2015年02月11日

国民の祝日なのに

今日2月11日は建国記念の日です。

国民として、国の祝日を祝うわけですが、それは国旗を掲げて祝意を表すことではないでしょうか。
でも、誠に残念ながらそうした家庭はほとんどなくなってしまいました。

今日は早朝から稲沢市に出かけました。
車を運転しながら、懸命に日の丸を探しましたが全く見つかりません。

数か所目にしたのは「交番」と「神社」でした。

稲沢での用事を済ませた後、近くで古い家並みが残っている「足助」あたりなら家々の玄関に国旗が掲揚されているのではないかと思い車を走らせました。
運転しながら見つけたのはたった一軒でした。

寂しい限りです。

3年ほど前、「国民の祝日に国旗を掲揚する会」を発足させ、まずは自らの家に国旗を掲揚し始めました。
段々と仲間が増えてきました。
でも隣近所や地域を見渡すと全くといっていいほど見当たりません。

こんなことでいいはずはありません。

祝日には何とか一軒でも多くのお家が国旗を掲揚してもらいたいものです。

そのためには、祝日の意味を正しく伝える必要があると思います。
祝日は単なる休日ではないことを知らせなくてはなりません。

こんなことをつくづく思う「建国記念の日」です。


posted by 伊藤やすのり at 16:13| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月10日

知ってはいるが

昨年の10月からとある会社で教育をしています。
自動車関連部品のメーカーであり、品質管理や納期管理には特別神経を使っています。

従って、「不良を出さない」というのが合言葉であり、朝礼の時でも心構えを唱和されています。

モノづくりは製造現場での品質センスにかかっているといって過言ではありません。
現場での「作業品質」こそが製品(部品)品質をつくっています。
そしてそれこそが「5S」の徹底といっていいと思います。

「5S」というのは、整理、整頓、清掃、清潔、躾の頭文字の「5つのS」のことです。

この会社も「5S」の徹底に注力されています。

問題はこの「5S」というのは実践してこそのことであり、頭で理解し「知っているだけ」では何の価値もありません。

ほとんどの会社で「5S」の重要性は十分理解されています。
「5Sの徹底」も叫ばれています。

でも、本当に実践されているところは多くありません。
「見事なまでに徹底されている」現場はごくわずかだと思います。

この「5Sの実践」という教育を始めています。

今のところ、基本中の基本を確認している段階です。
最初の頃は、実践するための「知識・技術」に力点を置いていましたが、今は違います。

どれだけ「理屈」を並べても、当人が「実践しよう」と心底思わなければ行動に結び付きません。
そう考えてもらえるための指導をしなくてはいけません。

現在心しているのは「人としてのあるべき考え方」を先人の知恵を紹介しながら伝えています。
「人間学」の一つといっていいかもしれません。

社員の皆さんはそれなりの「5S活動」をされています。
それに磨きをかけ、「真の徹底」を図るために実践力の向上に役立ちたいと思っています。
posted by 伊藤やすのり at 06:05| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月08日

木鶏クラブでの話題

昨日、瀬戸木鶏クラブの2月例会が開催されました。

2008年8月の発足で毎月欠かさず開催されており、今回は第79回でした。
振り返ってみれば、月日の経つのが早く感じます。

木鶏クラブという名の勉強会は、月刊誌『致知』の読後感を語り合うのが中心です。
同じ記事を読み、自分とは大きく違う感想を聞くとき、新たな気付きがあります。

私がこの『致知』の購読を始めたのは25〜6年前です。
始めて手にしたときの印象は「難しそうな内容」、というものでした。
その思いは今も残っていますが、瀬戸木鶏クラブの発足以降は読者仲間も増え、気楽に目を通すようになりました。

月に一回のことですが、私にとってはとても充実した時間です。

さて昨日の例会ですが、盛り上がった話題の一つは「言葉」でした。

コミュニケーションの道具としての言葉。
言葉を形成している基本的な知識。
言葉の教育のあり方。
言葉の持つ力。
日本語という言葉。

などなど、言葉に関わるいろいろな理解が出されました。

言葉を話すというのは人間固有の能力ですが、特に日本語は独特の文化があります。
でも昨今は、自身の気持ちを言葉で表現する力が落ちてきている・・・。

こんな問題意識を共有して話し合いは終わりました。

もう一つの話題は「日本の美点」についてです。
参加者の一人から「日本の美点の根幹は天皇陛下の存在であると思う」、という意見から話は広がりました。

国民の幸福を日々お祈り頂いている。
皇居清掃奉仕団への参加体験。
天皇制についてもっと国民に知らせるべき。

我が国にとって極めて重要な制度ですが、それに見合うような教育指導がなされていないことを問題として認識しあいました。

これ以外にも幾つものことが話題となりました。

『致知』の読後感を述べ合うことが中心ですが、記事そのものを話題にするというより、その中から論点を見つけ、理解を深めたりするようになりました。

これは継続してきた大きな産物だと思います。

posted by 伊藤やすのり at 06:15| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月07日

特集タイトル

「未来をひらく」
人間学を学ぶ月刊誌『致知』2月号の特集タイトルです。

冒頭に編集長の言葉(「総リード」)があります。
つまり特集テーマについての思いとか考え方が述べられています。

この『致知』という月刊誌、創刊されて30年以上になりますが私自身も購読を始めてから四半世紀になります。
そうした状況もあり、瀬戸市で「瀬戸木鶏クラブ」を発足させるとき代表に推され今日まで来ました。

多くの参加者のおかげで、毎月一回の例会は一度も休むことなく続いています。
そして、例会の最初に参加者でこの「編集長の言葉」を輪読しています。

内容は難しい時もあり、その理解に時間がかかることもありますが、なんといっても「モノの見方や考え方」の広さや深さは勉強になります。

今号の特集「未来をひらく」というのも面白い比喩が使われています。

一つは、「世界に類を見ない日本の長寿企業」を、絶え間なく未来を切り開いてきたからだとし、その共通的特長を示してあります。
そしてもう一つは「ローマ帝国の滅亡した原因」に言及しています。

こうした二つの事例から「未来をひらくエキスは歴史に凝縮している」、と述べています。

さすが「総リード」といわれるだけあって、特集記事全体に一本筋が入ります。

全く白紙の状態で読むのもいいと思いますが、示された視点を意識しながら読むことは理解がより深まると感じています。

今日がその例会日です。

今号の読後感を披露しあうのが例会の中心ですが、「未来をひらく」ことについてどんな意見が出るか楽しみです。

参加者の意見をまとめようとはいたしません。
それぞれの意見に耳を傾け、「理解を示す」ことこそが学びだと思っています。
これが、木鶏クラブ発足の理念です。
だから7年近くも継続していると思います。
posted by 伊藤やすのり at 07:13| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月05日

雑草って?

雑草という言葉、普段何気なく使っています。

改めて「雑草ってどんな草のこと?」といわれるとキチンと答えられません。

いささか唐突ですが、こんなことを思ったのは新聞のコラムに取り上げられていたからです。
中日新聞夕刊(2月3日)の「紙つぶて」で、静岡大学大学院の稲垣栄洋教授が書いていました。

教授は大学で「雑草」を研究しておられるそうです。
「雑草」は《望まれないところに生える植物》と定義されているようですが、名前のよく知られている植物の場合は「雑草」とは言いません。

例えば勝手に広がった朝顔のお場合、「望まれないところに生えている」けれども雑草とは言いません。
つまり「邪魔者扱い」しなければ雑草とは言わず、固有の名前をいいます。

どうも、人間の勝手で植物を分けているようです。

そこで、このコラムは次のようにまとめています。
《アメリカの思想家エマソンはこう定義しています。
「雑草とは、いまだ見いだされていない価値を持つ植物である」

すべてのものに価値があるはずなのに、それに気が付かないのは、私たちの方なのです。》

とても考えさせられる内容です。

雑草について二つのことを思い出しました。
一つは昭和天皇と侍従とのやり取りです。
ある日、天皇陛下が皇居内の畑を散策された時、雑草が多いことについて「陛下、雑草は早速と取り除きます」と申し上げたところ陛下のお言葉は、「雑草という名の植物は無いよ」、と諭されたそうです。

陛下の心の広さに感銘したやり取りで、心に強く残っています。

もう一つは私の祖母とのやり取りです。
ある夏の日のことです。
畑で草をとっている祖母を「こんな暑い日に草取りなんかしなくても・・・」といったことがあります。

それに対し、「草(雑草)は百姓を怠けさせんように生えてくるもの」と答えてくれました。
とても印象的で今でも覚えているほどです。

人は自然に対して畏敬の念を持ちなさいと言われます。
日本人は自然と共生するという文化を持っています。
でも、
つい人間の都合で見てしまうことがあります。

この世に存在するすべてのモノが、何かの役割をもって存在していることを認識したいものです。

難しいことですが、意識は持ちたいです。
posted by 伊藤やすのり at 06:14| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月04日

職業奉仕って?

「職業奉仕」
ちょっと難しい言葉です。
ロータリークラブでの活動の核心とか真髄とか言われているようです。

私は現在、瀬戸北ロータリークラブに所属していますが今年度「職業奉仕委員会」の委員長をおおせつかっています。
立場上きちんと説明ができなくてはいけないので資料を読みました。
でもなかなか腹に落ちません。

先輩にも聞いてみました。

「奉仕の心で仕事をやること」
「職業の倫理観だよ」
「仕事を通じて社会に奉仕すること」
「今の仕事を一生懸命にやること」などなど。

言葉として、なんとなく解るような気がしますが具体的な行動がイメージできません。
それはよく理解できていないからです。

こういう状況でしたが、昨日、この職業奉仕についてスピーチをする機会がありました。

急いで話を組み立て、レジュメを用意しました。
その過程で、私なりの答えを見つけました。

「職業(事業)を通じて世の中の役に立つ」
それは、直接的な相手であるお客さんに喜んでもらうこと。
しかも永続的に。

言葉を変えて言えば「顧客満足の実現、あるいは追及」ということになります。

では、その「顧客満足を実現」するためにどうするかということになります。

ニーズ調査をはじめ、良き関係作りや提案などをすることになります。
それは第一線の社員の皆さんが毎日の仕事として行われていますが、より気の利いた内容にするには社員が自身の仕事に誇りを持ち情熱を注がねばなりません。

それは、社員が「大切にされている」、と実感してもらうことが条件だと思います。

ゆえに「ひとを大切にすること」が重要で、そのことが「職業奉仕の源」だと思います。

こんな内容のスピーチをしました。

これは日本型といわれる「企業経営の真髄」です。
そして、日本に長寿企業が多く存在することで説明がつきます。

我が社もそんな一社を目指しているところです。
posted by 伊藤やすのり at 08:39| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月03日

節分祭

今日2月3日は節分の日です。
春を告げる「立春」の前日でいわゆる季節の変わり目です。

ですから、「立夏」「立秋」「立冬」の前日も節分があります。
ただ、「立春」が違うのは「年をはじめ」という意味から、春の節分に特別な行事を行ってきたようです。
今では節分、あるいは節分祭というのは立春の前日となっています。

こうした昔からある慣習(行事)は、自然界の流れと深いかかわりがあります。
それが暦にも色濃く反映されています。

節分についても同じで、調べてみるといくつもの発見があります。

「知らなかったなあ・・・」ということが沢山あります。

昨日の夕刊(中日新聞2月2日)にも「節分祭に」と題したコラムがありました。
(京都大学の梶井教授)

京都大学の隣にある吉田神社での節分祭は二日から三日間節分祭が行われるようです。
その中で、「鬼退治の儀式」について紹介されています。

《吉田神社では、四つの目と大きな牙をもつ方相氏(呪術師)が、赤・青・黒の三匹の鬼を退治する。
紫式部が源氏物語を執筆した地とされる蘆山寺では赤・青・黒の三鬼が蓬莱豆と福餅の力で退治される。》
(以上抜粋)

そして、どうして鬼が三色なのかも説明してありました。

鬼というのは人間の善根を毒する三つの煩悩の象徴だそうです。
赤は「貪欲」、青は「怒り」、黒は「愚痴」とのこと。

昔から季節の変わり目には「魔」が入り込むことがある。
だから節分に「魔が家に入ってこないように」「家にある魔を外に追い払う」ということから、玄関や戸口に柊と鰯の頭をつけたり、豆まきをしたようです。

じゃあ、どうして「豆」なのかということになります。

モノの本にありました。
「豆」(まめ)は、「魔滅」(まめ)に通じるとして「豆まき」となったようです。

これ以外にもいろいろないわれがあるようです。
地域のよって違いのあるのも面白いと思います。

日本の伝統として、長く続けていきたいものです。
posted by 伊藤やすのり at 08:02| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月02日

季節の変わり目

暦の上での季節の変わり目とは「立春」「立夏」「立秋」「立冬」です。
日本はまことに風雅で、一年を四つに分けそれぞれの季節を楽しんできています。
とても素晴らしいことです。

地球上での位置も幸いし、四季がはっきりしています。
昨今は、地球温暖化の影響でしょうか「夏」が長いような気がしています。

さて、そうした先人の知恵が時代の流れと共に変わってきています。

大きな変化は暦の変更です。
明治になって新暦が採用されるようになり、昔からの行事が変質してきています。

更には戦後の教育や社会制度の変更です。

いろいろな目論見のあってのことでしょうが、戦前までの我が国の歴史文化や伝統を否定されてしまいました。
少しづつ少しづつの変化だったので強く感じませんでしたが、今思うに大きく変わってしまいました。

国民の祝日に国旗を掲揚しなくなりました。
大きな意味のある祝日をハッピーマンデー制度で日にちをずらすようになりました。
そのため、祝日は単なる「休日」だと理解している人が多くなりました。

更には季節の変わり目の行事も、暦上の日付よりも「催事」への動員数などが優先されるようになりました。

こうしたことは時代の流れかもしれません。

でも、事の本来の意味はきちんと伝えていかねばなりません。
つまり、原点を忘れないということです。

例えば明後日、2月4日は「立春」です。
季節が冬から春に変わる節目です。
その前日の明日は節分です。

節分は季節の変わり目それぞれにありますが、春の節分に重きがおかれたのは室町時代からとのことです。
現代では、節分は「立春の前日」といわれるほどです。

なぜ「春の節分」を重視したかといえば、一年を数える最初の日を立春と決めたからのようです。
一年の始まりは「春」から、その最初の日が「立春」というわけです。

節分行事の「豆まき」「玄関や戸口への飾り付け」「恵方巻」がありますが、それぞれに意味があります。

こうしたことを大切にし、意味をキチンと伝えていくことはとても大切なことだと思います。

季節の変わり目にあってそんなことを思います。

posted by 伊藤やすのり at 05:59| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月01日

地域デビュー

これからのまちづくりに高齢者の協力は欠かせないと思っています。

団塊の世代が65歳を超え、高齢化率は上昇するばかりです。

高齢化率の高いことを問題視するのが一般的なようで、負の側面だけがことさらに話題になっています。
でもそれは、一面でありプラスのこともあると思います。
高齢化社会、あるいは長寿社会というのはそういう見方が必要だと思います。

高齢化率は現在25%ほどです。
瀬戸市は27%であり、中心地では40%を超える地区もあります。

これを「問題だ!」とだけ言っていては街の活力が落ちていくだけです。
それに取り組むことこそが、これからのまちづくりであり、高齢化社会への適応だと思います。

豊富な知識と経験を持った大人が地域に戻ってくる。
そんな風に考え、「地域働き」に参加してもらいたいと思います。

ただ、それは簡単なことではありません。
私自身の経験でいえば、会社人間が世間常識になじみ、一緒に活動できるにはかなりの時間がかかりました。

地域の人たちが意地悪をしているのではありません。
地域の持っている雰囲気(それは歴史的に培われた文化とか慣習、いわゆる地域の常識)になかなか溶け込めません。
きちんと説明を聞けばわかることばかりですが、わざわざの説明はありません。

結局は失敗したりして経験を積むしかありません。

最初はお祭りとか行事に参加しながら・・・といわれますが、そういうことは殆ど年一回です。
一度や二度でわかるはずもなく、4〜5回経験してやっと理解ができるような状況です。
ですから、4〜5年かかりました。
これは私が40代前半に経験したことです。

これから地域に戻ってこられる高齢者にそんな時間はもったいないと思います。

やはり、地域の者がそうした高齢者に対して積極的に働きかけることが重要だと思います。

各地で取り組みがされているようです。
内容を見ると、まずは「趣味の仲間づくりから・・・」というのが多いようです。

この方法も悪くはないですが、もっと積極的な姿勢が必要だと思います。

地域に戻り、地域デビューをされることに歓迎の気持ちを示すこと。
できることや強みなどの発見や再確認のセミナーなどの開催。
「地域働き」のカウンセリング実施。
その上での「仲間づくり」。

こういった仕組みを地域ごとに作りあげたいと思っています。

posted by 伊藤やすのり at 07:13| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月27日

国旗の制定

ウエブサイトに「今日は何の日」というのがありますが、ほぼ毎日見ています。
一年365日、毎日何かの記念日になっています。
制定されて背景などを見てみて、意外な事実を知ったりします。

今日、1月27日は「国旗制定記念日」だそうです。
まったく知りませんでした。

三年ほど前に「国民の祝日に国旗を掲揚する会」をたちあげ、祝日には自宅に国旗を掲揚してきました。
それは、祝日は単なる休日ではなく、「国としてお祝い日」で、明確な史実をもとに制定された日です。

今から50年くらい前までは、祝日のことを「旗日」といっていました。
つまり、祝日に国旗を掲揚することは当たり前のことでした。
それがいつしか行われなくなってしまいました。
そこで、祝日の意味を理解し国旗の掲揚を続けてきました。

ただ、「国旗の制定」については殆ど言及せずに今日まで来てしまいました。
そして今朝それを知ったというわけです。

1890(明治3)年1月27日、太政官布告第57号の「商船規則」で国旗のデザインや規格が定められました。
それまでは、船によってまちまちなデザインの旗だったようです。
この規則公布日が「国旗制定記念日」となったそうです。

ただ現在の国旗規格とは違います。

当時は、縦横の比率は7:10、日の丸が旗の中心から旗竿側に横の長さの100分の1ずらす、というものでした。

それが、1999(平成11)年8月13日公布の「国旗及び国家に関する法律」によって、縦横の比率は2:3、日の丸の直径は旗の縦の長さの5分の3、位置は旗の中心となりました。

国旗のことがごく最近に法制化されたことに些か驚きです。
国旗は国家の誕生と共に制定されるもののように思っていたり、国の行事(祝日なども含め)にはすべての国民が国旗を掲げるのが普通だと思っていました。

現在の国旗や国歌についてもその運用については「義務化、いや強制はしない」といったやり取りがあったようです。
今日、行政府や公教育の現場では「義務化」の方向です。
私は当然なことだと思っていますが、異論を唱える人もいるようです。

我が国日本のことをもっと知り、誇りをもって語り合いたいものです。
そして、祝日には町中に日の丸がなびくような光景をぜひ見てみたいものです。
posted by 伊藤やすのり at 06:01| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月24日

大記録

昨日に続いて大相撲のことです。

横綱白鵬が前人未到の33回目の優勝を果たしました。
とても素晴らしいことで、お祝いの拍手を贈ります。

今場所、あと2日間を残しての優勝は白鵬関がとびぬけていることの証です。

朝刊にもスポーツ面はもとより、第一面と社会面でも取り上げています。

優勝回数の記録は1971年に横綱大鵬が32回目を記録し、破ることは不可能といわれました。
当時世の中はとびぬけた人気モノとして、「巨人・大鵬・卵焼き」といわれました。
その記録を44年ぶりに塗り替えました。

初場所は今日明日の2日間がありますが、あとは全勝できるかどうかです。

優勝回数の記録は凄いですが、新聞にはいろいろな記録が紹介されています。

初土俵が2001年の春場所ですから相撲界でちょうど14年になります。
そして2007年夏場所後に横綱に昇進しました。
相撲人生の半分は横綱として角界を引っ張ってきました。
しかも、その間1日の休場もないというのが凄いです。

優勝回数の記録と並ぶ大記録だと思います。

相撲は一面勝負の世界であり、勝つことが一番重要だと考えられますが、勝つことへの前提は「出場する」ことです。
更に横綱という地位は、角界の看板であり「休むまず務める」ことは基本的な責務だと思います。

不幸にしてケガに見舞われ休場を余儀なくされることあると思います。
でも、横綱白鵬にはそれがありません。

7年間という長きにわたり横綱の地位を守り、勝ち続けるための努力に敬意を払わねばなりません。
そしてそこから「生き方」を学ばねばなりません。

今場所の13日間を振り返っての談話が紹介されていました。
『8日目に天皇、皇后両陛下が(観戦に)来てくださって、そこから良くなった。4年半ぶりに来ていただいて感謝です。』

素晴らしい言葉です。
そして素晴らしい人物だと思います。
posted by 伊藤やすのり at 09:02| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月23日

連日大入り

1月11日に始まりました大相撲初場所も残すところ三日となりました。

今場所は前人未到の33回優勝を目指す白鵬関。
カド番の二人の大関。
一気に駆け上った逸ノ城関が上位にどこまで通じるか。
などなど、見どころ一杯で始まりました。

ここ数場所、人気が戻ってきたような気がしていました。

あの「若貴時代」のような人気は難しいとしても、「満員御礼」の垂れ幕が少しでも多く下がるようにと願っていました。

今場所は昨日まで毎日満員御礼とのことです。
やはり、多くの注目点のあることが人気のバロメーターだと思います。

さて、昨日の中日新聞夕刊で、この連日大入りの記事がありました。
「大相撲の時間です」というコーナーで、毎回いろいろな視点から大相撲について紹介されています。

特に今回は土俵上以外の楽しみをいくつか紹介してありました。
例えば、力士が場所に入るのを見に来るお客さんがすごく多くなったとか、地下一階の大広間で販売されるちゃんこは開店時に平日でも100人程が行列をつくるとのことです。

最近のファンは、自分から楽しみを見つけるようなアクティブな人が多く、話題への反応も早いようです。
今場所二日目、女性の視点からの放送がありました。
お相撲さんや取り組みはもとより、管内の設備や売店なども紹介されました。
その折、売店にあった「あんみつ」を手に取って紹介しようとしたところ、誤って落としてしまいました。
女性アナウンサーのあわてぶりが映し出されました。
その日のうちにネット上で話題になりました。

翌日、その「あんみつ」を買い求めるお客さんが多く、早い時間に売り切れとなったそうです。

こういう人もいるわけで、ファンの層が広がったことを感じます。

新旧のファンがこの人気を支えているようです。

私は土俵上の充実こそが人気の源だと思っています。
残り三日間、すばらしい熱戦を期待しています。
そして、15日間すべてが満員御礼になって欲しいと思っています。
posted by 伊藤やすのり at 07:20| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月19日

言葉の意味

物事は肯定的にとらえよう。
ポジティブに考えよう。
こうしたことはよく言われます。
そして、「そうだ、そうだ」と、何となくわかったような気になってしまいます。
でも、これはなかなか難しいことです。

先日聞いた「二宮金次郎の幸福論」の中でも聞きました。

「金次郎は常に現実を肯定的にとらえていた」・・・と。

そしてその中で最も印象的だったのは「言葉の定義」です。
いうなれば「言葉の持つ意味」をよくよく考え、「自分としての意味」を明確にすることです。

以前にも紹介しましたが『従う』という言葉です。

直感的には「服従」とか「言われたとおりにする」というような意味が(私は)頭に浮かびます。
でも、二宮金次郎は違います。
彼は、@知ること Aよく見ること B受け容れること の三つをもって「従う」というのです。

自身の今までの考えと類似点をさがすと「受け容れること」になりますが、一緒ではありません。
「いれる」という文字がちがいます。
「受け入れる」というのは「服従」に近い意味になると思います。
つまり、表面的な受け入れ、建前での受け入れということなんです。

「受け容れる」には、充分に理解することが肝要である「よく知ること」「よく見ること」が大切です。

「よく見る」ということの解説も受けました。
「目で見える所だけではなく、それが出来上がったプロセスまで見よ」、ということでした。

因みに広辞苑で「みる」を見てみると大きく三つの意味が示されています。
@目によって認識する A判断する B物事を調べて行う です。

私の理解では「見る」とは、@の「目によって認識する」という意味だけで使っていたと思います。

一つの事例ですが・・・
こう見てくると、言葉の意味にもっと神経を使わねばなりません。

今、今週予定されている講話の内容を吟味していますが、使う言葉に神経を注ぐ必要を感じています。

改めて日本語の深さを感じています。
同時に、その高い文化性も感じます。

もっともっと日本語を大切にしなければなりません。

国語の勉強しっかりしなくてはと思う今日この頃です。
posted by 伊藤やすのり at 06:47| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月17日

あれから20年

20年前の1月17日、早朝に阪神淡路大震災が発生しました。

あの時、熊本県水俣市のホテルにいましたが大きな揺れに目が覚めました。
午前7時半にはホテルを出て、我が社の水俣工場に出社をしました。
朝礼を終え、事務所で何気なくつけたテレビから驚きの映像が飛び込んできました。
確か、ヘリコプターからのものでした。
広範囲にわたって火の手のあがっている光景でした。

「街が燃えている」と思いました。

最初はどこなのかよくわかりませんでした。

しばらくして本社から電話がありました。

「神戸が大変なことになっている」とのことでした。

それからは、テレビをつけたまま本社との電話やり取りで忙殺されたことを思い出します。

神戸の営業所、社員の安否、お客様の状況などなど早く知りたいことばかりですが、なかなか確認が取れません。
お昼頃になってもまだよくわかりませんでした。
午後になり社員の安否確認が取れ、まずは一安心しました。

今から20年前のことですが、当時会社はバブル経済崩壊により業績は落ち込んだまま。
その対策を見出そうと東奔西走の日々を送っていました。

管理部門としては、まずは出費を抑え、遊休資産の処分にあたっていました。
同時に、上級管理者を対象に社員の士気を高めるための研修もしていました。

そんな中での大震災であり、試練に追い打ちをかけられたような思いでした。

その後のことを思い起こしますと、あの大震災が立ち直りのきっかけになったような気がします。

大震災の発生以降、全国各地から多くの人たちが被災地に入りました。
ボランティアによる復興活動は毎日報道されました。
それを見て、さらにその輪が大きく広がっていったようです。

その年の12月、閣議で「今年をボランティア元年」「1月17日を防災の日」としようと決まりました。

そうした一連の動きから、「我々も頑張らなくては・・・」と強く感じたものです。

毎年12月に行っていた翌年の経営計画を検討する中で、スローガンも早期の復興祈願とダブらせ『立ち上がろう!反撃だ』と決まりました。

あれから20年です。
光陰矢の如しですが、その時代に真剣に向き合って来たことは次代に語り継いでいかねばならないと思っています。
あの事があったから今があるんですから・・・。
posted by 伊藤やすのり at 06:09| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月15日

明確な目標

昨日に続いて青山学院大の話題です。
ネットでニューㇲを見ると青山学院大のことがいろいろ報じられています。
目を引くのは、原監督のことです。

レース前にはほとんど話題になりませんでした。

駒大を筆頭に6強の中には入っていましたが、選手にしても監督にしても話題に上りませんでした。

総合優勝を獲得したのだから注目されるのは当然ですが、特に監督が注目されるのはその人柄と指導方法だと思います。

幾つかの記事を読みました。
その経歴に「会社員時代・営業マン」という時代があったことを知りました。

今から11年前、青山学院大が監督を探しているということを知り、エントリーされたようです。
陸上はやっていたもののさっぱり振るわず、営業マンになったというわけです。
でも、いつかは陸上競技に関わりたいという気持ちがあったようです。
ですから、「ビジネスで会得した諸々の知識や技術」をスポーツに活かされたようです。

その中で最も印象的なのは「目標の設定」です。

監督に応募された時、期限を明らかにした明確な目標を提示されたようです。

3〜5年で「箱根駅伝に出場」
8年で「シード権獲得」
10年で「優勝争いをする」
こういう目標だったそうです。

11年目の今年、驚異的なタイムでの総合優勝です。
掲げられた目標を見事に達成されました。

監督の言葉としていくつか紹介されていました。

〈明確な目標を掲げてキチンと道筋をつけることができれば、どんな目標にも近づける〉
〈ビジネスマンとして通用する人間を育てたい〉

そして、「人として、男として自立させる」というのが指導理念だそうです。

「ワクワクさせる」ことこそがヤル気の源泉とも言われています。
これは、二宮金次郎も言っていたようです。

立てた目標や達成のための道筋で、メンバーがワクワクしているか。
自らを見つめてみてはいかがでしょう。
posted by 伊藤やすのり at 09:35| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月14日

新しい指導法

1月2日、3日に開催された箱根駅伝ですが、もう十日も経ったのに話題になっています。

山の神様という形容される神野選手については一躍有名人となりました。
本人も驚いていることでしょう。
来年の大会に向け、新たなプレッシャーも生まれることでしょう。

更にもう一つは、原監督の指導法が話題になっています。

試合に臨む姿勢として、「ワクワク大作戦」と名付けたり、スカウトは「美男子が基準」と言ったりし、あの苦しい駅伝とは大きく違うイメージを出しています。

大会前、優勝候補ナンバーワンといわれた駒澤大学の大八木監督は、厳しい指導で知られています。

たまたま月刊誌「致知」1月号にも取り上げられていました。
特集が『堅忍不抜』というテーマでした。
『堅忍不抜』とは、「我慢強く耐え忍び、心を動かさない」、という意味ですが、駒澤大学大八木監督の指導方針そのもののように思いました。

でも、勝ったのは「ワクワク大作戦」の青山学院大でした。

どちらがいいとかいうことではなく、今までの常識(当たり前)とは違ったことをして事の頂点を極めたことは話題にもなるし、評価されることだと思います。

箱根駅伝では毎回一人や二人の選手が意識朦朧となり、途中棄権をしたりすることがあります。

そしてそのことを、チームのことを思い懸命な姿だと見てきました。
称賛もしてきました。

来年から駅伝の見方が変わるかもしれません。

タスキを渡し、その場に倒れ込む選手を多く見てきました。
今年の青学大にそんな選手はいませんでした。
みんな晴れやかに、楽しく走っているように見えました。
そしてあの記録です。
10時間50分を切るというのは大変な記録だそうです。

「スポーツ指導にスパルタは当然」。
こんな時代に育ちましたが、現在は明らかに違ってきています。

その一つが今回の箱根駅伝で花ひらいと思います。

青山学院大学には、来年も観客に清々しさを与えるようなレースを期待します。
気は早いですが、今から楽しみです。
posted by 伊藤やすのり at 10:23| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月13日

大相撲の人気

大相撲初場所が始まりました。
日曜日が初日でしたが、三連休の中日ということや午後から来客があったりして、初日の取り組みは観戦できませんでした。

横綱大関陣は全員白星のスタート。
注目の遠藤関と逸ノ城関の一戦は遠藤関の勝ち。
そして館内は満員御礼だったようです。

年の初めの場所として、上々のスタートをきったと言えます。

そして昨日の二日目です。
祝日だったこともありテレビ桟敷に座ったのが4時少し前だったと思います。

テレビ画面から伝わる雰囲気がいつもと違っていました。

二日目の放送は「女性も熱視線!盛り上がる大相撲」と題しての中継だったようです。
ゲストに女性、インタビューも女性アナウンサー、そして館内リポーターもあってこちらも女性でした。
いつもの「相撲解説」は少なく、いつもとは違う雰囲気でした。

大相撲は、若貴兄弟が活躍した時代を最後に人気は下降状態でした。
そこに野球賭博や八百長問題が発生し、大相撲や相撲協会の存続が危ぶまれる事態にまで追い込まれていました。
そんな中、横綱白鵬をはじめ力士の多くは真面目に相撲に取り組んできました。

モンゴルをはじめ外国人力士に上位陣を占められ、日本人力士の優勝は夢のまた夢というような状況も人気が回復しない要因の一つだと思います。

そんな中で遠藤関の登場は人気回復のキッカケになったように思います。
十両から幕の内に上がった頃は髷も結えず、初々しさいっぱいでした。
風貌もよく、一気に女性ファンが増えたとも聞きます。

幕の内に定着したものの、上位との力の差は大きくこのところ勝ったり負けたりの状況でした。
でも、人気は凄いです。
平幕ながら取り組みの全てに懸賞がかかっています。
それも、二本や三本ではありません。
常に十本以上で二本近い時もあります。
こんな力士は過去にはないと思います。

そこに登場したのが逸ノ城関です。
「モンゴルの怪物」といわれ、入幕後一気に関脇まで駆け上った力士です。

こうして相撲人気は盛り返しつつあります。

昨日二日目も満員御礼でした。

協会の方でもいろいろ考えているようで、昨日の「女性も熱視線!・・・」という放送もそうしたことの一環だろうと思います。

ただ、昔からの大相撲ファンとしては些か違和感を持たれたんではないでしょうか。

「土俵上の充実」こそが人気の源。
こう思っている人は多いと思います。

昨日の取り組みでも手に汗握る攻防が何番かありました。
やっぱり相撲人気の源は取り組みの面白さだと感じました。

昨日、遠藤関、逸ノ城関は共に黒星。
横綱鶴竜、大関豪栄道にも土がつきました。

三日目以降、益々盛り上がることでしょう。
posted by 伊藤やすのり at 06:43| Comment(2) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月12日

祝日に想う

やっぱり気になります。
最近ますますその思いが強くなってきています。
それは、「国民の祝日」についてです。

私の周りのほとんどは、「国民の祝日」については「休日」という認識で、その意味や意義を理解し国旗を掲揚して祝意を表す人はほとんどいません。

私は大変大きな問題だと思っています。

例えば今日ですが、「成人の日」という祝日です。
1948年に公布施行された祝日に関する法律には、「おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます」と記されています。

国民ならば、示されている内容にかなう行動をとるべきでしょう。
その象徴的なことが国旗を掲揚することだと思っています。

ところが、いまだに「国旗・日の丸」について、認めないとかいう無茶な議論をやっている人がいます。

更に言えば、2000年からの「ハッピーマンデー制度」によって、この「成人の日」は毎年違う日となってしまいました。
1月の第二月曜日です。
1月15日を成人の日を定めた「理由」(意義)はどこかに行ってしまいました。
つまり、祝日というのは休日の一つというわけです。
果たしてこれでいいのでしょうか。

1999年までは1月15日だった「成人の日」。
制定時には、「この日は小正月であり、かって元服の義が小正月に行われていたから」という理由でこの日が「成人の日」となりました。

一事が万事という言葉があります。

建国以来、2千年以上続いている国家は日本しかありません。
その長き歴史にはぐくまれた「文化」を、簡単に捨ててしまう。
これは問題です。
まさに一事が万事で、日本の良さをどんどん捨ててしまっています。

今に、日本でなくなってしまいます。

今朝のテレビで成人式の様子を伝えていました。
多くの地域で昨日成人式が行われたようです。
テレビでは相変わらず「突飛なこと」(派手な衣装)を興味本位でとりあげ、スタジオではその様子を笑いながら容認していました。

それを叱る大人がいません。
それを諭す大人がいません。
それを認める親がいます。
それを認めてしまう社会です。

そして彼らは「記念だから」と妙な理屈を言っていました。

絶対に間違っていると思います。

こんなことを思った今日の祝日です。
posted by 伊藤やすのり at 08:58| Comment(2) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月08日

シニアの動き

半年くらい前からシニア(高齢者)のことを強く意識するようになりました。
それは、まちづくりにシニアの参画が欠かせないという考えになったからです。

こういう意識を持つと、世の中の動きの中でもシニアに関することが気になるものです。

恐らくは今に始まったことではないと思いますが、新聞にもシニアの動きが多く紹介されています。

昨日(1月7日)の産経新聞にあった二つの記事は、シニアの新しい社会進出を思わせる内容でした。

一つは「シニア同窓会」についてです。
そしてもう一つは「シニアの料理教室」の話題でした。

まずは「シニア同窓会」です。
地元の小学校や中学校の同窓会が今までとは違う内容で開催されているようです。
驚きは、同窓会幹事の代行サービスを提供している会社があるようです。
そこで手掛けられたシニア同窓会の内容がいろいろ紹介されていました。

シニア同窓会が増えているようですが、理由は、団塊世代の退職が増えたことに加え、東日本大震災で「絆」に注目が集まったからだそうです。

「地元」「絆」というのは同窓会のキーワードのようです。
それは、まちづくりへの意識付けのような気もします。

もう一つの「男の料理教室」の記事は、『団塊男子・青春よ再び』という連載記事の2回目です。

家庭を顧みなかった企業戦士の退職後の一面が紹介されています。
特に、趣味も仲間もないような男は問題行動が多いようです。
その打開策として「男の料理教室」が盛況のようです。

思い切って参加し、料理のおもしろさを感じいくつかのレパートリーができると、家庭内でも一定の存在感が生まれるようです。
料理を覚えれば作ってみたいものです。
そして誰かに食べてもらいたいものです。

妻や子供が喜んでくれる姿は、自らの心にやる気を芽生えさせてくれるものです。

つまり、人が認めてくれる、喜んでくれるというのは「生きていく上での肥やし」でもあると思います。

特に大きな組織で仕事をしていた人にとっては、今まであまり感じなかったことではないでしょうか。

この感情こそが「世のため人のため」という思いに向かう最初の一歩のような気がします。

この二つの記事から、シニアのまちづくり参画に意を強くしています。
「地域」「絆」そして「人の喜ぶこと」。
これらを地域の中で発揮してもらったならば、素晴らしい町になるのではないでしょうか。

posted by 伊藤やすのり at 05:14| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月07日

一年の誓い

今朝は瀬戸・旭倫理法人会のモーニングセミナーが開催されました。
今年最初のセミナーであり、新年式という位置づけで参加全員による「今年の倫理実践目標」の発表がありました。

32名の参加があり、それぞれ持ち時間1分で始まりました。

本来は「倫理実践目標」を発表してもらうことでしたが、拡大解釈をされ「今年一年の誓い」という内容になりました。
多くの人が「健康管理」を挙げられました。
健康管理も様々で、ダイエット目標もあれば規則正しい生活や禁酒の誓いもありました。

その言葉だけ聞いていると、「倫理とどういう関係があるの?」という疑問も持ちますが、これに一言二言付け加えると「倫理的」になると思います。

例えば、健康について言えば、「健康な肉体に健全な心が育つ」「規則正しい生活こそが理に適った生活」「正しい生活習慣こそが健康のもと」などです。

倫理の勉強初めて7年ほどになりますが、最近こんなことがわかってきました。

つまり、倫理とは日常生活はもとより、会社での業務活動など「生きていること、生かさせてもらっている」、その中にあることで、正しい生活や正しい業務活動を意識して行うことに他ならないということです。

こんな風に理解すると少し楽になりました。

純粋倫理とは「生活法則」のことでありこれを「くらしみち」と読みます。

モノには「物理」という原理原則があり、肉体には「生理」という原理原則があります。
そして生活とか日常生活には「倫理」という原理原則があるということです。

皆さんの「今年一年の誓い」を聞いていて感じたことです。

私は「朝起き」を改めて誓いました。
目が覚めたらすぐに起きるということで、一年継続しようと決意しています。

お互いに誓いを意識しながら、素晴らしい年にしたいものです。
posted by 伊藤やすのり at 09:09| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。