2015年03月16日

愛国心はけしからん?

昨日の産経新聞です。
「解答乱麻」欄で、『「愛国心」はけしからん?』という見出しがありました。

これは、道徳の教科化をめぐり文部化科省が公表した「学習指導要領(案)』に対するパブリックコメントについての論評記事でした。
貝塚茂樹氏(武蔵野大教授)の主張ですが、「愛国心はけしからん」と言っているが、本当に意味が分かっていっているのか、というパブリックコメントへの批判でした。

私は貝塚教授の意見に賛成です。

寄せられたコメントも、何か意図が感じられるとし、次のように述べています。
《道徳の教科化をめぐって文部科学省は、さる2月に「学習指導要領(案)」を公表し、広くパブリックコメントを求めた。
これに合わせて複数の新聞、テレビは教科化への危惧を前面に押し出した報道を行い、インターネットでは、パブリックコメントに教科化を反対を促す呼びかけが繰り返された。

特に小学校低学年で「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着を持つこと」が加えられたことに激しい批判が向けられた。
低学年から「愛国心」を教えるのはけしからん、ということのようだ。》(以上原文引用)

「価値観の押しつけがけしからん」と言っているようですが、これをやらなかったから今日の日本の現状があるのではないでしょうか。
「我が国の郷土や文化と生活に親しむこと」「愛着を持つこと」にどんな問題があるというのでしょうか。
国民として、最も基本的な「価値観」だと思うし、それを低学年から教えることは当たり前の「躾」だと思います。

「愛国心」について、改めて考える機会です。

貝塚教授が述べています。
「愛国心とは何か」を。

戦後日本では「愛国心」は常にタブー視されてきました。
中でも教育界は顕著でした。
国家を否定することが「いつか来た道」へ進まないという言説が一般的でした。

でも、そうではありません。
愛国心というのは「我が国の歴史への共感」から醸し出されるものだという説明です。
これもまた私は共感しました。

《本来「愛国心」とは、決して自国の正しさや美点のみを強調することではなく、「日本の過去に生きた人々の様々な事業や苦難や幸福や不幸や、さらには、それに書した精神の構えへの『共感』のなかからうまれる」はずのものである。》(坂本多加雄氏の論)

歴史をきちんと勉強する。
歴史上の人物から生き方を学ぶ。
こうしたことが基本にあり、それら全てに共感することで愛国心が生まれるとすれば、単に「道徳の教科化」を各論的に論じることが適切ではないかもしれません。

国民としてのあり方を、もっと素直に考えたらそれほど難しい問題とは思えません。
posted by 伊藤やすのり at 05:53| Comment(1) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私も伊藤さんに同感です。
思うに、右翼的思想家に「愛国」とか「憂国」というイメージで使われている言葉がアレルギーな人たちがいるのも事実です。
私は「道徳」という言葉にもなんらかのアレルギーが浸みてるような感じがします。大切なのは「日本人の良心」を共有してこそ愛国心が活きると思います。
Posted by 安藤ムイ at 2015年03月16日 07:11
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