2015年04月30日

御礼

2007年7月ブログを始めました。

トップの考え方を管理者に正しく理解してもらうために「役員サロン」とし、日々の出来事にどう対処されているかを紹介しました。
2011年の選挙を機に、私自身の思いを中心に更新し続けました。

毎日継続することで、多くのことを学びました。

その中で最も強く感じているのは、「思考は文字にすることでより明確になる」ということです。
更新し続けながらいつしか「思考の記録」となってきました。

そして私自身の立場が大きく変わることになりました。

さる4月26日、瀬戸市長選挙で当選させていただきました。
そして5月1日より市長としての仕事が始まります。

このブログを継続するか否か、いろいろ考えた末終了することにしました。

皆様には大変長くお付き合いをいただきました。
コメントや意見なども数多くいただきました。
そしてそれが継続の励みでもありました。
本当にありがとうございました。

この更新をもって『伊藤やすのりブログ』を終了とさせていただきます。
posted by 伊藤やすのり at 05:35| Comment(2) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月23日

ウグイスさんのこと

選挙戦も中盤です。

雨の日曜日に始まりました選挙戦ですが、毎日街中を走り回っています。

今回は街宣車と別行動をとることが多く、私は個別の対応をしつつ、街頭演説のたびに街宣車と合流しマイクを握っています。
街宣車はウグイスさん中心になりますが、今回は多くのボランティアさんが参加してもらいました。
選挙戦が始まる数日前に、専門家から「発声」や「呼びかけの内容」についての指導をしてもらいました。
同席はしませんでしたが、皆さんとても真剣だったようです。

街宣車からの呼びかけは、候補者の「名前の連呼」が多いのが一般的です。
懸命になればなるほど、「名前の連呼とお願いの言葉」だけになってしまいます。

致し方ないなあとは思いながらも、聞く側のことも考えなくてはなりません。

昨日、ウグイスさんのことについてとても嬉しいメッセージをいただきました。
フェイスブックの友達からです。

『やすのりさんの街宣車とすれ違いました。
丁寧にウグイスされているのが印象的でした。(中略)
応援しています。』

何よりの言葉です。

早速スタッフの皆さんに紹介し、「言葉は耳だけではなく相手の心に届けましょう」、と話そうと思っています。

素晴らしいスタッフに恵まれています。
それに甘んじることなく、最後まで頑張り抜く決意をあたらにしています。
posted by 伊藤やすのり at 05:21| Comment(1) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月22日

街頭での演説

今回の市長選挙では初めて本格的な街頭演説を行っています。
先回の選挙では、街宣車を止め、自身の主義主張を述べたのはごく僅かでした。

19日の告示日から、毎日2時間おきに街頭演説が計画されました。
でも、初日が済んだ段階で「もっと回数を増やそう・・・」ということになりました。

演説場所が決められ、予定した時間に街宣車、運動員、それぞれが集結します。
私もまた集合し、演説が始まります。

決められた原稿があるわけではありません。
時間も内容も候補者に任されていますが、これがなかなか難しいものです。

場所の多くは交差点とか大型店舗の駐車場あたりです。

聞いてくれる人がいなくても始めます。

三日間行って少し慣れてきました。

第一声は、話をする主としての自己紹介と、騒がすお詫びの挨拶です。
そして次の一言です。
いろいろやってみましたが、一番いいと思っているのは「呼びかけ」です。
「皆さん、今の瀬戸市をどう思っていますか?」
「今の暮らしはいかがですか?」

そのあとに続くのは、私の耳に入ってくる声をいくつか紹介します。
それらを裏付けるようなデータなども紹介します。
そして、「瀬戸市の課題は何か」、と話を進めます。

その課題を解決するために「立候補」をしたこと、そして掲げている解決策こそが「公約」であることを説明します。

最後に、「力を貸してほしい」「一緒に瀬戸市を変えよう」と働きかけ、投票のお願いをしています。

ゆっくり、ゆっくりと。
短い言葉で。
こんなことを心がけています。

そんな演説を、足を止めて聞いてくれる人がいます。
ハンドルを握りながら手を振ってくれる人がいます。

そして、10人余の運動員や街宣車の人たちが手を振りながら応援してくれます。

街頭演説の意義が少しわかってきました。
感謝の気持ち一杯です。

今日も思いを訴え続けます。
posted by 伊藤やすのり at 05:49| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月21日

街宣活動

選挙活動の中でウエートの高いものに「街宣活動」があります。
ルールのもとに行われますが、時に、行き過ぎた活動もあり十分注意して行わねばならないと思っています。

昨日、街宣車に支援いただいている国会議員に乗っていただきました。
何と2時間です。

嵐のような天候であり、街頭演説はやめもっぱら車の中からマイクを使っての「お願い」でした。
あの「名前の連呼」です。
でもさすがです。
途中に私の名前の連呼が入りますが、「呼びかけ」「問いかけ」「お願い」「お詫び」「感謝」などの言葉が一杯でした。
「勉強になる」というより、「凄い!」という感じでした。

2時間走り回りました。
殆んど先生がマイクを握っていました。

私も話しました、・・・が、2〜3分のご挨拶を4回ほど行い、あとは全て先生のアナウンスでした。

最も凄いと感じたのは、私が話した内容をすぐに取り入れられるということです。
恐らく、多くの言葉の中から感覚的に響く言葉を選び出されているようです。
いわゆる話し言葉ですからテンポも必要です。
でももっと大切なのは「印象的で心に残るフレーズ」です。
それが、「名前とセット」だと申し分ありません。

街宣活動の究極の狙いではないでしょうか。

では、どうしたらそういう言葉を見つけ出すことができるかということです。

よくわからないというのが実際ですが、一つ感じたのは「目的」とか「狙い」が明確であって、その一点に集中しているということです。

ともすれば、あれもこれもと考えがちですが、「狙いは一つ」(伊藤のことを覚えてもらう)、それを実現させるために何を言えばいいのかを考え、思いついたことをすぐに話しの中に盛り込んでみる。
言葉としていい感じならそれを使い続ける。

こんなことを繰り返しやっているように思いました。

とにかく充実した2時間でした。

posted by 伊藤やすのり at 05:55| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月20日

個人演説会

選挙活動の中で、個人演説会はとても重要な活動だと思っています。
でも、これを行うためにはとても多くの協力者が必要です。

選挙活動に協力いただくのは原則ボランティアであり、多くの協力者を得ることは大変なことです。

一日に二つの会場で、選挙活動期間中毎日開催しようと計画しています。

私の主張を一人でも多くの人に聞いてもらいたいというスタッフの気持ちからそういう計画になっています。

初日の昨夜の場合、二カ所で開催させていただきました。
二つの会場共に満席でした。

つい力が入り、予定より長めの演説でした。

概ね15分間程度で組まれていましたが、20分以上も話してしまいました。

二会場での演説内容は「訴えたいことは一つ」ですが、導入の話は全く変えています。
その会場での雰囲気で話し始めます。
朝からの活動の中で感じたことから話し出すケースが多いです。

話しをさせてもらって気付くことがあります。

「訴えたいことの伝え方」の「効果的な言葉や流れ」です。

同じ内容を何度も話しながら、その表現方法や流れが「固まっていく」、という感じです。

いつも心がけていることは、「素直な気持ちで話し、聞いてもらっている人たちの反応を確かめながら・・・」です。

今日もスタッフのお蔭で二カ所で個人演説を行います。

どれくらいの方々が来ていただけるかわかりませんが、感謝の気持ちで精一杯話そうと思っています。
posted by 伊藤やすのり at 05:30| Comment(3) | 行政改革 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月19日

選挙戦のスタート

いよいよ瀬戸市長選挙の始まりです。

昨日まで準備をしてきたことで思うのは、実に多くの方々のご協力を頂いているということです。
感謝しきれません。

今日からの一週間、更に「お願い」をし続けることになります。

ご支援に報いるために懸命に活動することしかありません。

ゴールに向けて走り続けます。
よろしくお願いします。
posted by 伊藤やすのり at 05:25| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月18日

解決策の検討

先回「課題の特定」まで書きました。

つまり、解決すべき問題をはっきりさせたわけです。
市政運営において、改善すべき問題は山ほどあると思います。
沢山な問題の中から、「マイナスが大きい」とか「解決を急ぐ」というような観点から「解決すべき問題」を選びます。
それが瀬戸市では「生産年齢人口の減少傾向」」だと考えています。

従って、この解決策を考えるということは、全て「減少傾向に歯止めをかけるには?」ということになります。
ここで並行して「若い世代が瀬戸に住みたくなるような施策は?」とも考えました。
現在、明らかにしています政策や諸施策は、全て「生産年齢人口の減少に歯止めをかける施策」ということになります。(ホームページなどでご覧下さい。)

次に、これらの施策を考える時に留意したことを紹介します。

第一は、「瀬戸が持つ力を発揮する」ことです。
第二は、「瀬戸が持つ財を活用する」ことです。

もちろん予算をつけることも必要になるでしょうが、まずは「あるもので何とかできないだろうか?」と考えています。

重要なのは、その時に慣例とか、縦割り行政による弊害にどのように対処するかです。
私自身、変更することに積極的に取り組みたいと思います。

「瀬戸が持つ力」
実際どれほどのものか想像がつきません。
故に希望が持てます。

「市民」「地域」「企業」が地域社会のために本気で力を発揮したならば、かなりのことができるのではないかと思っています。
市民や企業を信じ、共に改題解決のために歩みたいと考えていますし、そういう瀬戸市にしたいものです。

もう一つの「財」(たから)も同じことで、「価値のあるモノ」は有形無形、瀬戸市には沢山あります。
これを活用することにより、課題の解決につなげることは可能だと思います。

こうした考えを基本にしていろいろ考えました。
これで満足しているわけではありません。

実行のための計画化は今後進めねばなりません。

解決策の検討にあたっては、広い範囲から意見を集めることでしょう。
私はそれを、「きくこと第一主義」と言っています。
posted by 伊藤やすのり at 09:30| Comment(1) | 行政改革 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月17日

課題を共有する

いよいよ選挙戦がスタートします。

統一地方選挙の後半戦。
瀬戸市では市長と市議会選挙が同時に行われます。

19日が告示、26日が投開票となりますのであと2日と迫りました。

昨晩は、市長立候補予定者5人による公開討論会が開催されました。
その内容はケーブルテレビで生中継され、多くの市民に見て頂けたと思います。
一方、FBなどで討論会の内容や進行に多くの批判が寄せられました。
その多くは「ごもっとも」、という感じでした。

今後しばらくは、私自身が主張したいことを述べてみます。

『課題を共有する』
民間企業ではごく当たり前のことです。
でも、行政運営においては必ずしもそうではないようです。

今、瀬戸市で派内にが一番の問題ですか?と問われたら、なかなかまとまりません。
ここでいうまとまりとは、「全体的に勘案して一つ二つに絞る」、ということではありません。

「発言された全ての問題」について「ほんとうに問題ですか?」と問い直すべきでしょう。

問題とは、「何かの基準とのギャップ」ですからまずはその基準を明らかにしなければなりません。

自分自身の「感じ」だけで「問題だ、問題だ」と言っていることが少なくありません。
やはり「公の基準」とのギャップを問題にすべきでしょう。
そして次のステップが「課題かどうか」ということです。

課題とは「解決すべき問題」のことであり、その問題が「どんなマイナス」を作り出しているかを議論します。
その「マイナス」(あるいは悪さ加減)の大小(損失とか影響)により優先順位を決めるべきでしょう。

こうして課題が明確になります。

このプロセスを経て私が思う「瀬戸市の課題」とは、『生産年齢人口の減少傾向』です。
『生産年齢人口』とは、15歳〜64歳までの「社会の担い手」です。それが『減少傾向』です。

減少の傾向が止まらないというのは「行政が手を打っていない」ということも言えます。
いうなれば、今までと同じ施策では「ダメだ」ということです。

『生産年齢人口の減少傾向』という課題に対し、歯止めをかけるため方策をいろいろ考えました。

次回はそれを紹介します。
posted by 伊藤やすのり at 06:09| Comment(2) | 行政改革 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月15日

春の長雨

昨日(4月14日)の中日新聞の夕刊一面に『春の長雨 今年は特別』という見出しがありました。

よく降りますねえ。

昨日の雨は春の雨というより、夏の雨でした。
春の雨は「やさしく」感じるものですが、昨日の雨は「激しく、叩きつける」ようでした。

夕刊では、「今年の雨は特別!」と書いていました。
今月下旬まで前線が停滞するのではないかと言われています。

振り返ってみますと、桜の開花が始まり見ごろになったのが3月末でした。
ところが雨が降りはじめ4月になっても晴れ間がありません。

それでも4日の土曜日は晴れました。
この地では各所でお花見会が計画されており、皆さん大いに楽しまれました。
ところが翌日の日曜日は土砂降りでした。

4月に入って昨日までの14日間で、雨が降らなかったのはたったの二日間でした。
4日と12日です。
やはり特別なんでしょう。

新聞によれば、これほどの長雨は歴史的にも珍しいようです。
《名古屋地方希少だなどによると、1883(明治16)年の統計開始以降、今月1〜13日で11日間の雨は、1908年と59年に並び史上最多。》とのことです。

加えて雨量も多いようで、この13日間で83ミリ(名古屋)で、昨年同期に比べて7倍以上だそうです。

この地(瀬戸市)では、昨日の降り方から見てもっと多かったように思います。

春に雨が降り続くことを「春の長雨」とか「菜種梅雨」とか言われます。

そんな昔ながらの風情とは縁遠いような雨量だったと思います。
今朝、東の空は明るくなってきていますが、予報では傘マークがあります。
もうしばらくは雨模様が続きそうです。

体調管理にはお気を付けください。
posted by 伊藤やすのり at 05:50| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月14日

スピーチ指導のポイント

昨日のブログの続きです。

子どもらに、「生きた言葉で語る指導」をされている、パッカーズ寺子屋塾の木村塾長がそのポイントを述べています。
3つの指導ポイントがあります。
@話の聴き方をかえること
Aスピーチ原稿との対話を重ね、心の奥底に眠っているものを引き出す
B心揺さぶられる素晴らしい体験のすすめ

@とBは、日常生活で気をつけ、意識して実行することだと思います。
特に、人の話を「よく聴く」ということは大事だと思います。

「よくしゃべる人は、人の話をあまり聞かない」
「よく語る人は、人の話をよく聴く」
日頃感じていることです。

話し上手は聞き上手だとも思います。

人の話を「受け身で聞き流す」のは、もったいないことで、自身の学習機会を捨てているようなものだと思います。

今回の記事で新鮮に感じたのはAの項目です。

「スピーチ原稿をもとに「対話」を重ね心の奥底に眠っているものを引き出す」、と言われていますが、具体的には次のような質問を発することのようです。
《なぜそう考えたのか?》
《きっかけとなった具体的体験は何か?》
《将来何をしたいのか?》

これらを自問自答することこそが「原稿との対話」といわれます。

つまり、原体験とか問題意識、更には将来への夢とか希望ということとの関わりをはっきりさせようというのでしょう。
それがはっきりすれば、「自分の言葉」と「借り物の言葉」との違いがはっきり分かるというのである。

何となくわかったきたような気がします。

n「生きた言葉」で話すことの重要性は理解できまs
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2015年04月13日

生きた言葉で語る

自分の気持ちを率直に語るというのは難しいものです。

ここ数年、地域の課題や解決策についてお話しする機会が増えました。
地域の行政改革について意見を述べるのであり、当然といえば当然です。

依然は会社の経営実務とか、人間学の学びの一環として人物を語ることが中心でした。

双方について共通していることですが、自分の気持ちを率直に語ることは難しいと常に思っています。

そんな中、改めてスピーチを見直すべきだという記事がありました。

産経新聞の4月9日版。
「解答乱麻」という欄で、木村貴志さん(パッカーズ寺子屋塾長)が「生きた言葉で語る指導を」と題して持論を述べていました。

10歳から15歳の子どもたちを教育するパッカーズ寺子屋では、スピーチ指導を重視されているそうです。

指導されていて、最も苦労されるのは染みついた習慣をとることだそうです。

強固に染みついた3つの習慣が紹介されていましたが、ハッとしました。
自身の問題点を指摘されているようでした。

その3つの習慣と、それが何故だめなのかの解説です。

@書いてきた原稿を読む
A原稿を暗記して話す
Bそれらしいことを言おうとする

まず、「書いてきた原稿を読む」というのは、紙切れを相手として話すことだし、「暗記した」ことを話すの野は自分の記憶と対話することでしかない・・・と、手厳しい。

これは、目の前の人間を尊重し心から自分の思いを伝えようとはしていない。

確かに指摘の通りです。

要するに、「書き言葉」と「話し言葉」とは違うということ。
言語の働きが違うので、「書き言葉」で話せば、かたくて舌に乗らず、人間らしい感情は伝わらない、という指摘です。

「それらしい良いこと」を語っても、それは自分を良く見せようとの作為や自分の考えを持たぬ空虚さでしかない・・・。

厳しいがよくわかる。
振り返ってみると、指摘の通りである。

「生きた言葉で、率直に語る」
この原点をもう一度確認しなければいけないと思っています。

posted by 伊藤やすのり at 09:21| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月12日

人生の肯定と否定

「人生の肯定と否定」
ちょっと難しく感じられるかもしれません。
これは、私も属している倫理法人会の会員に対し、毎週送られてくる『今週の倫理』にかかれていた言葉です。

わかりやすく言えば、世の中で起きる「いやなこと、困ったこと」に、どのような心構えでいるかということですが、倫理では、「すべてを肯定的にとらえ、受け入れなさい」と教えられます。

初めてこの話を聞いた時は、「そんな理不尽な・・・」と思いました。
「いやなこと、困ったことをすべて受け入れるなんて・・・そんなことできません」と思いました。

あらゆる困難に対しても「喜んで受け入れなさい」・・・と。

なかなか受け入れられるものではありません。

ただ、多くの人たちの体験を聞くうちに気持ちが少しづく変わっていくことを感じました。

目の前に現れた困難なこと。それを肯定しなさい。
更には・・・
「その困難はあなたにとって必要なことなんですよ」・・・とまで言われました。
このことを「要物必与」といいます。

「その人にとって必要だから現れた。」「与えられたんですよ。」
困難なことに対する極めて積極な心構えです。

この話(実践体験)を何度も聞くうちに実践しようという気持ちになってきました。

実感としては「気が楽」になったような気がします。

『今週の倫理』(919号)の締めくくりの文章を紹介します。

《病気などは人生の最大不幸のひとつだが、病気にかかったら、
「この病気にかかった。よろしい。これも原因があってなったのだから」とまず肯定して、ではこうしようと心構えを決めることだ。

これに反し、その病気をきらい、おそれ、心配ばかりして否定していると、ますます病気は重くなり、正しい解決法ができにくくなる。》

posted by 伊藤やすのり at 07:09| Comment(2) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月11日

社員食堂

我社(河村電器産業)の社員食堂は、誇れる施設の一つです。
多くの来訪者がありますが、ほとんどの方にお褒めいただきます。

そもそも我社の社員食堂には、現会長の強い思いが入っています。

それは、創業者から引き継がれている社員への思いやりと言っていいと思います。

創業者は明治生まれ、子供の頃から大変苦労された人です。
子供の頃、「家族愛」に恵まれなかったこともあり、会社創業時から「社員は家族の一員」というのが口癖だったようです。
いつの頃から、お昼を会社で用意するようになりました。
近所に住まう社員の奥さんが、昼食準備の手伝いにみえていたようです。

二代目の社長はよく社員と一緒に食事をされました。

私が営業所長(東京都葛飾区亀有)を拝命した頃のことですが、社長が出張で来られ、夕ご飯に手料理をしてもらい所員全員で頂いたことがあります。
40年も前の話ですが、以来、会食する機会が多くなり、一般的な会社に比べ幹部との会食は多いと思います。

そして三代目(現会長)は、社員食堂に対し独特の考えを持って整備を進められている。
新築で手掛けられたのは本社地区ですが、既存施設も順次改装されてきました。
一番新しいのが山の田町にある本地工場の社員食堂です。

生産活動をする工場とは別棟の食堂施設です。

食事は仕事をしている中で、楽しみの一つです。
「職場から離れ、僅かな時間ながらくつろぎの空間の中で食事を楽しんでもらう。」
これが「別棟」にしている思いです。

この本地工場内の施設は、斜面を利用した建物で、窓からは大きな池(農業用水池)を中心にしたは庭園が望めます。
春の桜、秋の紅葉は見事なものです。

庭園内には番地なども整備されており、昼休みなどに利用されているようです。

私はこの施設を、地域の人たちにも利用してもらってはどうかと考えています。
地域貢献の一つにしたいと思っています。

posted by 伊藤やすのり at 06:46| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月09日

三つの基本

今、多くの企業で新入社員研修が行われています。
当社でも例年の如く行われていますが、社会人一年生に知ってもらいたいこと、会得してもらいたいことがそれぞれで、内容や進め方はいろいろあるようです。

歴史的にも変化があります。

我社は一時「新入社員訓練」と称し、富士宮にある管理者養成学校の「地獄の訓練」を模した教育訓練をやっていたことがあります。
7〜8年続いたと記憶しています。

内容は「基本動作の徹底」でした。

「キビキビした動作や行動は、ものの考え方までも変える」という考え方でした。

大きな声であいさつをする。
椅子から立つ、座るなど素早く音を立てずに行う。
入退室は会釈とあいさつをする。
会議などのの始まりには全員起立し、「お願いします」とあいさつする。

こうした動作や行動を訓練を通じて会得するのです。

それは今でも残っており、実践されているkととです。

ただ、そのことだけに終始する「新入社員訓練」はなくなり、基本動作の徹底は教育の一部となりました。

昔から継続されていることは「挨拶」と「返事」、それに「ホウ・レン・ソウ」です。
現場における「報告」「連絡」「相談」は特に強調されています。

先日「職場の教養」4月号を見ていて、「三つの基本」という記事を見つけました。

@「おはようございます」と自分から先手であいさつを行う。
A名前を呼ばれたら「ハイ」と心を込めて、感じのいい返事をする。
B「ありがとう」という感謝の心で、全ての後始末をきちんと行う。
とありました。

「挨拶」「返事」「後始末」です。

「後始末」は忘れがちです。

端的な言い方で、基本を徹底したいものです。
posted by 伊藤やすのり at 06:15| Comment(0) | ひとづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月08日

光り輝く愛知

4月5日の中日新聞に、二面を使っての愛知県広報がありました。
新年度の主要政策と予算概要が示してありました。

今、統一地方選挙の真っ只中であり、候補者の主張と比較をしながら見てみるととても参考になると思いました。
率直に思うのは、「広報の果たす役割は重要だ」、ということです。

掲載された内容を、それぞれにじっくりと考えてみたいと思っています。

大村知事が目指しているのは『光り輝く愛知』をつくということです。
東京への集中が問題視されるようになって随分時間がたちます。
国の真ん中にある愛知の存在感を高め、国をリードしていこうとする気概が強く感じられます。

全国の各府県がこうした気概を持つべきだと思います。

そうした中から、1980年代までの経済成長モデルとは違ったモノが生まれてくるような気がします。

掲げられている政策は15あります。
それぞれが重要なことだとわかりますが、「従来とは違う」ものもいくつかありました。

、と感じるのもいくつかあります。そうした観点から至上主義からすが、
posted by 伊藤やすのり at 13:17| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月06日

学校の再編

文部科学省から小中学校統廃合の方針が示されました。
小中学校の統廃合は少子化傾向が進む中、致し方ないのかもしれないが十分に議論しなければならない問題だと思います。

昨日の中日新聞にも、豊橋総局長の間野さんが意見を述べていました。
(「あいち現場考」欄)
新城市にある連谷小学校の様子と共に、2015年度末に閉校となることに触れ、
《人数が多ければ社会性が付くとは限らない。小規模にも限界はあるが、自分の価値が見い出しづらい社会にあって、一人一人大切に思われていると感じて子どもが育つのなら、小さな学校こそ、今まさに必要ではないか。》と結んでいました。

確かに一理ある意見だと思います。

ただしこれは、「子どもは多くの友達に囲まれて、社会性をつけなければならない」、という小規模校の解消を説く公的文書に反論されているのであり、もっといろいろなことが絡み合っており、それほど単純なものではないと思います。

私はまだ結論を見出してはいませんが、議論の進め方として一つは「子どもを育てる」という視点、もう一つは「学校という施設の存在意義」という二つの視点で議論を深めた方がいいと思っています。

戦後教育を振り返り。
学校での教育のありよう。
家庭(あるいは地域)教育のあり方。
などなど、どんな大人になっていってもらいたいのか。
そんな子育てプランが必要だと思います。

当然のことながら、大人たちの役割も明らかにした方がいいと思います。

また、学校の地域における存在意義や卒業生らの思いも無視できるものではありません。
生まれ育った地域に学校が存在しているからこそ「ふるさと」と言えるのかもしれません。

こうしたことを、ひとつづつ整理し、現代の価値観に移し替えていくことを並行して考えていかねばなりません。

それほど時間があるわけではないと思います。

結論を急がされると思いますが、実のある議論を重ねたいものです。
posted by 伊藤やすのり at 06:18| Comment(0) | ひとづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月05日

「一」という言葉

昨日の土曜日、瀬戸木鶏クラブの例会が開催されました。
今回で81回となりました。

いつものように私から挨拶をして始まりました。

最初は「致知」4月号の特集の意図が示されている編集長の文章を輪読します。
今号の特集は「一を抱く」でした。
毎回書かれているものですが、約1400文字位で、特集に対する思いが述べられています。
通称「総リード」と言われています。

さて、この「一」というのがなかなか難しいものです。

一般的に「単位」だと理解しますが、この漢数字は「はじめ」とも読まれ、そんな単純ではありません。

今回の総リードでは、二種類の「一」が書かれていたように思いました。

一つは、明治天皇がつくられた和歌(御製)を引用され、事の本質とか源のような意味で「一」を使われているようです。
つまり、明治21〜2年の頃、日本は西欧から技術文明が怒涛のように入ってきていたようです。
陛下は、全国民が西洋に心を奪われ浮き足立っていることに憂いを持たれた思いを歌に託されたようです。

《日本は日本を日本たらしめているものを見失ってはならぬ・・・明治天皇が抱かれた一とはこれではなかったろうか。》
こんな言葉で説明してありました。

もう一つの話は、裏千家の千玄室宗匠と女優の山本富士子さんの人となりについてです。
(お二人は致知出版社の新春大会で講演をされました。)

このお二人の共通点として「その道一筋」というのがあります。
この「一筋」ということを「一」として使われているようでした。

勉強会での話し合いの中では、「ことの源」について話が集中しました。
国としての源、それは「明治の時代」に形成されたものだったではないでしょうか。

途中から軍国主義がへと舵を切ったのは間違いだったとは思いますが、国の本質(源)にあっては失われていなかったと思います。
それが「教育勅語」だったり、教育システムだったと思います。

なのに、大東亜戦争の敗戦により「すべてを否定」する内容に変わってしまいました。

「もう一度原点にもどろうよ・・・。」
そんなことを確認した例会でした。
posted by 伊藤やすのり at 07:41| Comment(0) | ひとづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月04日

大和言葉

《日本語の単語には「大和言葉」「漢語」「外来語」の三種類があり、それらをうまく使いながら会話をしている。》
こんなことを最近知りました。
「大和言葉」というものがあることは知っていましたが、理解は曖昧でした。

外来語も知っていました。
本来は日本語とは言えないですが、一般的に好かわれるようになり「日本語の単語の一つ」として理解されているようです。

この「大和言葉」、現在ブームだそうです。

私は新聞の書籍広告でそれを知りました。
購入しようと思い、広告を切り抜いておきました。
『日本の大和言葉を美しく話す』(高橋こうじ著、東邦出版株式会社)という本の紹介にこんな文章がありました。
《すぐに使える大和言葉を350以上収録。日本人が育んできた知的で優雅な「余韻を残す言葉づかい」が身につく。
ブーム到来で19万部突破!》

気をつけていると、週刊誌でも「特集」をしていました。

この本、先日手に入りました。
購入したわけではありません。
知人が「興味がありそうだから・・・」と、読み終えた本を私にくれました。

日常で、何かを強く意識しているとこういうことが起きるものです。

さて、「大和言葉とは?」ですが、特別な言葉ではないようです。
「大和言葉」と「漢語」の違いは実に簡単で、「訓読み」か「音読み」かの違いです。

今まで意識せずに使っています。

本では冒頭『「大和言葉」は唱歌によく使われている』と紹介されています。
唱歌、「ふるさと」の中に出てくる「山」「川」「ふるさと」というのは大和言葉。
これを漢語で表現すると、「山地」(さんち)、「河川」(かせん)、そして「故郷」(こきょう)というわけです。

大和言葉は「心にしみる特性がある」とも説明しています。

唱歌を歌ったり聞いたりすると「心にしみる」と感じるのは使われている「大和言葉」のせいなんだと改めて感じました。
posted by 伊藤やすのり at 07:20| Comment(0) | ひとづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月03日

国のことを思う

統一地方選挙が始まっています。

この地方では愛知県県議会議員選挙が今日告示です。
9日間の戦いが始まりますが、実に静かです。
それが何を意味しているかと言えば、選挙への無関心さだと思います。

投票率が低いという結果は、いろいろなことを考えさせられます。

「投票に出かけさせる工夫が足りない」とか、「そもそも政治に関心がない」とか言われています。
でも、それに対する対策が打たれているようには感じません。
結局はこのことが「課題」であるという認識が低いのではないでしょうか。

では、もう少し深く考え、なぜ「関心がない」のでしょうか。

いろいろ議論はあると思いますが、その一つに「国を思う気持ちが薄い」ということがあると思います。

こんな調査結果があります。

『国のために戦う意思』があるかどうかについて世界64カ国(地域)で実施した世論調査です。
欧米諸国が下位に並び、上位にはパキスタンなど情勢が不安定な国が目立った結果(84%〜94%)でしたが、日本はなんと「最下位で11%」でした。(中日新聞)

今の日本で「自国のために戦う」ということがどんなことなのか、多くの国民が想像することすらできないのかもしれません。

「国のために戦う意思」があればいいというわけでなく、「自国のことを思う」ことは国民として当たり前のこと。
それが基本となり、県とか市町村について「思う」ことにつながっていくと思います。
それはとりもなおさず「政治」への関心を高めることになると思います。

やはり、教育に早く手を打つべきだと思いますが・・・。
posted by 伊藤やすのり at 06:12| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月02日

生涯現役

「生涯現役」
人生の過ごし方は人それぞれですが、私は「生涯現役」を生き方の理想だと思っています。
そんな社会に少しでも近づけたいとも思っています。

自身が40代の頃はボンヤリと思っていました。
両親の働く姿を見て、何となく思っていたことが8年前に出会った純粋倫理で確信しました。

「働くことは生きること、生きることは働くこと。」という一文との出会いであり、「喜んで働く」という「喜働精神」を学ばせてもらいました。
頭に浮かんだのが「生涯現役」という言葉でした。

3月29日の産経新聞に、大和ハウスさんが「生涯現役」という雇用制度を導入したという記事がありました。
大手企業では無理だと思っていただけに、驚きと共にさすがだと思いました。

65歳で定年とし、その後は再雇用として「無期限で働き続けることができる」、という制度だそうです。

契約は一年ごとで、会社が必要と認め一定条件を満たさねばなりませんが、未期限とはすごいことです。
似たような制度を導入している企業でも、そのほとんどが70歳までとしているようです。

雇用する側にとっては、定年年齢に達した人が持っている無形の資産を組織内に伝承したいと思うでしょうし、働く側は「生き甲斐」の一つとして前向きに取り組めると思います。

とはいえ、企業という組織ではなかなか難しいところもあります。
素晴らしい制度ですが、それをうまく運用していくためには「きめ細かな」対応が必要です。
大和ハウスさんならそれが十分用意されていると思います。
年齢が高くなればなるほど「個々人別の対応」が必要となるからです。

目を転じてみれば、零細企業ではごく当たり前に「生涯現役」が行われている現実があります。
これが、働く側や雇用する側の当たり前の姿になってもらいたいものです。

私はこうした現実を踏まえ、企業との雇用関係以外に「生涯現役」という仕組みをつくりたいと考えています。
それは、皆が元気なうちは「公益に資する仕事」に携わってもらう社会です。
つまりは「世のため人のために自分の力を使ってもらう」、ということです。

「ボランティア」とか、昔あった「勤労奉仕」など、素晴らしい精神が日本人にはあります。
これを活かすこと、それが生涯現役社会であり、「生きることは働くこと、働くことはみんなに喜んでもらうこと」だと思います。

posted by 伊藤やすのり at 06:06| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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