかったようですが、それに代わる行事として「本地会館祭」が開催されるようになりました。
運動会の代わりとして「文化祭的な催し」です。
今年で23回目になります。

私が初めて町内会長をお引き受けした年から始まっており、毎年11月の第一日曜日が開催日となっています。

運動会にせよ文化祭にせよ、地域ぐるみの行事を催すのは大変なことです。

地域の人たちの理解と協力が大切なんですが、実際は自治会の役員さんらが、「任務なんだから・・・」と準備などに関わってもらっています。

行事そのものは意義あるものだと思いますが、時代と共にその内容や運営方法は見直していく必要があるように思います。
昔からある「地域のお祭り」に学ぶことも必要かもしれません。
そういうことを議論する場も必要だと思います。
それは、地域の特性を改めて確認する機会になるかもしれません。

お祭りは地域の伝統文化として、その意義を永く継承することが大事でしょう。

一方行事は、地域内の住民同士がふれあい、連帯の意識を高める目的があると思います。

全体的には少子高齢化が進んでいますが、住宅開発が進行中の地区では全く様子が違います。

そうした事情の中で最適な情事内容を検討しなければなりません。
地域力を向上するという活動の中で考えたらいいのかもしれません。

地域内で大きな役割を果たすであろう「地域ぐるみ行事」の今後に期待したいと思います。
posted by 伊藤やすのり at 14:20| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月18日

人生の先輩

昨日、老人クラブの懇親会に参加しました。
私の住む瀬戸市南西部(本地地区)は現在人口が5600人程で、その内65歳以上が1300人弱住んでおられます。

老人クラブは三つあり、毎年10月は三クラブ合同の懇親会が開かれています。

昨日の参加者は50名ほどでしたが、福祉施設(「やすらぎ会館」)3階大広間で三時間ほど楽しませてもらいました。
お世話役さんの話によれば、瀬戸市では年々クラブが消滅しており、活発に活動しているところも少なくなってきているようです。クラブ運営の悩みは60歳代の入会者が少ないことと、役員の引き受け手が少ないことのようです。

さて今回の内容は、「マジックショー」「カラオケ」「ビンゴゲーム」でしたが、楽しみはなんといっても食事をしながら、いろいろな話を聞くことです。

私の目の前に座られた人生の先輩からとてもイイ話を聞かせてもらいました。

その人は、終戦の時ちょうど二十歳くらいだったそうです。
5〜6人の仲間と、「暗く打ち沈んでいてはダメ。なんとかみんなを元気にしよう・・・」ということになり、万歳をして喜んでもらおうということになったそうです。

見よう見まねで始め、本地の家々を回られたようです。
門付けです。

その後、芝居もやろうということになり、これも名古屋で芝居を見物し、それを覚えて自分らでやってみようということになったようです。
本地劇団としての活動は、お祭りが中心だったようで、本地八幡社境内に舞台を組んで演じたとのことでした。

私は、劇団のことや芝居のことは全く知りませんでした。
ただ、万歳のことは自宅で見た記憶がかすかにあります。
ひょっとして目の前のお年寄りが、若かりし頃自宅の土間で万歳をされたかもしれないと思うと、益々話を聞きたくなりました。

「当時の仲間で生きているのはわし一人になってしまった。」と、話されました。

凄いと思ったのは、二十歳頃に「みんなに元気になってほしい。喜んでほしい」と、万歳を始めた気概です。

ご自分では「好きだからねえ・・・」とおっしゃいましたが、世のため人のためという精神で実行されたことに頭が下がりました。

カラオケになり、一番最初にマイクを持たれました。
今でも、人に楽しんでもらおうとする精神は健在です。

素晴らしい人生の先輩にとてもイイ話を聞かせてもらいました。
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2014年10月17日

早朝会議

企業でも団体でも会議はよく行われています。
でも、その内容は千差万別で、企業では会議効率がよく話題になります。

会議への参加者は「偉い人」が多く、その人たちの人件費を考えると会議に要する費用というのは莫大のものになってます。

団体の会議は形式的な内容が多いように思います。

一つは報告です。
審議などはあまり行われず、決議をみんなで行うというのが実態のようです。

ただし、真剣に審議や討議をされている団体もあります。
その一つが瀬戸・旭倫理法人会だと思います。

特徴的なのが早朝会議です。
これは役員会ですが、毎月一回早朝5時半から開催されています。
出席者は役員ですが、毎回15〜6名の出席があります。

私がいいと感じているのは、終了時間が守られていること。
議案の審議と情報交換が中心である。
ということです。

そのためには出席者の事前学習が重要です。

このやり方は会がスタートして以降続けられていますが、軌道に乗ってきたのはここ一年くらいです。

朝早く起き、頭脳フル回転です。
お陰さまで充実した1時間半を過ごさせてもらってます。

早朝会議はいいですよ。
今朝がその日でした。

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早朝会議

企業でも団体でも会議はよく行われています。
でも、その内容は千差万別で、企業では会議効率がよく話題になります。

会議への参加者は「偉い人」が多く、その人たちの人件費を考えると会議に要する費用というのは莫大のものになってます。

団体の会議は形式的な内容が多いように思います。

一つは報告です。
審議などはあまり行われず、決議をみんなで行うというのが実態のようです。

ただし、真剣に審議や討議をされている団体もあります。
その一つが瀬戸・旭倫理法人会だと思います。

特徴的なのが早朝会議です。
これは役員会ですが、毎月一回早朝5時半から開催されています。
出席者は役員ですが、毎回15〜6名の出席があります。

私がいいと感じているのは、終了時間が守られていること。
議案の審議と情報交換が中心である。
ということです。

そのためには出席者の事前学習が重要です。

このやり方は会がスタートして以降続けられていますが、軌道に乗ってきたのはここ一年くらいです。

朝早く起き、頭脳フル回転です。
お陰さまで充実した1時間半を過ごさせてもらってます。

早朝会議はいいですよ。
posted by 伊藤やすのり at 06:02| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月16日

祝日って?

「祝祭日には国旗を掲揚して、祝意を表しその意義を考えよう」というのは三年前から始めた運動です。

私の周りには、その考えに賛同する人が少しづつ増えてきており、嬉しく思っています。
ただ、最近強く思うようになったのは「祝日」の意味や意義です。

まずは祝日の意味です。
法律では祝日の意味が書かれていますが、どうも本質とは違う説明のなされている祝日があります。

例えば「海の日」です。
元々は明治天皇が東北行幸の折、帰路を函館港から初めて帆船を利用し、横浜港に着かれたのが7月20日であり、それを記念して制定されたようです。
でも、そのことより、「海の恵みに感謝する・・・」というようなことが説明されています。

そもそも国民の祝祭日というのは、その国家、国民、民族にとって最も意義の深い重要な記念日です。
(私もよく知りませんでしたが、竹田恒泰著『日本人はなぜ日本のことを知らないのか』を読んで知りました。)

日本の祝祭日を見てみると、「敬老の日」と「体育の日」を除くすべては「日本書紀」などの正史か、宮中祭祀と神道、もしくは天皇を根拠としています。
(『日本人はなぜ日本のことを知らないのか』より)

こういうことを知ると、祝祭日に国旗を掲揚することも、とても意義深いものになります。

もう一つの実態として、「毎年その日が変わる祝日」というのがあります。

ハッピーマンデー制度により、三連休とするために本来の日とは関係なく月曜日となっている祝日です。
「成人の日」「海の日」「敬老の日」「体育の日」です。

これらの祝祭日は、もはや「祝日」というより、「一つの休日」になってしまいました。

今年は特に違和感を持ちました。
東京オリンピックから50年。
開会式のあった10月10日は、50年前を偲ぶいろいろなことが新聞などで紹介されました。
もちろんこの日を記念して「体育の日」という祝日になったこともです。

ところが、それから三日後の13日月曜日が「体育の日」(祝日)でした。

国旗は暦通りで掲揚しました。
でもなんか変な気分でした。

そんな思いをもっていたら、産経新聞の主張欄(10月15日)で、「体育の日・意味ある日付に戻したい」という記事がありました。

大賛成です。

休日を増やすことに、祝祭日を移動させることは国として問題があるように思います。

大いに議論をしてもらいたいです。
posted by 伊藤やすのり at 05:27| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月15日

失敗の捉え方

今朝のモーニングセミナーは会員による倫理実践報告でした。

瀬戸・旭倫理法人会設立当初からの会員が登場されました。
報告の中で、仕事や経営をしている中で「心構え」の一つとして、「決めることは速く!」という話がありました。

経営者「決断する人」といわれるほど、トップにとって決めることは大変です。
決めるということは「責任を取る」ことに他なりません。
その決定が、業績に大きく影響することも少なくありません。

よく、「会議で決まった」、ということを言う人がいますが、会議はあくまで「議論」をする場であり、それを参考にして「決めるのは一人」のはずです。
会議主宰者がその人であり、多くの会社ではそれが社長なんです。

この決定することを「速くする」というわけです。

その理由を聞き素晴らしいと思いました。

「速く決める」ということは、行動の早いということです。
そして、起こした行動が時として失敗のこともあるわけです。

彼は言いました。
「決めることを速くすることにより、失敗も早い段階で経験できる。それは、行動修正も早くできる。学ぶことが多いです」・・・と。

あらゆることから学び取ろうとする姿勢がよく現れていると思いました。

セミナーが終わり、会社の事務所に行き、フェイスブックをチェックしました。

すると、先ほどセミナーで聞いた事と同じような投稿がありました。

まったくの偶然ですが、「これは私への重要なメッセージ」だと思いました。
それは、相田みつをさんの言葉でした。

はじめのところだけを紹介します。

《つまづいたおかげ》
つまづいたりころんだりしたおかげで
ものごとを深く考えるようになりました

失敗を繰り返したおかげで
ひとのやることを温かい目でみれるようになりました

追いつめられたおかげで
自分の弱さとだらしなさを知りました。
(以下略)

全てのことを自己成長の要因として捉えられています。

人生で経験することは、何一つ余分なことはないようです。
そのことの捉え方しだいです。

朝からとてもいい学びをさせてもらいました。
posted by 伊藤やすのり at 11:28| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月14日

こまいぬ座

昨日、「瀬戸子供太鼓こまいね座」の24周年演奏会にいってきました。
5〜6年前からは毎年見てますが、毎回感動しています。

昨日は台風19号が近づく中、雨模様の天候でしたが多くの入場者がありました。

こまいぬ座というのは、全国でも珍しい「子どもだけの和太鼓演奏グループ」です。
中学三年生が最後の年ということで、この演奏会が「卒業演奏会」でもあるようです。

今回が最終演奏会となる中学三年生は一人でした。

全部で17曲が演奏されましたが、彼は全てに出ていました。
まさに、彼の「卒業演奏会」でした。

昨日の出演者は、名簿によると「こまいぬ座・太鼓教室」の18人と、「こまいぬ座」の33人でした。
「太鼓教室」というのは、初心者のようで、年中さんから小学校三年生までです。
この子供たちが実に可愛いです。

演奏曲は二曲ありましたが、見事なものです。
こまいぬ座のお兄さんお姉さんにあわせ、懸命に太鼓を叩きました。
見事なものでした。

そして「こまいぬ座」は小学二年生から中学三年生です。

私はこの演奏会を何度か拝見して感じることがあります。
それは打楽器の集団演奏というのは「気を合わせることが重要だろうなあ」、ということです。

「気を合わせる」といえば、職場などで行われる朝礼もその一つで、社是や社訓の唱和や、整列や礼の姿勢の統一を求められます。
「気を合わせる」、つまり周りに合わせることがグループとしての力を高める前提です。

「こまいぬ座」の演奏を見ながら、「気が合ってる」とも感じました。

「周りに合わせる」ことは理屈ではなく、実践を通じて会得するのが最も効果的だと思います。
でも、大人と子供ではその訓練結果に大きな違いがあるように思います。

「気を合わせる」には、「素直に懸命に」という心が必要だと思います。

それは相手に伝わるものです。

子ども達のそのひたむきさに感動しました。
それは私一人ではないと思います。

posted by 伊藤やすのり at 05:26| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月13日

お祭りの振興

大きな台風(19号)の影響を心配しながらの祭り準備でした。
昨日の日曜日、この地では「警固祭り」が盛大に催されました。

「警固祭り」というのは通称で、本来は「本地八幡社秋の例大祭」です。

五穀豊穣の感謝と共に、次なる豊作を祈願する祭りだと聞いています。
「子ども獅子」「献馬」「棒の手」の奉納行事を核としてますが、「献馬」を守る鉄砲隊の勇壮な発砲に注目が集まります。
そんなことからも「警固祭り」というようになったと思われます。

近隣の地域でも、同じような形態の祭りが同日行われます。

私が関わるようになって大きく変わったのは、本地八幡社境内に全員集合するようになったことです。

各町内での「子ども獅子」が巡回を始めるのが8時半頃です。
同じくらいの時間に、警固隊と献馬が「馬宿」を出発し、本地地域内の発砲予定場所に向かいます。

「子ども獅子」は休憩を挟み、本地八幡社に向かいます。
境内にあらかじめ用意された場所に場所に座り、警固隊の神社到着を待ちます。

地域内各所で発砲しながら神社に向かい、入場するのが12時です。

これで全部神社に集結したことになります。
年に一度、神社に人が溢れます。

各町内ごとで昼食を楽しみます。
鉄砲隊の人たちも、自分の町内の座の一人となり食事を楽しみます。
素晴らしい時間だと思います。

外部から多くの見物客が訪れる有名なお祭りがあります。
でも、見物客など一人もいません。(だと思います。)
全員が祭りの参加者ということです。

神社での滞在は2時間くらいのことで、神事や棒の手奉納などがあります。
この時間に本地の将来を考える会が「屋台村」をひらき、子供さん向けのおもちゃをはじめ、みたらしなどの販売をします。
こうしたやり方になって、かれこれ20年くらいになると思います。

当地区の大きな特徴だと思います。

やがてそれぞれの「宿」(馬宿・獅子宿)に戻っていきます。
そこでの終了行事を行い、祭り終了となります。

地域の連帯は、今や極めて重要なことになってきています。
つながっていればこそ、防災や防犯に効果的です。

こうした祭りをもっと振興し、地域住民のほとんどが参加するようなものにしたいもんです。
posted by 伊藤やすのり at 07:08| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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