2015年03月31日

夏の朝型勤務

3月29日の産経新聞に、「夏の生活スタイル変革」の実施方針に関する記事がありました。
見出しには大きく、『夏の朝型勤務「霞が関」から』とありました。

記事は、安倍首相が27日の閣議懇談会で、7、8月に全府省庁の職員を対象に朝型勤務と定時退庁を奨励する方針を打ち出され、そのポイントが紹介されていました。

記事からの抜粋で紹介します。

「実施方針のポイント」
・7、8月は勤務開始時間を通常より1〜2時間早めて午前7時半〜8時半とし、午後5時前後に定時退庁する。
・緊急対応に備えるとともに、行政サービスの低下を招かないよう係りごとに工夫する。
・毎週水曜日は遅くとも午後8時の庁舎消灯。
・午後4時15分以降に会議を開かない。
・早く退潮できた職員数など業務効率化の目標設定。

私自身数年前から朝早く起きることを実践していることもあり、この方針には大賛成です。
朝活などを実践しながら実感しているのは、朝の時間というのは集中できるということです。
集中すれば効率も上がります。

随分昔のことですが、我が社で残業が慢性化している営業所がありました。
頻繁に遅くなるので所長は何とかしなければと考えました。
そして打った手は「朝型勤務」でした。

7時出勤を始めました。
変わり始めました。

「明日も朝が早いんで失礼します・・・」と、退社時間が早くなっていきました。

その後、時に残業もしましたが、短時間で切り上げる雰囲気が出来上がりました。
それにつれて業績も上昇していったことを記憶しています。

今回、首相奨励の「生活スタイルの変革」ですが、一番のポイントは「午後4時15分以降に会議を開かない」ことだと思います。
夕方に「メンバーの時間を拘束しない」ということだと思います。

こうしたことは是非民間にも広めていただきたいと思います。

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2015年03月30日

瀬戸児童合唱団

3月28日の土曜日、瀬戸児童合唱団の定期演奏会に行ってきました。
今回で第27回目ということです。

演奏会では、尾張旭市の児童合唱団や、高齢者の合唱団瀬戸あいあいクラブの賛助出演もありました。

瀬戸文化センターという定員1500名の会場でしたが、観客が少なく残念な気持ちになりました。

この瀬戸児童合唱団というのは、団長の伊藤先生が熱心に指導されていますが、4〜5年前に継続運営をしていくためにと後援会が立ち上がりました。
その時にご縁をいただきました。

演奏会を開催される毎に案内をいただいていましたが、なかなか出かけられませんでした。

今回、子どもたちの歌声に触れ感動しました。
素晴らしい時間でした。

団員は5歳から18歳までとのことですが、5〜6歳と思われる子どもさんが懸命に歌う姿に心を打たれました。
また、歌った曲目もよかった。
第一部、「愛唱歌」として十数曲を一気にうたい上げました。

・春がきた
・みかんの花さくおか
・夏の思い出
・われは海の子、などなど・・・

まさに愛唱歌です。

もっとPRをして、会場一杯のお客さんの前で練習の成果を披露させてあげたいと思いました。

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2015年03月28日

ありがとうという言葉

「ありがとう」という言葉。
「この言葉知っていますか?」
全ての人が「ハイッ、知っています」と答えます。
でも、「使っていますか?」「それは最近、いつ使いましたか?」と聞くと、即答される人はごくわずかになってしまいます。

「どうも・・・」という言葉で対応しているという人もいます。
でも「ありがとう」とは違います。

こんなことを書くのは、倫理を勉強している中で改めて「ありがとう」という言葉を使う意味を考えさせられているからです。

私自身、その昔は「ありがとう」という言葉をあまり使っていませんでした。
なにかをしてもらい、感謝の気持ちは「どうも・・・」で済ましていました。
自身では、「どうも」の次に「ありがとう」が続いているが省略している・・・という感じでした。

でも何かのキッカケで「ありがとう」という言葉を使おうと決めました。
そのキッカケが何だったかはっきり覚えていませんが、恐らく他人様から「ありがとう」と言われた時嬉しかったからだと思います。

以来、「どうも」で済まさず、「ありがとう」あるいは「ありがとうございました」とはっきり言うようになりました。

そんな中、「清流」(4月号)という月刊誌に「ありがとう」の特集を見つけました。
正確には、『感謝の気持ちの伝え方 幸せの種を蒔く「ありがとう」』という表題でした。

ざっと目を通しましたが、「ありがとう」という言葉には、いろいろな効用があるようです。

特集の中で元禅僧、広島大学教授の町田宗鳳さんが述べています。
・「ありがとう」は最高の心の栄養
・「ありがとう」が心と体を結ぶ
・「ありがとう」の裏には「ごめんなさい」という懺悔の気持ちがある
・「ありがとう」を声に出すことは「声のラジオ体操」

改めて「ありがとう」という言葉は凄い言葉だと思いました。

仲間に「一日にありがとうを〇〇回言おう」という目標を持って行動している人がいます。

日々の生活の中で、感謝の気持ちを表す「ありがとう」を積極的に使いたいものです。
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2015年03月27日

新十両、天風

ブログにもよく書くように、私は大相撲が大好きです。

どうしてこんなに好きになったのかよくわかりませんが、おそらく子どもの時のテレビの影響だと思います。
小学生低学年の頃そろばん塾に通っていました。
自宅から歩いて15〜6分の所にあった塾に、日曜以外はほぼ毎日通っていたと思います。
塾からの帰り道、駄菓子屋によるのが楽しみでしたが、食べ物よりテレビを見ることでした。
当時、自宅にはまだテレビがありませんでした。

白黒のテレビで一番印象に残っているのが大相撲でした。

横綱吉葉山、千代の山、大関朝潮、松登など、多くはないですが当時の力士名が思い出されます。

一世を風靡した「栃若時代」(横綱栃錦と初代若ノ花)の少し前だったと思います。

以来、もっぱらテレビ桟敷ですが大相撲を楽しんでいます。

4〜5年前かと思います。
自宅の近くに相撲部屋が来るようになりました。
名古屋場所です。

現役時代「琴風」というしこ名だった「尾車親方」が率いる部屋です。
幕の内に、豪風と嘉風というベテラン力士を擁する部屋です。

3年くらい前からご縁をいただき、稽古を見学したりちゃんこを戴いたりするようになりました。
相撲に励む若者の中に、ひときわ明るい感じの力士がいました。
「川成」という名で幕下でした。

その「川成」が、春場所で見事十両昇進を果たし、しこ名も「天風」(あまかぜ)と改名しました。

十両の最初の方の取り組みであり、テレビ中継はされませんが結果は毎日気にしていました。
15日間取り組みを終え、10勝5敗という好成績でした。
人懐っこい顔を、さらに崩して喜んでいるところが想像されます。

今年の名古屋場所が今から楽しみです。

熱い名古屋に、どんな地位で来るのでしょう。

昨日の中日新聞夕刊でも、「新十両・天風」が取り上げられていました。
23歳です。
出世途上の若者を応援します。
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2015年03月26日

正しい経営

昨日の中日新聞社説に「正しい経営を広めよう」という見出しがありました。

何のことかと思い読んでみると、今年で5回目の「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」の授賞式の様子が紹介されていました。
そして、この賞を受賞されるような会社を増やそうとしている狙いに、最大限の賛辞を送り、『世の中を良くするのは正しい経営である。』と結んでありました。

まずは「日本でいちばん大切にしたい会社」ですが、同名の本がシリーズで発刊されていて、私が読んだのは3と4です。

「人を大切にする」という企業が紹介されている本です。
著者は法政大学大学院の坂本光司教授です。

読んでみて驚くのは、人(従業員)に対する配慮が半端ではありません。

会社の理念や方針に「人を大切にする」とか、「人材こそが我社の最大資産」などということを掲げている会社は多いですが、実際に「日本でいちばん大切にしたい会社」に比べたら恥ずかしくなります。
それほどまでに徹底されているのです。
加えて言うと、「業績も素晴らしい」のです。

そうした会社の中からの表彰なので、それを「正しい経営」と呼ぶのもいいのかもしれません。

よく議論されるのは、「企業経営の目的は何か?」ということです。

つまり、利益を稼ぐのは目的か否か、ということ問いかけです。
現代では多くの経営者が「利益は目的にあらず、企業永続の条件」と答えられます。

ただそれは、経営トップのお題目になっている場合が多く、現場では「業績第一」となっている会社が少なくありません。

社説でもそのことを指摘していました。

会社業績が社員やその家族の犠牲の上に成り立っているようでは問題です。
このことはその通りですが、もう一歩踏み込んでの指摘があってもいいように感じました。

例えば残業のことです。
ほとんどの経営者は、基準法に定められている「時間外手当」を支払っていればいいと思っています。
でも、「日本でいちばん大切にしたい会社」では、残業そのものは社員と家族に犠牲を強いるものと考えます。
「夕方の家族団らんの時間を奪っている」
ここまで徹底しているのです。

素晴らしいと思いますし、目指したい経営には違いありません。

posted by 伊藤やすのり at 18:43| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月25日

キャリア教育

10日ほど前の読売新聞で、小中学校のキャリア教育が取り上げられていました。
岐阜市の中学校で実施された「起業家教育」について紹介していました。

内容は、生徒の中から「社長」や「役員」を選んで会社を設立。
自ら地域住民への市場調査や商品開発、宣伝・販売活動、決算などを行う。
というものです。
具体的には、中学生60人が対象で、「手ぬぐい」を「デザインし、販売した」というものです。

本格的だと思ったのは、会社経営をするうえでの資金を保護者などに株式を発行して集め、決算後には株主に配当をしているという点です。

一般的な株式会社と何ら変わるところがありません。
会社設立と会社経営の基本が学ぶことができると思います。

ただ、本当にこうした知識だけでは実社会で通用致しません。

「教育なんだからこの程度でいい」、とする意見もあるでしょうが、教育であるが故に「一通りの体験」だけで済ますべきではないと思っています。

同じやるなら・・・
経営で最も重要なのは「どんな事業をするか?」ということがスタートです。
会社の設立は後のことです。

「会社」のメカニズムを通じ、「モノの生産」とか「お金の流れ」を理解するという教育目標ならこれでいいのかもしれません。
でも、「起業家教育」と言ってるんです。

つまり「事業を興す」ことが主眼ではないでしょうか。
だとすれば、クラス内を二つか三つに分け「事業分野を設定しながら調査をし、事業の目的と内容を明らかにさせていうプロセスを経験すべきだと思います。

「事業」というのは世の中に何らかの形で役立っているから存続しているのであり、世の中に必要とされな「モノやコト」などはあり得ません。

まずは「世の中に必要なこと。求められていること」を知るべきです。
これが事業のスタートです。

子どもらがここから学んでほしいのは、働くというのは、「世のため、人のため」になるということです。
働きに応じて「対価(報酬)」もいただけますが、「お金を儲ける」ことだけを考えるのは間違っている、ということです。

学校の先生方に、こうした指導をお願いするには無理があります。
かといって専門家(会社)に丸投げするのもいかがだと思います。

私は地域に住んでおられる、元会社経営幹部の方々なら十分できるように思います。
講師や内容についてもっと地域を活用すべきだと思っています。

瀬戸市ではキャリア教育を本格的に行われるようになって10年がたちました。
更なる進化をめざし、ただいま来年度以降の計画が検討されているところです。

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2015年03月23日

日本の言葉

日本の文化といわれる「コト」の中で一つ上げよといわれたら私は「言葉(日本語)」と答えます。

細やかな表現のできる「言葉」として日本語は、世界に誇れるものの一つだと思います。
昨今、ちょっとした日本語ブームだそうです。
嬉しいことです。

『日本の大和言葉を美しく話す』(高橋こうじ著、東邦出版株式会社発行)という本も売れているようです。

日々、日本語を使って生活していますが、ほとんどの人があまり意識して使用していません。
言うならば、「文化としての言葉」という認識が乏しいからではないでしょうか。

これだけ語彙が豊かな言葉を持っているんですから、もっと勉強して豊かな表現をしたらいいと思います。

そういう私も意識をして使っているわけではありません。
ただ、ブログを書くようになってからは意識をするようになりました。
豊かな表現ができているわけではありませんが、言葉について気になるようになりました。

先日も寺院で頂いた「禅の友」という小冊子に「言葉の紹介」がしてありました。
とても風情のある日本語表現です。

「雅のことば」というそうで、平安時代の女流歌人たちが大事にしていた表現上の心得だそうです。
初めて知りました。

「桜」は、ちる
「梅」は、こぼれる
「牡丹」は、くずれる
「椿」は、おちる

「花が散る」という状況が、花によって違うというのが面白いです。
紹介してあった四つの花。
それぞれに、「言われてみれが、いかにもそうだ・・・」と感じます。

「牡丹くずれる」
花の盛りが過ぎると、花びらがかたまって落ちる様子は、まさに「くずれる」です。
素晴らしい表現です。

第一線で働いている頃には思いも及びませんでした。
改めて勉強したいと思っています。

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2015年03月22日

機械の奴隷

昨日、知人から誘われ「お茶会」に参加しました。

「お茶会」といっても、あの茶道の世界の「お茶席」ではありません。
お年寄りがお茶とお菓子を持参して集会所に集まり、おしゃべりを楽しむという「お茶会」でした。

私は初めての体験でしたが、すぐに雰囲気にも慣れ、心安らぐ時を過ごさせていただきました。

普段はそれぞれの生活を営んでみえますが、月に一度、顔を合わせよもやま話をする。
たったそれだけで、とても多くの気付きがあると思います。
一つの話題から、次から次へと話に花が咲きます。

笑いもあります。
お互いが新たな発見もあるようです。
コミュニティーの原点だと思いました。

こんな素晴らしい機会があるかと思えば、その逆もあります。

2週間ほど前の新聞記事。
気になって保管してありました。
機会を見つけてブログに書こうと思っていました。

その記事(3月8日産経新聞「母と子の未来」・西舘好子)の見出しは「人間が機械の奴隷でいいのか」というもので、共感した内容でした。
要するに「子供の頃からまるで機械に使われているようだ」、という問題提起でした。

西舘さんは、家にやってきた孫たちが、片時もスマホを離さずひたすらに操作をしていることに強い危機感を持たれたようです。
《文明はどんどん人間の能力に換わるものを作り出していく。
その反面、人間から人間らしさを奪っていくのだ。

一日中スマホにかじりついている子どもたちから表情が消え、語彙は貧しくなるばかり。
機械の上で仮想(バーチャル)人生がつくられていく。
人間が機械の奴隷と化し、人の和も縁もぬくもりもなくなったら、この世は一体どうなってしまうことか。》(以下略、原文引用)

恐ろしいことです。

地域で何とかしなくてはいけません。
いえ、「何とかなりそうです」。

冒頭紹介した「お茶会」。
ひと工夫すれば、子どもらを機械の奴隷から救い出すことができるのではないでしょうか。

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2015年03月21日

皆勤賞の意義

昨日は小学校の卒業式がありました。
私の母校である幡山西小学校ではそれに先立ち、3月7日に6年間の皆勤賞表彰が行われました。
今年は三名が受賞しました。
その喜びの声が届きました。

三人それぞれが喜びの気持ちを書き綴っていましたが、一人、「兄が受賞したので僕も頑張りました。」というのがありました。
その当時は3年生。
3年間は意識して学校に通った気持ちがうかがい知れます。

同時に、ご両親や家族が協力したり、時に激励をしたりしたことも想像できます。

私が子供の頃よく言われた言葉があります。
「子どもの仕事は休まず学校に行くことだ」、と。
そして、だれでもいただける可能性のある賞が「皆勤賞」とも言われました。

その皆勤賞、とても意義のあるものだと思っています。

宮城県の方で父兄の発案で皆勤賞が創設されたことを知り、我が母校でもとお願いしました。
あれから8年がたちました。

今年も三人の皆勤賞受賞者の声を聞くことができました。

ぜひ長く続けてもらいたいし、一人でも多くの児童が受賞できるように地域からも応援したいものです。

出席率が最も高い小学校。
こういう小学校を目指してもらいたいものです。

今年の受賞者で次のような文章がありました。(一部抜粋)
《ぼくは学校にいきたくない日はなかったです。
なぜなら、学校が楽しかったからです。
学校にいくと友達がいて、いっしょに遊べるからです。》

わが母校、素晴らしい学校です。
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2015年03月20日

挨拶っていいな

倫理の勉強にしても、人間学の学びにしても、結局は人さまとうまく暮らしていくために、自身をどう変えていくかということに尽きると思います。
今頃の気付きでは遅いですが、最近特に思うようになりました。

自分を変える。
そう簡単にできるものではありません。

何十年と生活してきて、一種のパターンが出来上がっており、それを変えることはなかなか大変です。

ただ・・・
思うことは「心の中」とか、「頭の中」で思ったり考えたりしている内はダメだということです。
態度や行動を変えること。
それは理屈ではないということです。

あれこれ考えず、「ただやってみる」ということが大切で、それが変化の第一歩だと思います。

その代表が「あいさつ」だと思います。

実行してみて「挨拶っていいな」と思います。

先日フェイスブックを見ていて小学生の詩を見つけました。
「あいさつ」という題の詩でした。
紹介します。

「 あいさつ 」

「おはよう」   目がさめる
「いただきます」 おなかがすく
「いってきます」 元気にいける
「ありがとう」  きもちいい
「ごめんなさい」 ほっとする
「おやすみなさい」いい夢がみられる
あいさつ うれしいな

素直な気持ちを表した詩だと思いました。
実行してみて感じたことを率直に書いています。

「一日に〇〇回ありがとうを言う」、という目標を掲げて実践している知人がいます。
毎日を「気持ちよく」暮らしていると思いますし、周りへの影響も少なくないと思います。

挨拶って「スゴイ!」と思います。
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2015年03月18日

倫理実践体験報告

毎週水曜日は瀬戸旭倫理法人会のモーニングセミナー開催日です。
月4回開催されますが、そのうち1回は会員による「倫理実践体験報告」が予定されています。

他の法人会でも「体験報告」とか「会員スピーチ」とか行われていますが、当会は「一人20分間・レジュメの作成配布」ということになっています。

20分話そうと思うと、それなりの準備が必要です。
その準備の結果が「レジュメ」となるわけです。
登壇する人はなかなか大変です。

この「倫理実践体験報告」というのは、文字通り「純粋倫理を実践し、その結果について報告」しますが、この説明のようにはいきません。

入会し、初めて純粋倫理なるものに触れます。
その内容は驚くほどシンプルで、むしろ「それくらいは知っている」、と感じるものです。
私がそうでした。

ところがその先が難しいのです。
純粋倫理というのは「実践第一」「やってナンボ」という世界です。

「朝目覚めたらすぐに床からでる」という「朝起きの実践」。
「相手より常に先に挨拶する」という「先手挨拶の実践」」など、わかっているけどなかなか実践できません。

ということは、「倫理実践体験」を20分かけて報告するのは難しいことになります。

そこで皆さんが実行されているのが、自身の行動振り返りです。
自己紹介を踏まえ、自身の生活態度を振り返りながら行動の評価をします。

倫理でいうところの好ましい行動がなかなかできていません。
そこで今後「この事を実践します」、という話になります。
ですから、純粋な「実践体験報告」ではありません。

しかしながら、現在の進め方を問題だとは思いません。

一つは、仲間の前で「自身の弱点や問題点をさらすことで素直に近づく」ということです。
もう一つは、自身の行動の中で倫理とは程遠いことの反省と共に、「倫理に適っている行動」も発見されています。
いうなれば学びを通じての「気づき」です。

このことこそがとても重要で、このプロセスを経過して「実践」となるような気がします。

一人でも多くの人に気づいてもらいたいものです。

posted by 伊藤やすのり at 11:48| Comment(0) | ひとづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

倫理実践体験報告

全国各地に倫理法人会があります。

この法人会、「宗教ですか?」と尋ねられることがあります。
宗教団体ではありません。
社会教育団体だと説明をしています。

人としての生き方。
頭では十分理解できていることばかりですが、それらを学び直し「実践する」ことに重きがおかれています。

つまり、「いいとわかっていたとしても、実践しなければ何も変わらない」ということです。
そして、「自らが変わると決断し、出来ることから実践する」事こそが活動の真髄だと思っています。

瀬戸市には2007年に設立されました。
当初から会員として関わっていますが、5年くらい経ってからわかり始めたいうのが実感です。

活動の中に、「倫理実践体験報告」というのがあります。
会員が自身の倫理実践を披露します。

毎月一回催され、一人20分ほどの「報告」です。
登壇者は一ヶ月ほど前に指名されますので準備の時間はたっぷりあります。
でも、なかなか大変です。

倫理法人会に入会し、あることに気づき実践します。
その体験報告をしますが、本当に「気づいて、実践決意をし実際に実践した」というのは多くいません。

実践するというのは難しいものです。

ではどんな話をするかといえば、「自身の行動を倫理を基準に見なおし、好ましくないことを発表する」ということになります。

人前で、自身の弱さや行き届かないことを率直に語れることは素晴らしいことだと思います。

倫理の勉強を始めた時、「素直になれ」と言われます。
その素直さを具体的に実践することの一つが「弱みをさらす」ことなのかも知れません。

今日のモーニングセミナーでお二人から体験報告を聞きました。

それぞれに思い、悩みながら「何かに気づいた」という内容でした。

自己反省、とても大切なことだと改めて感じています。
posted by 伊藤やすのり at 06:52| Comment(0) | ひとづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月17日

不如意に耐える

昨日(3月16日)の産経新聞に、曽野綾子さんの小気味よいエッセイがありました。
「小さな親切大きなお世話」という欄です。

タイトルが《「不如意」に耐える訓練》とあり、はて「不如意」とは?と思いました。
何となく理解している言葉ですが、人に伝えようとするといささか怪しい。
普段使ったことのない言葉ですから余計にです。

辞書で意味を調べる前に読んで理解はできましたし、いつもながら「切り口鮮やか」な内容でした。

さて、「不如意」とは・・・
広辞苑によれば、@思いのままにならないこと。A生計の困難なこと。金の工面がつかないこと。とありました。

曽野さんは、「不如意に耐える訓練」が必要だという主張です。
戦中、戦後に子どもだった世代というのは、ほとんどが貧乏暮らしでした。
まさにその日ぐらしという家族も多かったと思います。
それは、日頃から「不如意に耐えていた」ともいえます。

そしてその「不如意に耐えたこと」により、便利になったことに対し「ありがたみを感じる」気持ちがありました。
ところが現代では・・・ということから「不如意に耐える訓練」という主張になっていました。

言葉は違いますが、今は「我慢をする」という気持ちが無くなってしまったともいわれます。

そこで曽野さんの主張です。
《今の政治と社会は、制度として与える方向に狂奔している。
ちょうどホテルや料亭のサービスが、過剰なほど派手にエスカレートするのと同じで、国民は現在のような程度にせよ生活できることに対する感謝はなくなり、自助努力の部分は減って期待ばかり深まり、最後には諦めるという生の常道も忘れて、強烈な不満だけを残す。》(原文の引用)

指摘の通りです。

求めたりすることが「権利」とばかりの言動があまりにも多いように思います。

やはり社会構造が変わってきている今、変えるべきは「価値観」だと思います。

最後に述べています。
《人手不足で老人も介護サービスを受けられない時代が必ず来るのは目に見えているのに、それに備えなくてどうすのだろう。》(原文引用)

政治も制度も変えなくてはいけません。
でもそれはわれわれ一人ひとりが「自助努力」とか「自立を目指す」という気持ちを確立することが先決だと思います。

posted by 伊藤やすのり at 06:15| Comment(0) | ひとづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月16日

愛国心はけしからん?

昨日の産経新聞です。
「解答乱麻」欄で、『「愛国心」はけしからん?』という見出しがありました。

これは、道徳の教科化をめぐり文部化科省が公表した「学習指導要領(案)』に対するパブリックコメントについての論評記事でした。
貝塚茂樹氏(武蔵野大教授)の主張ですが、「愛国心はけしからん」と言っているが、本当に意味が分かっていっているのか、というパブリックコメントへの批判でした。

私は貝塚教授の意見に賛成です。

寄せられたコメントも、何か意図が感じられるとし、次のように述べています。
《道徳の教科化をめぐって文部科学省は、さる2月に「学習指導要領(案)」を公表し、広くパブリックコメントを求めた。
これに合わせて複数の新聞、テレビは教科化への危惧を前面に押し出した報道を行い、インターネットでは、パブリックコメントに教科化を反対を促す呼びかけが繰り返された。

特に小学校低学年で「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着を持つこと」が加えられたことに激しい批判が向けられた。
低学年から「愛国心」を教えるのはけしからん、ということのようだ。》(以上原文引用)

「価値観の押しつけがけしからん」と言っているようですが、これをやらなかったから今日の日本の現状があるのではないでしょうか。
「我が国の郷土や文化と生活に親しむこと」「愛着を持つこと」にどんな問題があるというのでしょうか。
国民として、最も基本的な「価値観」だと思うし、それを低学年から教えることは当たり前の「躾」だと思います。

「愛国心」について、改めて考える機会です。

貝塚教授が述べています。
「愛国心とは何か」を。

戦後日本では「愛国心」は常にタブー視されてきました。
中でも教育界は顕著でした。
国家を否定することが「いつか来た道」へ進まないという言説が一般的でした。

でも、そうではありません。
愛国心というのは「我が国の歴史への共感」から醸し出されるものだという説明です。
これもまた私は共感しました。

《本来「愛国心」とは、決して自国の正しさや美点のみを強調することではなく、「日本の過去に生きた人々の様々な事業や苦難や幸福や不幸や、さらには、それに書した精神の構えへの『共感』のなかからうまれる」はずのものである。》(坂本多加雄氏の論)

歴史をきちんと勉強する。
歴史上の人物から生き方を学ぶ。
こうしたことが基本にあり、それら全てに共感することで愛国心が生まれるとすれば、単に「道徳の教科化」を各論的に論じることが適切ではないかもしれません。

国民としてのあり方を、もっと素直に考えたらそれほど難しい問題とは思えません。
posted by 伊藤やすのり at 05:53| Comment(1) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月15日

平和の俳句

3月14日の中日新聞に、「平和の俳句」が180句1ページ全面に掲載されていました。

普段、あまり親しむことがなくしっかり見たこともないが、さすがに1ページ全面とは迫力があります。
月間優秀作とのことで、中日新聞名古屋本社発行エリアから寄せられた作品から選ばれたそうです。

まず気が付くことは、選ばれた人の年齢が7〜80歳が中心だということです。
戦後70年ですが、戦中生まれの方が多いということです。

次に感じたのは、「戦時中に使われた言葉」が目につきました。

「予科練」「焼夷弾」「軍用機」「教科書黒塗り」「国防色」「学徒出陣」
これらの言葉、今や知らない人の方が多いかもしれません。
でも、間違いなくわが国の歴史の1ページであり、後世に伝えていくべきだと思います。

「原爆」とか「九条」という言葉も目に付きました。

戦争は悲惨なもので、あって欲しくないというのは万人の願いです。

日本では70年間戦争が起きていま戦死、直接的に巻き込まれてもいません。
でも、世界を見渡すとどここで戦火にさらされている人々がいます。

こういう現実を私たちはどう考えたらいいのでしょうか。

私は「平和の俳句」を一通り拝見し思いました。
一つは、悲惨な戦争を起こさないためにも、経験した事実をキチンと後世に伝えていくこと、です。
そしてもう一つは、私たちの日々の生き方を見直しことです。

「戦争反対!」とか「九条を守れ!」と声高に叫ぶ前に、平和に暮らせていることへの「感謝」をすべきだと思います。
そして、日々の暮らしの中で「平和であり続ける心構え」を持つべきではないでしょうか。

今回の「平和の俳句」の中で、こういう心もちが必要だという句を見つけました。

「微笑んで 心の平和 初あかり」
(各務原市)石永 聖子さん(70)

「敬って 労わりあって 日々平和」
(稲沢市) 野内 正義さん(73)

「笑顔で暮らす」
「相手を敬う、いたわり合う」
とても重要なことです。

日常、心したいものです。
posted by 伊藤やすのり at 08:14| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月14日

職場が暗い

昨日、とある地区でミニ集会を開催しました。
その時、意見として「職場が暗い」という話がありました。

発言した方は、具体的な会社を示されましたが一般的に「職場が暗い」というのは沢山の問題を含んでいると思います。

職場が「明るい」とか、「暗い」というのは客観的な基準があって言われるのではなく、いわゆる「感覚的」です。
主観的なので、人それぞれかと思いきやそれが違います。

「あの職場って暗いねえ・・・」
という発言に、その職場を知っている人ならほとんどの人が「そうだ、そうだ」と同意します。
つまり、「暗いと感じる職場」というのは、程度の差はあるものの、ほとんどの人が「同じ印象」を持つのではないでしょうか。
第一印象で決まるからかもしれません。

それが案外的確で、無気力な仕事ぶりでミスが多く、低い生産性につながっています。

そこで、「どんなことを見て《暗い》と感じましたか?」と訊ねるといろいろなことが出てきます。
「暗さの要因」と言っていいと思います。

・働いている人に覇気がない。
・声が小さく聞き取りにくい。
・返事をしない。
・動作がノロノロしている。
・整理整頓が行き届いていない。

「暗さの要因」は、そこで働く人たちがつくっているといえます。
問題は、そこにいる人たちはそういうことを強く認識していないということです。
状況に埋没してしまっているといっていいのではないでしょうか。

「職場が暗い」
当事者は案外知らないものだと思います。

「職場が暗いよ・・・」と言ってあげるだけで改善されるかもしれません。
職場の一人が気付き、当たり前のこと当たり前に行うようになれば変わるかもしれません。

「先手の挨拶」
「間髪入れないハイ!という返事」
「基本動作の実践」
これだけ実践するだけで随分変わります。

明るい職場にしたいものです。
posted by 伊藤やすのり at 06:19| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月12日

美しい言葉

一般社団法人倫理研究所が毎月発行している「職場の教養」という小冊子、私は手許においていつでも見ることができるようにしています。

毎日違った内容で、「今日の心がけ」が標語的に示してあり、朝、目を通すと効果的だと思っています。

さて、その職場の教養の今日3月12日は「左様ならば」というテーマの話です。
「何のことなのか?」と思いましたが、「左様ならば」というのは「さようなら」の語源であるという内容です。

昭和の初期、著名な飛行家であるチャールズ・リンドバーク夫妻が来日された時のこと、夫人のアン・モローさんが日本語の別れの挨拶「さようなら」という言葉に感銘を受けたといいます。

「左様ならば」「そういうことであるならば」「ほんとうは別れたくないけれど、どうしてもそうならなければならいのならば」というのが語源であることをしり、「これまで耳にした別れの言葉のうちで、このように美しい言葉を私は知らない」と、後に著書でつづられたとのことです。

日本語はとても美しいと思っています。

日本文化を代表するものでもあります。

ところが、(私の周りにいる)日本人はあまり日本語を大切にしていません。
とても残念なことです。

私も正しい日本語についてよくわかっているわけではありません。
ただ、季節の移り変わりや人の情感の表現が、実に多様で豊かな表現や言い回しのあることを意識するようにはしています。

手許には、日本語に関する本も5冊ほどあります。

日本文化の核ともいえる日本語を正しく使う運動を起こしたいものです。

「言葉の種類や表現の仕方」を求めるだけではなく、「語源」を知ることも大切なことだと思います。
posted by 伊藤やすのり at 05:25| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月11日

人物の研究

今朝のモーニングセミナー、雪の朝とはいえ30人を超える人に集まってもらえました。

このセミナー(倫理法人会の中心的勉強会)は毎週開催されていますが、その内の月一回を私が担当させてもらっています。
勉強になるのは言うまでもありませんが、「同じことを話さない」という自身で縛りをかけており、それなりに苦労をしています。
最近は少しコツのようなものがわかって来て、準備する時間が大幅に少なくなりました。

セミナーでは「理論的な話」というより、「人間学」にまつわる話が中心です。
人がこの世に生を受け、いかに生き抜くのか。
それは「人の道(道理)」に沿った生き方こそが望ましい。
そして、頭で理解するだけでなく、まず実践、まずやってみる・・・というのが倫理法人会の活動理念です。

従って、「実践行動とその結果」という内容ですし、それに自分を重ね合わすことで「学ぶこと、実践すること」が、生活の一部になるような話をさせてもらっています。

その時に、とても効果があると思うことは「人物の研究」です。

今朝の場合は、稲盛和夫氏の話が中心でした。

氏がどういう気持ちで創業され、世襲をされず、自社の経営手法(アメーバ経営)をオープンにしたりされているのはなぜだろう。
そういう気持ちをもって関連初期を読んでみますと、いろいろなことのつながりが見えてきます。

いちばんの繋がりは「根っこの部分」です。
この部分に触れたり、学びを深めたりすることこそが「人物の研究」に他なりません。

そして、その根っこの部分こそが「生き様」だと思います。

言葉を変えていえば「見えない世界」と言えましょう。

こんな風に学びを進めますと、凄い人の共通点として浮かび上がってきます。

活躍された時代が違います。
場所も環境も違います。
にもかかわらず「共通点」があるものです。

伝記を読むのが楽しくなります。
日経の「私の履歴書」が楽しみになります。
それが人物研究であり、「人間学という学び」だと思います。

今朝のセミナーはタイトル(「成功の要諦」)通りというより、稲盛和夫さんの「人物研究」に近い内容になりました。
posted by 伊藤やすのり at 10:57| Comment(0) | ひとづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月10日

気持ち一つに

毎朝ブログを更新していますが、その内容は準備したモノはほとんどありません。
かといって、毎日溢れるほどの話題があるわけでもありません。

まずはネットでニュースを見ます。
次に見るのが「今日は何の日」というサイトです。
毎日が何かの記念日になっています。

こんなことをしながら更新内容を思いめぐらせタイトルを決めます。

今朝は「今日は何の日」から思い出の一つを書いてみます。

1975(昭和50)年3月10日。
この日は東海道・山陽新幹線の全線が開通した日です。
東京から博多までの開通です。

一見希望に満ちたニュースでしたが、日本の産業界は苦しみのどん底にありました。
それは、1973(昭和48)年に起きた「オイルショック」の影響があまりにも大きく、立ち直りの兆しすら見えなかったころです。

74年から75年にかけて、各企業はもっぱら「出を制す」を行いました。
徹底的な経費削減です。
我社も合理化、経費の削減を徹底的に進めていました。
ただ、売上げがオイルショックの影響で三分の一減ってしまい、小手先の対策ではにっちもさっちもいかない状況でした。

その当時の社長は二代目で、創業者からバトンを受け15〜6年経っていたと思います。

経営的にはとても厳しい状況でしたが、消極的になるのではなく常に前向きで挑戦的でした。

象徴的だったのが「教育訓練」です。
規律を重んじ、きびきびした行動をとる。
当時の教育訓練が懐かしくお思い出されます。

今思えば、危機を乗り越えられたのは「教育で気持ちが一つ」になったからだと思います。

新幹線が開通したのに、経費削減で「それより安い移動手段」を探しながらの出張が思い出されます。
posted by 伊藤やすのり at 06:16| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月09日

課題を共有する

昨日「瀬戸市民言論広場」という集まりに参加しました。

ちょっと堅そうなイメージがしますが、「集団で何かを行う」とか、「まちづくりをどうするか」とかを考える際にとても大切なことを学んできました。

それは「課題」を共有するということです。

その前提として「課題というのは何か?」ということを明らかにしておくことが大切です。

「課題」というのは「解決すべき問題」だと理解しています。
そして、「問題」というのは「ある基準とのギャップ」です。
実は、この「ある基準」というのが曲者で、いろいろ存在するために「いろいろな問題」が存在します。

基準というのが「自己基準」という、自身の価値観といったものから「規則、ルール」といった公のものまであります。
公の基準以外は明文化されていませんので、「人によって問題が違う」ということになります。
当然といえば当然です。

こうしたことを認識しておけば実にスムーズに会話が進みます。
会話が成立するというのはこういうことをいいのだと思います。

さて問題の意味が共有できたところでそれが解決すべきことかどうか、つまり「課題」となりうるかどうかということになります。
「課題の創造」という言い方をしたりします。

指摘された「問題」は、どんな悪さ加減があるかということです。
問題を放置しておくことによって発生しうる「マイナスな事柄」をはっきり認識しておく必要があります。

このことをはっきりさせることこそが、課題として認識するポイントだと思うし、効果的な対策を考える上でもとても重要です。

こうした「考える過程」を再確認する機会でもありました。

何が問題なのか。
そしてそれは課題であるか。(つまり悪さ加減が明確に認識されているか。)

こんなやり取りがあり「共有する課題」が明らかになりました。

初めての会合でもあり、参加者の戸惑いもありましたが改めて課題の共有が重要であることを感じました。

会社、団体など、あらゆる組織において「協力一致」できているというのは、メンバーが「課題を共有しその解決(対策)行動の足並みがそろっている」ことをいうのだと思います。

posted by 伊藤やすのり at 05:34| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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