2015年03月16日

愛国心はけしからん?

昨日の産経新聞です。
「解答乱麻」欄で、『「愛国心」はけしからん?』という見出しがありました。

これは、道徳の教科化をめぐり文部化科省が公表した「学習指導要領(案)』に対するパブリックコメントについての論評記事でした。
貝塚茂樹氏(武蔵野大教授)の主張ですが、「愛国心はけしからん」と言っているが、本当に意味が分かっていっているのか、というパブリックコメントへの批判でした。

私は貝塚教授の意見に賛成です。

寄せられたコメントも、何か意図が感じられるとし、次のように述べています。
《道徳の教科化をめぐって文部科学省は、さる2月に「学習指導要領(案)」を公表し、広くパブリックコメントを求めた。
これに合わせて複数の新聞、テレビは教科化への危惧を前面に押し出した報道を行い、インターネットでは、パブリックコメントに教科化を反対を促す呼びかけが繰り返された。

特に小学校低学年で「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着を持つこと」が加えられたことに激しい批判が向けられた。
低学年から「愛国心」を教えるのはけしからん、ということのようだ。》(以上原文引用)

「価値観の押しつけがけしからん」と言っているようですが、これをやらなかったから今日の日本の現状があるのではないでしょうか。
「我が国の郷土や文化と生活に親しむこと」「愛着を持つこと」にどんな問題があるというのでしょうか。
国民として、最も基本的な「価値観」だと思うし、それを低学年から教えることは当たり前の「躾」だと思います。

「愛国心」について、改めて考える機会です。

貝塚教授が述べています。
「愛国心とは何か」を。

戦後日本では「愛国心」は常にタブー視されてきました。
中でも教育界は顕著でした。
国家を否定することが「いつか来た道」へ進まないという言説が一般的でした。

でも、そうではありません。
愛国心というのは「我が国の歴史への共感」から醸し出されるものだという説明です。
これもまた私は共感しました。

《本来「愛国心」とは、決して自国の正しさや美点のみを強調することではなく、「日本の過去に生きた人々の様々な事業や苦難や幸福や不幸や、さらには、それに書した精神の構えへの『共感』のなかからうまれる」はずのものである。》(坂本多加雄氏の論)

歴史をきちんと勉強する。
歴史上の人物から生き方を学ぶ。
こうしたことが基本にあり、それら全てに共感することで愛国心が生まれるとすれば、単に「道徳の教科化」を各論的に論じることが適切ではないかもしれません。

国民としてのあり方を、もっと素直に考えたらそれほど難しい問題とは思えません。


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2015年03月15日

平和の俳句

3月14日の中日新聞に、「平和の俳句」が180句1ページ全面に掲載されていました。

普段、あまり親しむことがなくしっかり見たこともないが、さすがに1ページ全面とは迫力があります。
月間優秀作とのことで、中日新聞名古屋本社発行エリアから寄せられた作品から選ばれたそうです。

まず気が付くことは、選ばれた人の年齢が7〜80歳が中心だということです。
戦後70年ですが、戦中生まれの方が多いということです。

次に感じたのは、「戦時中に使われた言葉」が目につきました。

「予科練」「焼夷弾」「軍用機」「教科書黒塗り」「国防色」「学徒出陣」
これらの言葉、今や知らない人の方が多いかもしれません。
でも、間違いなくわが国の歴史の1ページであり、後世に伝えていくべきだと思います。

「原爆」とか「九条」という言葉も目に付きました。

戦争は悲惨なもので、あって欲しくないというのは万人の願いです。

日本では70年間戦争が起きていま戦死、直接的に巻き込まれてもいません。
でも、世界を見渡すとどここで戦火にさらされている人々がいます。

こういう現実を私たちはどう考えたらいいのでしょうか。

私は「平和の俳句」を一通り拝見し思いました。
一つは、悲惨な戦争を起こさないためにも、経験した事実をキチンと後世に伝えていくこと、です。
そしてもう一つは、私たちの日々の生き方を見直しことです。

「戦争反対!」とか「九条を守れ!」と声高に叫ぶ前に、平和に暮らせていることへの「感謝」をすべきだと思います。
そして、日々の暮らしの中で「平和であり続ける心構え」を持つべきではないでしょうか。

今回の「平和の俳句」の中で、こういう心もちが必要だという句を見つけました。

「微笑んで 心の平和 初あかり」
(各務原市)石永 聖子さん(70)

「敬って 労わりあって 日々平和」
(稲沢市) 野内 正義さん(73)

「笑顔で暮らす」
「相手を敬う、いたわり合う」
とても重要なことです。

日常、心したいものです。
posted by 伊藤やすのり at 08:14| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月14日

職場が暗い

昨日、とある地区でミニ集会を開催しました。
その時、意見として「職場が暗い」という話がありました。

発言した方は、具体的な会社を示されましたが一般的に「職場が暗い」というのは沢山の問題を含んでいると思います。

職場が「明るい」とか、「暗い」というのは客観的な基準があって言われるのではなく、いわゆる「感覚的」です。
主観的なので、人それぞれかと思いきやそれが違います。

「あの職場って暗いねえ・・・」
という発言に、その職場を知っている人ならほとんどの人が「そうだ、そうだ」と同意します。
つまり、「暗いと感じる職場」というのは、程度の差はあるものの、ほとんどの人が「同じ印象」を持つのではないでしょうか。
第一印象で決まるからかもしれません。

それが案外的確で、無気力な仕事ぶりでミスが多く、低い生産性につながっています。

そこで、「どんなことを見て《暗い》と感じましたか?」と訊ねるといろいろなことが出てきます。
「暗さの要因」と言っていいと思います。

・働いている人に覇気がない。
・声が小さく聞き取りにくい。
・返事をしない。
・動作がノロノロしている。
・整理整頓が行き届いていない。

「暗さの要因」は、そこで働く人たちがつくっているといえます。
問題は、そこにいる人たちはそういうことを強く認識していないということです。
状況に埋没してしまっているといっていいのではないでしょうか。

「職場が暗い」
当事者は案外知らないものだと思います。

「職場が暗いよ・・・」と言ってあげるだけで改善されるかもしれません。
職場の一人が気付き、当たり前のこと当たり前に行うようになれば変わるかもしれません。

「先手の挨拶」
「間髪入れないハイ!という返事」
「基本動作の実践」
これだけ実践するだけで随分変わります。

明るい職場にしたいものです。
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2015年03月12日

美しい言葉

一般社団法人倫理研究所が毎月発行している「職場の教養」という小冊子、私は手許においていつでも見ることができるようにしています。

毎日違った内容で、「今日の心がけ」が標語的に示してあり、朝、目を通すと効果的だと思っています。

さて、その職場の教養の今日3月12日は「左様ならば」というテーマの話です。
「何のことなのか?」と思いましたが、「左様ならば」というのは「さようなら」の語源であるという内容です。

昭和の初期、著名な飛行家であるチャールズ・リンドバーク夫妻が来日された時のこと、夫人のアン・モローさんが日本語の別れの挨拶「さようなら」という言葉に感銘を受けたといいます。

「左様ならば」「そういうことであるならば」「ほんとうは別れたくないけれど、どうしてもそうならなければならいのならば」というのが語源であることをしり、「これまで耳にした別れの言葉のうちで、このように美しい言葉を私は知らない」と、後に著書でつづられたとのことです。

日本語はとても美しいと思っています。

日本文化を代表するものでもあります。

ところが、(私の周りにいる)日本人はあまり日本語を大切にしていません。
とても残念なことです。

私も正しい日本語についてよくわかっているわけではありません。
ただ、季節の移り変わりや人の情感の表現が、実に多様で豊かな表現や言い回しのあることを意識するようにはしています。

手許には、日本語に関する本も5冊ほどあります。

日本文化の核ともいえる日本語を正しく使う運動を起こしたいものです。

「言葉の種類や表現の仕方」を求めるだけではなく、「語源」を知ることも大切なことだと思います。
posted by 伊藤やすのり at 05:25| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月10日

気持ち一つに

毎朝ブログを更新していますが、その内容は準備したモノはほとんどありません。
かといって、毎日溢れるほどの話題があるわけでもありません。

まずはネットでニュースを見ます。
次に見るのが「今日は何の日」というサイトです。
毎日が何かの記念日になっています。

こんなことをしながら更新内容を思いめぐらせタイトルを決めます。

今朝は「今日は何の日」から思い出の一つを書いてみます。

1975(昭和50)年3月10日。
この日は東海道・山陽新幹線の全線が開通した日です。
東京から博多までの開通です。

一見希望に満ちたニュースでしたが、日本の産業界は苦しみのどん底にありました。
それは、1973(昭和48)年に起きた「オイルショック」の影響があまりにも大きく、立ち直りの兆しすら見えなかったころです。

74年から75年にかけて、各企業はもっぱら「出を制す」を行いました。
徹底的な経費削減です。
我社も合理化、経費の削減を徹底的に進めていました。
ただ、売上げがオイルショックの影響で三分の一減ってしまい、小手先の対策ではにっちもさっちもいかない状況でした。

その当時の社長は二代目で、創業者からバトンを受け15〜6年経っていたと思います。

経営的にはとても厳しい状況でしたが、消極的になるのではなく常に前向きで挑戦的でした。

象徴的だったのが「教育訓練」です。
規律を重んじ、きびきびした行動をとる。
当時の教育訓練が懐かしくお思い出されます。

今思えば、危機を乗り越えられたのは「教育で気持ちが一つ」になったからだと思います。

新幹線が開通したのに、経費削減で「それより安い移動手段」を探しながらの出張が思い出されます。
posted by 伊藤やすのり at 06:16| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月09日

課題を共有する

昨日「瀬戸市民言論広場」という集まりに参加しました。

ちょっと堅そうなイメージがしますが、「集団で何かを行う」とか、「まちづくりをどうするか」とかを考える際にとても大切なことを学んできました。

それは「課題」を共有するということです。

その前提として「課題というのは何か?」ということを明らかにしておくことが大切です。

「課題」というのは「解決すべき問題」だと理解しています。
そして、「問題」というのは「ある基準とのギャップ」です。
実は、この「ある基準」というのが曲者で、いろいろ存在するために「いろいろな問題」が存在します。

基準というのが「自己基準」という、自身の価値観といったものから「規則、ルール」といった公のものまであります。
公の基準以外は明文化されていませんので、「人によって問題が違う」ということになります。
当然といえば当然です。

こうしたことを認識しておけば実にスムーズに会話が進みます。
会話が成立するというのはこういうことをいいのだと思います。

さて問題の意味が共有できたところでそれが解決すべきことかどうか、つまり「課題」となりうるかどうかということになります。
「課題の創造」という言い方をしたりします。

指摘された「問題」は、どんな悪さ加減があるかということです。
問題を放置しておくことによって発生しうる「マイナスな事柄」をはっきり認識しておく必要があります。

このことをはっきりさせることこそが、課題として認識するポイントだと思うし、効果的な対策を考える上でもとても重要です。

こうした「考える過程」を再確認する機会でもありました。

何が問題なのか。
そしてそれは課題であるか。(つまり悪さ加減が明確に認識されているか。)

こんなやり取りがあり「共有する課題」が明らかになりました。

初めての会合でもあり、参加者の戸惑いもありましたが改めて課題の共有が重要であることを感じました。

会社、団体など、あらゆる組織において「協力一致」できているというのは、メンバーが「課題を共有しその解決(対策)行動の足並みがそろっている」ことをいうのだと思います。

posted by 伊藤やすのり at 05:34| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月07日

伊藤やすのりと語る会

今年2月から、ほとんどの週末夕方に「伊藤やすのりと語る会」を開催しています。
3月に入り、土曜日以外でも開いていただけるようになりました。

「語る会」と銘打っていますが、30分は私からの話で、20分ほどを意見交換の時間にしています。

私からは、「まちづくり」に関すること。
特に、瀬戸市を元気にするための「方策」について説明をしています。

昨夜も開催されました。
開始時間の午後7時前から満席となり、50名を超える人に集まっていただきました。
感謝の気持ち一杯です。

昨日も「訴えたいこと」は変わっていませんが、一つ変えたことがあります。
それは、導入部の話で、「ことの始まりを大切にしたい」という普段から思っていることでした。

つまり、何事をするにしても「原点とかことの始まり」を正しく理解しておくことの重要性です。

宇宙とか地球の始まりはともかく、まずは我が国日本始まり(建国の意味)とか、関わっている事業の始まりとか、住まう地域のはじめなどです。
加えて、自身のもとである「両親やその両親」に思いを寄せることです。

昨晩は、「日本国の始まり」について触れました。

紀元前660年が我が国の始まりです。
そして今年は「皇紀2675年」です。
そんな国の始まりについて紹介し、「我が国のことを誇りに思うと同時に、我が町瀬戸にも同じような気持ち持っている」ことを述べました。

わが町瀬戸市は、1300年の窯業の歴史があります。

そのこと自体凄いことで、我々市民も誇りに思うべきです。

そう思うことで郷土を愛することがさらに深まると思います。
まちづくりに大切な基本的な心構えとも言えます。

少し長めに話したのは、会場の皆さんが食い入るように聞いてもらったからです。
人前で話をしていてもっと気持ちの昂る瞬間です。

多くの皆さんが共感いただけたようです。
このことを感じさせてもらっただけで大満足です。

おかげさまで意見交換も活発になりました。

閉会し、お見送りをしていた時、「もっと聞きたかったよ」、と何人かに言っていただきました。

感謝です。
posted by 伊藤やすのり at 07:36| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月04日

素直であれ

昨夜、倫理法人会幹部研修がありました。
今回は「倫理法人会の歴史」についての解説がありましたが、いくつか感じたことがあります。

勉強し、実践をしている「純粋倫理」というものは、究極「素直になりなさい」ということだと理解しています。
そしてその内容というのは三つあります。

「明朗」ほがらか
「愛和」なかよく
「喜働」よろこんではたらく
この三つであり、今一歩おし進めてみますと、
純情 すなお
の一つになります。

ふんわりとやわらかで、何のこだわりも不足もなく、澄みきった張りきった心、これを持ちつづけることであります。

『万人幸福の栞』という教本には以上のように書かれています。
その通りだと思っています。

「素直であれ」
この反対が「わがままである」ということです。

昨夜の講義の中で、この「わがまま」について記述されたところを読み、ふと気が付きました。

自然界の様子を見てみると、一分一秒の狂いもなくめぐり動いています。
そして、動植物の仲間内では自由や平等はただおのずからにして行われています。
人間だけが貧富、貴賤、上下の差別があります。

また、健康な人、ひ弱な人、賢い人、愚か者などがあります。

どうしてかと言えば、『人間だけが、勝手気まま、わがままをすることができるから』との説明です。

つまり、「不幸な人」というのは、「わがまま」「素直ではない」ということです。

こんなことを改めて感じました。

「素直であれ」
そうだそうだといいます。
でも「素直になるにはどうするか?」
それはあまり考えてきませんでした。

ズバリ、「わがままを止める」ということです。

難しいのは、「わがままを、わがままと認識できるかどうか」だと思います。

まだまだ修養が足りません。
posted by 伊藤やすのり at 13:39| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月03日

本屋さんをのぞく

書籍購入のネットサービスができてから、本屋さんに行く回数が減った方も多いと思います。
私も以前より減ったと思いますが、相変わらず本屋さんは好きです。

以前から、「読書がなかなか続けられないですが・・・」という質問をいただくと決まって答えていました。

それは、「本屋さんに行くこと。できたら定期的に通うこと。」とアドバイスをしています。

読書に親しむことについていろいろなアドバイスがありますが、私は「まずは自分がお金を出して本を買うこと」だと思っています。
どんな本でも構わないと思います。
自分で購入したかどうかがポイントです。

購入してもなかなか読めず、やがて本箱に納まってしまいます。
こんな方も多いようです。
「読まないなら借りない、買わない」と言われますが、「読まなくても何日か手もとに置いておくだけでも読書が好きになる一歩を踏み出された」と思います。

そんなわけで私は一週間に一回は必ず本屋さんをのぞいていました。
でも今は少し減りました。

昨日、二週間ぶりに行ってきました。

改めて思いました。

アマゾンで簡単に買えますが、本屋さんには定期的に行くべきです。
欲しい本を探すのはネットが便利です。
でも、いろいろ眺めている中で「読んでほしい!」とか「買ってくれ!」という本が何冊か見つかるものです。

昨日も買ってきました。
面白そうな小説です。
一冊はNHK土曜ドラマに決定したという『限界集落株式会社』(小学館文庫)という本。

ついでにもう一冊。
作者は同じ黒野伸一さんです。
『長生き競争』(廣済堂文庫)という本です。

衝動買いですが、きっと面白いと思います。

ページをめくり始めるのは今度の土曜日あたりです。
posted by 伊藤やすのり at 11:17| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月02日

喫茶店

瀬戸市は喫茶店が多いといわれます。
正確な数は知りませんが、数は多いと感じます。

その理由を聞いたことがあります。
「瀬戸は小規模な企業が多く、喫茶店を自社の応接間代わりに利用している」、とのことです。

言われてみればそうなのかもしれません。

よく利用する人は、「一日数回」という人もおられるようですがいますが、私自身は多くありません。
最近は増えましたが、それでも、一週間に一、二回程度です。

お店の数を多く知っているわけではありませんが、午前中は満員のところが多いようです。
特に高齢者の姿が目につきます。
聞くと常連さんのようです。

グループでの利用も多いようですが、利用してい内に友達になることも多いようです。

あまり利用しない私にとっては不思議な空間に感じます。

もう、文化の一つといっていいかもしれません。
ひょっとすると人間の持っている「集団帰属の本能」が働いているのかもしれません。
現代の「井戸端会議」なのかもしれません。

そんな風に考えると、「もっと身近に」「もっと安く、気軽に」と、増えていくのかもしれません。

他人と交わることで心身ともに健康になるでしょう。
更には、話し合うことによって希望や目標が生まれるかもしれません。

喫茶店の賑わいを「モーニングサービスの競争」というお店サイドのことだけではなく、利用者サイドからのニーズによって新しい「カタチ」が出てくるかもしれません。

注目します。
posted by 伊藤やすのり at 05:34| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月28日

シニア起業の実情

その町の元気さというのは「子どもの声」がどれほど聞けるかで判断できるという人がいます。
「そうだなあ・・・」と思います。
でも、町で子どもの声をとんと聞かなくなってしまいました。

いわゆる少子高齢化社会です。

そうした社会において、何とか子どもの数を増やそうといろいろな施策が打たれていますが増加の気配はありません。
若いご夫婦次第ということです。

そうした状況を踏まえながら、できることを考えねばなりません。

例えば、高齢者の比率がどんどん高くなってきていますが、生涯現役でいられるような施策を考えてはどうでしょうか。
つまり、元気なお年寄りの数を多くして町に元気を取り戻せないものでしょうか。
私はできると思っています。

産経新聞に「ゆる起業のススメ」という連載記事があります。
「ゆる起業」とは、自分の好きな仕事で起業し、無理せず適度な収入を得るための起業のことです。

2月25日の記事によりますと、「60歳以上で起業される人の割合が年々高くなっている」とのことです。
「アクティブ・シニア」といわれる人が増えているということです。
とてもいいことだと思います。

「シニア起業の開業動機」がとても素晴らしい。
上位三項目は、
@仕事の経験・知識や資格を生かしたかったから
A社会の役に立つ仕事がしたかったから
B年齢や性別に関係なく仕事がしたかった

こんな積極的な気持ちを持ったシニアが沢山おられます。

こういう人たちに活躍してもらえる機会を積極的につくるべきだと思います。

経験や知識を生かす。
社会へのお役立ち。
やりがい・生きがい。(真のはたらき)
仕事をするということは、生きるということ。(日本人の持っている価値観)

そして「健康長寿社会」の建設へとつながっていくのだと思います。
posted by 伊藤やすのり at 08:52| Comment(2) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月26日

地域と大学

瀬戸市東部に二つの大学があります。
名古屋学院大学はその主体を名古屋市に移しましたし、もう一つの南山大学も名古屋に移転する計画があるようです。

少子化による入学希望者が年々減るなか、大学経営も大変苦労されており、大学の都会帰りは一つの傾向かと思います。

そんな中、南山大学の学生が瀬戸市の「第6次総合計画に提言をした」というニュースがありました。

大学は、ずいぶん前から「地域貢献」とか「地域連携」ということを考え、いろいろなことを実施してきたようです。
詳しくは知りませんが「まちづくり」に関する多くの提案をされてきたようです。

行政も「まちづくりや産業振興」などについて研究依頼をしてきたと聞きます。

でも「大学からの提案や研究報告」などをどう受け止め、どう生かしてきたかということはほとんど知りません。それでいいのでしょうか。
私はとてももったいないと思っています。

今回の南山大学の提案は、記事によればゼミの学生が一年がかりでまとめ上げたものです。のようで、
中高生へのアンケート調査をもとに、瀬戸の今後、つまり今立案中の第6次総合計画(2016年〜25年)に反映してほしいという提言です。

「豊かな自然を生かす観光事業の推進」「陶磁器の新たな価値創出」などの制作を盛り込んだ提言書だったようです。

記事では学生のコメントは載っていましたが、受け取った側のコメントはありませんでした。
計画に盛り込めらるかどうかは即答できないでしょう。
でも、この提言書をどう扱うかはコメントできるのではないでしょうか。

地域にある大学は一つのシンクタンクといっていいと思います。

もっと積極的に連携しあうことがあってもいいと思います。

学生たちの発想や感性は大いに刺激的だと思います。

posted by 伊藤やすのり at 08:56| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月24日

ブログ記事

愛知県一宮市の中学校長の書かれたブログが話題になっています。

中学校のホームページ上のブログに、2月11日の「建国記念の日」にちなみ、日本建国のことを書き込まれました。
その内容について、教育委員会から「神話が史実の如く断定的に書かれている」、と注意があり、結果このブログは削除されてしまいました。

内容を問題だとする意見と共に、「校長は間違っていない」「感動した」などという激励の声も上がっているようです。

この経緯が、産経新聞の23日朝刊と、24日の第一面コラム「産経抄」で取り上げていました。
特に23日号では、その話題のブログ全文が掲載されました。
読みましたが、問題とすべきことなど無いように思いました。

「神話を史実の如く断定的に書いてある」との指摘ですが、「これは神話ですよ。史実とは違うかもしれませんよ。」などと断る必要など全くないと思います。

むしろ、「日本建国のこと」をわかりやすく伝えていることを評価すべきだと思いました。

大東亜戦争の敗戦直後の昭和天皇とマッカーサーとの会見の模様も紹介し、わが日本国は「古代から、天皇陛下と民が心一つに暮らしてきた国」だということを伝えています。

とても分かりやすく、その素晴らしさに感動もします。

この新聞記事は、産経新聞しか取り上げていないと思いますが、もっと議論を広げていきたいものです。

「神話」と聞くだけで、何となく胡散臭く感じる人もいます。
でも、国民として自国の誇りを持つためにも「建国の理念」をきちんと理解すべきです。

それが神話の中にあるとすれば、それを「日本建国の義」として位置付けたらいいと思います。
posted by 伊藤やすのり at 14:50| Comment(2) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月22日

ご近所食堂

正直言いまして記事を見て驚きました。

2月19日の産経新聞です。
「子育て・教育」というページに、ボランティアによる食事の提供や学習支援が始まっている内容で、今回は特に「食事提供」を詳しく紹介していました。

東京都豊島区にある「要町あさやけ子ども食堂」のことで、子どもが一人でも入れる食堂を、第1、第3水曜日に開いているという。

驚きの一つは「食堂を利用する子どもたちがいる」ということ。
もう一つは、「子どもらのために食堂を開いた」ということです。

一人親で夜も仕事をしているという家庭では子供が夕飯を一人でとっている。
こんな現実があるようです。

ボランティアさんは、そういう「一人夕食の子ども」を減らしたい、という思いで食堂を始められたようです。

「地域で子どもを育てよう」
その実践をされています。
素晴らしいことです。

私が特に感じ入ったのは、「食事を共にする」ということです。

一緒に食事をすることが、子どもにとって素晴らしい学習効果をもたらすかということです。

食べることは生きていく基本です。
同時に、社会生活の中で基本的な作法を求められてもいます。

大勢で食事をすることがどれほど楽しいものか。
それが出来ない現実をどう受け止めるか。

食事をし、おなか一杯になってひとときの幸せを感じながらみんなといろんな話をする。
こんな素晴らしい教育環境があるでしょうか。

和気あいあいの中にも、キチンとした節度があると思います。

現場を見てはいませんが、とても和やかでまるで大家族が夕食を楽しんでいるような光景ではないでしょうか。
posted by 伊藤やすのり at 17:03| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月20日

創刊号

昨日、新しい相撲雑誌「相撲ファン」のことについて書きました。
ブログを更新した直後、アマゾンにアクセスしたところ「在庫有り」とのこと。
早速注文しました。

驚いたのは、昨日の夕方「相撲ファン・創刊号」が自宅に届きました。

早速見てみました。

昨日紹介したように、初版第一刷は1月15日の発行で、届いたのは1月22日発行の第三刷でした。
創刊号、「超保存版」とありました。

内容は明らかに「女性向け」だと感じますが、妙に新鮮な感じです。
つまり、『相撲の世界を女性目線でみると・・・』という内容です。

創刊号のトップ記事は「逸ノ城」に関するものです。
独占インタビューで「人となり」を紹介していますが、純朴さや家族思いという面が紹介され楽しい内容でした。
女性ファンが増えそうです。

「これはいい!」と思った記事があります。

それは、「知っておきたい相撲のABC」というコーナーです。
創刊号では次のようなことを取り上げています。
・国技を彩る「和」の情緒
今回は、「化粧まわし」「博多帯」「足袋」「相撲浴衣」「行司装束」を6ページを使ってわかりやすく紹介しています。
とても勉強になります。

その他にも、「歴代横綱一覧、歴代優勝力士一覧、歴代三賞受賞一覧などがあります。

まだしっかりと読んではいません。

でも、次号以降が楽しみになりました。

posted by 伊藤やすのり at 05:55| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月19日

相撲ファン

今朝の産経新聞、書籍紹介ページに一冊のマガジンが紹介されていました。

「相撲ファン」という雑誌で、先月8日に創刊号が発売されたようです。
私は知りませんでした。
初版は5000部だったようですが、予約が殺到し、現在3刷1万3000部という売れ行きだそうです。

どうも、相撲好きの女性が増えているようです。

そういえば今年の初場所、NHKが「女性の目線で!」というテーマで相撲放送をした日があったことを思いだしました。
更に、15日間「満員御礼」だったのは18年振りだったそうです。

あの八百長問題で、角界の信用が揺らぎ相撲人気は一気に落ち込みました。
あれから4年です。
人気は一気に復活、客足が戻ってきたようです。

ただ、この人気を女性が支えているとして、今後どうなるかを予測するのは難しいところです。

記事の中で、「相撲ファン」の監修者で相撲ジャーナリストの荒井太郎さんの分析コメントを紹介しています。
《一昨年の遠藤、昨年の逸ノ城の存在が大きい。
平成初期の若貴ブームとは趣が違う。
「ミーハー人気」というより、日本の伝統文化として相撲に興味を持つ人が増えています。》

相撲女子のことを「スージョ」というそうですが、「相撲ファン」の購読対象にしているそうです。

具体的な内容は「女性目線」を大切にしているようです。

昔あった相撲雑誌とは全く違うものだと思います。

昔の相撲雑誌といえば『大相撲』というのがありました。
私はその最終号を保管してあります。
2010年9月・最終号です。

緊急特集は「相撲界!再生への提言」です。
そして表紙のお写真は名古屋場所での白鵬でした。
そして最初のページに編集長のあいさつ文が掲載されています。

「大相撲」は今号で休刊します。
休刊が決まってから編集部は56年の歴史を振り返る記事を多数企画していました。

そのさなかにあの不祥事が起きたようです。

「大相撲」の休刊は、角界の不祥事と同時期だったので関係があるのかと今まで思っていました。
でもそれは違っており、相撲人気の「質の変わり目」だったかもしれません。

あれから4年余、出版社は違うものの、新しい相撲雑誌が生まれ、上々のスタートをきったようです。

第2号は7月刊行予定だそうですが、定期化も視野に入れているとのこと。
楽しみです。

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2015年02月17日

企業文化

企業経営の第一戦から退いて4年ほどになります。
その時はさほど感じなかったですが、最近強く思うようになったことがあります。
それは、その企業の持っている文化性です。

企業というのは「利益追求の組織体」であるといわれてきました。

でも最近は、それは事業経営の目的ではないといわれます。

思えば、伝統的な日本型経営というのは「社会への役立ち」が目的で、そうした活動の結果として得られるのが「利益」だといわれてきました。

戦後の荒廃から立ち上がり、世界のトップクラスにまで来ましたが欧米的な「利益至上主義」の行き詰りが指摘されているところです。
結果、企業の社会的責任を問われるようになりました。
同時に、社会貢献活動にも目が向けられるようになりました。

こうした貢献活動を、一つの利益配分だという人もありますが、私は「企業文化」だと捉えています。

それは、意識的な「社会貢献」ではなく、その会社がその場所に存在し、そこでの活動を通じて地域に影響を与えていることこそ重要だと思います。
つまりはその企業が持っている文化が社会の求めることとあっているかということです。

現在社会では、少子高齢化が問題視されています。
そういうことに対し、企業がどんな対応をしているでしょうか。
社員を生産の道具としてしか見ていない、あるいはコストとして見ているところでは全く対応できません。

そうではなく、社員である前に市民、あるいは「人」として認識している企業では、当たり前のように社会問題に対応しています。

それができている企業が多くなっていると思いますが、そうしたことを社会に対してもっと公開していいのではないかと思っています。
それこそが企業文化ではないでしょうか。

そしてそれが企業が社会に対する貢献活動の一つだと思います。

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2015年02月15日

高校入試面接

昨日頼まれて面接官をしました。

現在中学三年生。
今春希望する高校への入試が間もなく始まりますが、その中で「面接試験」があるようです。
その面接について、面接官の立場で指導をしてほしいという要望でした。

折角の機会であり、面接官としてのいくつかの質問を用意しました。

付き添いの大人もいて、全体の流れを説明してもらいました。

まずは用意した「自己PR」をさせてもらいますということで始まりました。

私が想定していた面接試験とは違っていましたが、流れに沿って対応することにしました。

進行役が「受験番号、出身校とお名前を言ってください」、というところから始まりました。
そして自己PRです。
これが思いのほか長いんです。
(後で聞いたら、「3分間で述べなさい」との指導を受けているとのことでした。)

全て聞き終わり、数項目の質問をしました。

そして「ご指導ください・・・」ということになりました。

指摘をすることはほとんどありません。
「強いて言えば・・・」という程度のことを言いました。

中学三年生でこれだけの自己PRができるとは素晴らしい。
しかも3分という時間も守られている。
とても驚きました。

思わず自分の中学当時に重ね合わせましたが、はるかにうまいと思いました。

面接模擬を二回行い終了となりましたが、その後お茶を飲みながらいろいろな話をさせてもらいました。

自己PRの内容や構成をつくった過程やそれをそらんじるための練習についても聞きました。

段々と中学三年生の彼が育ってきた環境や周りの大人たちの存在などに興味が移っていきました。
本来の面接の意義を考える機会にもなりました。

3分間の自己PRというのは、「スピーチの上手下手」という基準で判断しがちです。
そうではなく、それまでのプロセスに「人のまこと」を知ることができるのではないでしょうか。

限られた時間での面接試験であり、難しいことです。
しかし、そういう気持ちをもって聞けば理解できるものだとも思います。

面接官は、準備された話しの完成度だけではなく、可能性や人としてのやさしさを見出す洞察力を持った人であってほしいと思います。

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2015年02月14日

子育ては・・・

少子高齢化社会にあって、授かった子供さんが健やかに育つことを願うはご両親はもとより、地域としても同じように思われていると思います。
昔から、「子どもは地域の宝」とも言われました。

農業を中心とした家族が多かったころ、子どもは地域の人たちによって育まれてきました。

日々の生活の中に「子育てが内在」していたように思います。

でも、昭和30年代中頃からでしょうか、経済成長期は企業は農村から働き手をどんどん集めることになり、大家族からどんどん小さくなり核家族化が進みました。

働いて金銭を得、そのお金で家電製品などを買い求め、文明の恩恵を身一杯にうけ暮らすようになりました。

そういう時代になり、子育ての様相も変わってきました。

母親になるために、ごく身近にいた先輩(母や祖母)がいません。
参考書やネットで知識を得たとしてもそれは「知恵」とは違い、なかなかうまくいかずストレスとなり、不幸にして児童虐待にまでなったしまった例が少なくありません。

子育てを考えるとき、現在の一般論として「極端な個人主義」が台頭しているが故に「経済的措置」が一番の策と思われているようで残念でなりません。

子育ての主役は子どもであって、「子育てを担う側」ではありません。

どうもこの点が間違っているような気がしてなりません。

子育てのあり方。
それは歴史の中に答えがあるのではないでしょうか。
つまり、「子どもは地域で育てる」という考え方です。

時代が変わり、環境も大きく変わっていますので昔のようにはいきません。
しかし、幼児期からの育成に、地域での人のつながりや歴史的伝統が大きく影響を及ぼすのは明らかです。
そしてそのことが子どもにとっての「ふるさと観」のもとになるのではないでしょうか。

まずは「向こう三軒両隣」との付き合いを深めることから始めてはいかがでしょうか。

「子育ては地域で」
こんなまちにしたいものです。

posted by 伊藤やすのり at 09:53| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月13日

グループホーム

昨日、名古屋市緑区にあるグループホーム「なも」を見学させていただきました。

以前から「一度ご覧ください」、と勧めて頂いておりました。

私自身こういう施設を実際に見るのは初めてのことでした。
今までは縁がありませんでしたが、これからのまちづくりを考えるとき、高齢者問題は中心的な課題になると思い勉強を始めていました。

高齢者福祉や介護という面だけではなく、そこでの助け合いの仕組みや働く機会などにとても興味があります。

それは、地域でそこに住まう人たちが、自分たちでできることで支え合うまちを創ることだと思うからです。

「老人福祉」とか、「老人介護」という視点だけで施設を見るのではなく、「支え合う場所」として見学してきました。

グループホーム「なも」は、民家を改造した施設です。
昭和の経済発展を目指していた頃の建物です。

おばあちゃんばかりが生活をしていました。
一緒に買い物に出かけたり、旅行などもされているようです。

そこで目にしたのは「ごく当たり前の日常」でした。
そのことがとても素晴らしいと感じました。

おばあちゃんたちとお世話係の人たちは、まるで家族のようでした。

管理者の方にお聞きしました。
「日々、どんなことが楽しいですか?」
毎日大変なことの連続で、苦労も多いと思いましたが、敢えて「楽しく感じること」を聞いてみました。

すると、「達成感を喜び合うことですかねえ・・・」といわれました。

一緒に生活をしていると、年齢に関係なく「何かをしよう」という気持ちを感じます。
ですからそのことに挑戦してもらおうと応援します。
そして、そのことをなし得た時、おばあちゃんたちは本当に嬉しそうです。
同時に私たちも本当に嬉しく感じます。

「拭き掃除」「後片付け」「習字」などなど、事の大小など問題ではありません。
何かを成し遂げたという達成感は素晴らしいと思います。

こんな話を聞き、感動しました。

ここ「なも」ではお年寄りの介護をしているのではない。
「人それぞれの命をキラキラと輝かせている」

こう思いました。

posted by 伊藤やすのり at 05:59| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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