2015年03月22日

機械の奴隷

昨日、知人から誘われ「お茶会」に参加しました。

「お茶会」といっても、あの茶道の世界の「お茶席」ではありません。
お年寄りがお茶とお菓子を持参して集会所に集まり、おしゃべりを楽しむという「お茶会」でした。

私は初めての体験でしたが、すぐに雰囲気にも慣れ、心安らぐ時を過ごさせていただきました。

普段はそれぞれの生活を営んでみえますが、月に一度、顔を合わせよもやま話をする。
たったそれだけで、とても多くの気付きがあると思います。
一つの話題から、次から次へと話に花が咲きます。

笑いもあります。
お互いが新たな発見もあるようです。
コミュニティーの原点だと思いました。

こんな素晴らしい機会があるかと思えば、その逆もあります。

2週間ほど前の新聞記事。
気になって保管してありました。
機会を見つけてブログに書こうと思っていました。

その記事(3月8日産経新聞「母と子の未来」・西舘好子)の見出しは「人間が機械の奴隷でいいのか」というもので、共感した内容でした。
要するに「子供の頃からまるで機械に使われているようだ」、という問題提起でした。

西舘さんは、家にやってきた孫たちが、片時もスマホを離さずひたすらに操作をしていることに強い危機感を持たれたようです。
《文明はどんどん人間の能力に換わるものを作り出していく。
その反面、人間から人間らしさを奪っていくのだ。

一日中スマホにかじりついている子どもたちから表情が消え、語彙は貧しくなるばかり。
機械の上で仮想(バーチャル)人生がつくられていく。
人間が機械の奴隷と化し、人の和も縁もぬくもりもなくなったら、この世は一体どうなってしまうことか。》(以下略、原文引用)

恐ろしいことです。

地域で何とかしなくてはいけません。
いえ、「何とかなりそうです」。

冒頭紹介した「お茶会」。
ひと工夫すれば、子どもらを機械の奴隷から救い出すことができるのではないでしょうか。



posted by 伊藤やすのり at 06:52| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。