2015年01月03日

ニューヒーロー

正月の楽しみの一つに箱根駅伝があります。
箱根の山の風物詩といっていいと思います。

1月2日午前8時、読売新聞社前を20人の選手がスタートしました。
往路は芦ノ湖のゴールまで100キロ余り、各チーム5人でタスキをつなぎますが最大の難所は山登りです。
長く続く坂道はまさに苦行のようです。

私は昨日8時少し前からテレビの前に座りました。
スタートしてからは離れられません。
離れるのはコマーシャルの時くらいです。

全くといっていいほど事前情報を持たずに観戦しますが、1区から2区にタスキが渡る頃今回の見どころがわかってきます。

本命校とか注目選手などを聞きながらの私が注目するのは選手の出身高校です。

愛知県の高校名とかが出てくると応援したくなるものです。
そんな中に、青山学院大学の5区に愛知中京大中京出身の選手がいました。
神野大地という選手です。

青山学院大はまだ優勝がありません。
今回スタートしてから上位につけており、本命駒大に食らいついていくような展開でした。
そして5区へのタスキ渡しがありいよいよ山登りです。

1位の駒大と45秒くらいの差が10キロ過ぎで追いつきました。
やや併走がありましたがいとも簡単に追い抜きました。

いとも簡単にといったのは、追い抜いた後の差のつき方です。
ぐんぐん差が広がり、終わってみれば2位に5分近い差をつけ、驚異的な記録でゴールでした。

元気いっぱい、笑顔でのゴールでした。
余りのさわやかさに「凄さ」を感じませんでしたが間違いなくヒーローの誕生でした。

今朝、ネットで「神野大地」で検索したところ767件の記事がありました。

いくつか見ましたが印象的だったのは、11月ごろに5区起用が決まってから、山登り(5区)のレース映像を何度も何度も見て導き出した答えが『きついところでいかに我慢するか』ということだったようです。
自身、我慢することには自信があったと言います。

これを読み、やはり凄いと思いましたし勝つことへの執念も感じました。

勝利への執念にあきらめない我慢強さが加われば当然の結果だったかもしれません。

山の神といわれた柏原選手の記録を大きく更新。
一気に有名人です。

今朝(1月3日午前8時)の復路スタート。
2位に5分近い差、青山学院大の総合優勝が見えてきました。

今日も午後1時半頃まではテレビの前です。

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2015年01月02日

元旦の宴

2015年の元旦も賑やかな宴でした。

元旦といえば静かに家族で過ごすというご家庭も多いかと思います。
でもわが家では元旦から多くの来客があってとても賑やかです。

もともとは、1月2日に親戚が集まって新年会をしていました。
私は40代から50歳にかけて多くの媒酌人をしました。
50組以上です。

そうした新婚さんが正月に訪ねてくれたり、子供が生まれたと言って連れてきてくれたりしていました。

そうした人達のほかに、今から15年前に始めた「経営塾」の塾生たちが年賀のために来てくれるようにもなりました。
こんな状況からまずは日にちを決めること。そして場所を広い所にということで今のやり方になりました。

まず日時は元旦の11時頃から終日にしました。
場所は自宅の隣にあるカフェ。
(このカフェは年末年始は二週間くらいは休業しています。)
この形態で15〜6になると思います。

昨日も一番のお客さんが11時過ぎに。
一家4人での来訪でした。
娘さんの顔が見えなかったので尋ねたら、受験のためのホテル合宿とのことでした。

12時頃になると次々とみえました。

一番遅いお客さんが午後5時頃でした。
我社の社長でした。

全部で12家族、お一人で来ていただいたのが8人ほど。
子どもさんは10人くらいでした。
(お年玉対象です。)

これだけの人が集まると私と家内だけでは接待しきれません。
皆さん様子はわかっており、器を出したり飲み物の追加など慣れたものです。

この集まりを始めた頃は午後11時半過ぎでした。
でも今は午後8時頃には終了するようになりました。

雰囲気を楽しみ、お酒もタップリいただきました。
何しろ、7時間以上飲むわけですから半端な量ではありません。

昔話はもとより、将来の話やそれぞれの人生設計など、食べては話し、飲んでは話しの8時間でした。

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2014年12月31日

地域の力

5〜6年前から「地域力の向上」が言われるようになりました。
市役所にその活動を支援する部署もでき、いま市内全域にその活動が広がっています。

全ての地域の活動を承知しているわけではありませんが、内容は大きく違うようです。
スタート段階のことであり、致し方のないことでしょうが、そろそろ活動の方向性をそろえていく必要がある様に思います。

地域の人たちに「関心を持ってもらう」段階から、まちづくりへの積極参加です。

私はこの地域力向上委員会という組織を発足させるとき、提案をさせてもらいました。

たしか原案では、地域の人たちが地域のことをより詳しく知り、地域共通の問題を住民の力で解決していこうということだったと思います。
私は進め方について一定のガイドラインを示すべきだと考えました。
つまり、活動の進化によりまちづくりへの強力な参画団体になりうると考えたからです。

その方向を示すことにより、まちづくりの目指す姿がよりはっきりすると思いました。

当時の提案は、地域力を発揮してもらう分野のついて特定しました。
「地域防災力」「地域安全力」「地域教育力」「地域文化力」「地域美化力」の五つです。
このそれぞれに、5段階程度の「到達点」を用意してはどうかというものです。

例えば「地域防災力」でいえば、「防災活動に全く無関心」という状況から、「講習会の開催・参加者数」「訓練のの実施」「連絡体制」や「防災組織」の確立など、活動が成長していく途中段階をしめすということです。

活動を活発化していくにはいろいろな方法があります。
その一つとして提案をしました。

今のところ採用はされていませんが、活動のレベルが上がるにつれ必ず話題になると思っています。

地域向上委員会の活動が活発になってきました。
こうした地域の力をベースにしたまちづくり活動が本番を迎えようとしています。
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2014年12月29日

名前を呼ばれたら

名前を呼ばれたら返事をする。
これは社会生活をする中で基本的なことだと思います。
でも、この返事がなかなかできていません。

よく遭遇するのは病院での待合室です。

診察券をだし、自分の名前を呼ばれるのを今か今かと待っています。
そして「〇〇さん」の声。
待ってましたとばかりに、「ハイッ!」と返事をされるかと思いきや、のそっと立ち上がり呼ばれた人のほうに歩き出す。

気を付けてみていると、ほとんどの人が返事をしません。
まるで言葉を失っているように見えてしまいます。

病院ですから待っている人はどこかが悪いんでしょう。
でも、返事ができないほど具合が悪いとは思えません。

逆に素晴らしい人もいます。
先日もこんなことがありました。

その人は、診察を終え、精算のために待っていました。
しばらくして「〇〇さ〜ん」の声。
即座に「ハイ!」の返事をされ、カウンターでの最初の一言は「お世話になりました」でした。

すぐ近くにいてとても清々しい気持ちになりました。

そして支払いを済ませ最後に、「ありがとうございました」との言葉と共に頭を下げられました。
見ていて、「美しい」とも感じました。

言葉のやり取りは単に情報のやり取りだけではありません。
言葉に心を乗せ、気持ちが届いてこそやり取り(会話)のはずです。
それは言葉そのものも重要ですが、声の大きさや高低、スピードや歯切れ、そしてその言葉にふさわしい表情や立ち振る舞いも大いに影響するものです。

名前を呼ばれたら即座に返事をする。
この基本のできている人は「日本語の作法」も適っていると思いました。

返事をすることで、次の一言が出てくるのではないでしょうか。

気を付けたいものです。
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2014年12月28日

借家の新時代

「借家の新時代」
この見出しを見て何のことかと思いました。
倫理研究所の発行している「職場の教養」の12月28日のページです。

この小冊子は以前にも紹介しましたが、倫理法人会の会員に1口当たり30冊が毎月配布されているものです。
「一日一話」という形式で、毎日違う話が載っています。
各会員は朝礼時にこの小冊子を活用しています。

さて、今日のページですが、新しい借家形態について紹介され、その内容から「心がけ」として、《固定概念を打ち破りましょう》とありました。

内容は、今賃貸住宅の業界で新しい物件出てきたということです。
従来の賃貸契約では、退去時に原状回復をすることが義務でした。
それを覆し、回復義務のない賃貸住宅が出てきたとのことです。
それを『DIY賃貸住宅』というそうです。

DIY住宅では、自分の手で改装などをすることができ、退去時に原状復帰をしなくてもよいというわけです。

何でも国土交通省では契約などのガイドラインを作成し後押しをしているとのことです。

こうした状況を捉え、「今までの常識にとらわれないことが大切ですよ」、と諭していました。

なるほどと思いながら、住宅の作り方も変わってくると感じました。
それと同時に、全国的に空き家が増えている現実への対応として「ご自由に手を入れて下さい」というのもいいのかもしれません。

住宅について、「今あるものの活用」とか「多様な使い方」を改めて考えてみてはどうでしょう。

「家族団らんの場」という基本的なものを中心に、「交流とか情報発信の場」として住宅を考えた時、DIY可能は嬉しいことに違いありません。

狭い国土に、空き家がいっぱいあるというのは「何かの歪み」だと思います。

こんなこと感じた今日の「職場の教養」でした。
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2014年12月27日

着物の魅力

今朝、小牧市倫理法人会の経営者モーニングセミナーに出席しました。

数日前、今日のモーニングセミナーの内容をフェイスブックで知りました。
小牧市倫理法人会の幹事さん(女性)が講話を担当されること、そしてその内容が「着物」に関することだと知りました。

その人は以前から着物で参加されておられ、目立つ存在でした。
勿論よく知っている人でしたが、ごく最近、スピーチの練習をされているとのことで、いくつかの興味をもっての聞かせていただきました。

テーマは「着物が語るあの人への恩」です。

まずは普段から着物を着ていることの説明です。
そして、好きな着物を通しての活動の説明があり、育ててもらった恩人への感謝の気持ちなどを述べられました。

初めて聞くその講話から、「着物を通して和の心」を表していることや、「着物の持っている力」のことを知ることができました。

「もっと、着物を着る機会を増やすべきだ、男も」
率直な感想です。

私自身、和服を持っていますが昨今、着る機会はめっきり減りました。
何か意識しないと着る機会がありません。

今後検討したいものです。

帰宅して一番最初にしたことは、着物をはじめ「和のモノ」についての参考本を探したことです。

一冊ありました。
「日本人なら知っておきたい『和』の知恵」(河出書房新書)という本です。

「着物」についてありました。
「帯」についてもありました。
「和の知恵」一杯です。

こんなことを調べたり、昔のことを再現したりして日本人も持っていた精神文化を理解し、伝えていく必要があると思いました。

何かしら企画してみようと思っています。
posted by 伊藤やすのり at 16:12| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月26日

通夜式

昨夜、通夜式に行ってきました。

私が会社の入社した当時、主に関東方面で取引をいただいていたお客様の、社長のお母様が亡くなられました。
95歳とのことでした。

午後7時からの開式でしたが、駐車場が混むと思い30分前に入場しました。
数年前までは、受付で一人づつ記帳していましたが、今は変わりました。
別に用意された記帳台で、一人一枚づつ記入しそれを受付に差し出すという方式です。
確か、新興の葬儀社が始めた方式だと思います。

さて、会場ではいろいろな顔を見ます。
しばらくぶりに見る人がとても老け込んでいたり、髪が白くなってた人もいます。

あれ?こんな人が。どんな繋がりなんだろうという人もいます。

同じ団体に属していても、故人との繋がりを全く知らなかった人・・・などなど。

こうして縁が繋がっていくものだと感じました。
そういう意味では故人のご冥福を祈りながらも新たなご縁をいただく機会(場)なのかもしれません。

式の始まるまでの僅か案時間でのやり取りを通じ、そんなことを感じました。

私は今から30年以上前のこと、東京のお客様の葬儀をお手伝いした経験があります。
当時の我社社長が葬儀委員長を仰せつかったこともあり、社葬の運営と進行を担当しました。

ご自宅での密葬は現地の慣習通りに行われました。
丁度、12月25日のことでした。

年が明け、1月の下旬に社葬が執り行われました。
当時はまだ社葬というのがとても珍しく、葬儀社にもノウハウがありませんでした。
葬儀社でいろいろ教えてもらいながらの準備と運営でした。

そんなことも夕べ思い出しました。

いろいろなつながりの中で生きています。
いや、生かされていると思います。
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2014年12月25日

ローカルな話

昨日、瀬戸・旭倫理法人会の経営者モーニングセミナーで講話を担当しました。
テーマは「発想力」で、これは月刊誌『致知』の特集を参考した内容でした。

2008年2月から、毎月一回講師を担当することになり今月まで続いています。

同じような聞き手に毎月一回というのはなかなか大変です。
毎回違う話をしようと考え思いついたのが、『致知』の特集をテーマに頂き、記事の紹介と感想、そしてそのことと倫理との関わりを話すというものです。

もちろんそこに自身の体験を加え、講話に求められている「話の質」に応えようと頑張っています。

そうした状況のなかで、導入部の話にも気を使います。

この一か月間身のまわりの出来事や新聞記事などからいくつか準備をしています。
ただ、私の前に話される会長や会員スピーチを聞き、そこから連想した内容を話すことも少なくありません。

昨日もその一つでした。

会員スピーチで、ご自身が結婚五十年になるというこや創業のいきさつなどを話されました。
「結婚五十年」が心に留まりました。
二か月ほど前に聞いた話を思い出しました。

市内でそこそこ有名なうどん屋の大将の話です。
二年後、大きな節目なのでいい機会だと考え、引退するということです。
「結婚五十年」「開店五十年」そしてご自身が「七十七歳」という大きな節目です。

このことを「節目を意識した覚悟を持っての商い」だと紹介しました。

このローカルな話に多くの皆さんが反応してくれました。

講話終了後に、「その店との思い出」「娘さんとの関係」「材料の納入」などなど、いろいろな関わりについて聞かせてもらいました。
意外でした。
この地域に住まうもの同士のつながりを感じた一瞬でもありました。

こういう「いい話」はセミナーでも積極的に取り上げてもいいと思いました。

ローカルな話だからこそ伝わることもあると思います。
要は、紹介の仕方でありそこから何を学び取るかです。

来年以降、講話の担当が続けられるのなら「ローカルな話から倫理の実践を学ぶ」というような話に挑戦したいと思いました。

posted by 伊藤やすのり at 05:46| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月23日

天皇の誕生日を祝う

今日、12月23日は「天皇誕生日」です。
国民の祝日に関する法律では「天皇の誕生日を祝う」とあります。

天皇陛下の誕生日は昭和23年までは「天長節」と呼んでいました。
先輩の中には今でも「天長節」という言葉を使われる人もいます。

今日はブログに「天皇誕生日」に関することを書こうと思っていました。
ですから少しばかりネットで調べてみました。

まずは「天長節」という言葉です。
これは、「老子7章」にある「天長地久」ということが語源だそうです。
「天長地久」とは、天地が永久に不変である様に物事がいつまでも変わらずに続くこと、という意味です。

この天長節(天皇誕生日)というのは「国家の日」とも言うそうです。
そこで、外国はどうかといえば国家として体を成している国は全て「国家の日」はあり、休日のようです。

更に見ていくと、この国家の日というのは殆どが「独立記念日」です。

違うのはイギリスとオランダ。
共に女王の誕生日が「国家の日」とされています。
そして日本は天皇陛下の誕生日が「国家の日」とされています。

私は誇りにすべきことだと思っています。
初代神武天皇から125代にあたる今上天皇。

昨日の会見で仰せられました。
『より良い日本をつくる努力を続けることが残された私どもに課せられた義務』と。

どこまでも国や国民のことを念じ、祈り続けていただいています。
今日も多くのことが行われますが、誕生日のお祝いと共に、ご健康をお祈りしたいものです。

その思いは国旗の掲揚で表せてもらいました。
一時間ほど前、日の出と共に掲げさせてもらいました。

posted by 伊藤やすのり at 07:37| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月22日

名刺について

昨日の中日新聞に、愛知県職員の名刺についての記事がありました。
(県政キャップの有賀信彦氏の記事です。)

愛知県では、管理職の名刺は用意されるもののそれ以外は原則自己負担だそうです。
対外的な活動をする一部組織の職員には公費で認めているようです。
また、「必要な名刺であれば、事後申請で認めている」とのことです。

記事ではこういう状況を説明し、現行の方法を見直してはどうかと述べていました。
(いささか大仰だが、県職員が「公に奉仕することへの誇りを持つため」と見直しの理由をの説明していました。)

私は二つの民間会社に勤務しましたが、最初の会社(大企業)では名刺とは縁がありませんでした。
一年半という短い期間の勤務でした。
転職で二つ目の会社(現在も勤務中)に入社させてもらった時は、上司に申請し名刺を用意してもらっていました。
入社間もない頃から会社で用意してもらった名刺を使っていました。

でも原則は、営業部門以外では肩書がつくまでは名刺はなし、ということでした。

記者が述べているように、会社に用意してもらった名刺を持つことは「会社を代表する立場」を意識するものです。
自費でつくった名刺とはずいぶん違うものです。

管理職や渉外関連部署以外は名刺を用意しないという理由は、使用枚数にあるようです。
名刺が必要な場面がほとんどない人に用意する必要はない、という理屈です。
こういう考えも一理あると思います。

でも一方で、名刺の使い方についても考えてみる必要がありそうです。
用意された名刺を持つこと、そしてその使い方についてしっかりと議論がされていないように思います。

名刺は「自分が何者か」を示すものですが、同時に「属する会社(組織)」をその人を通してイメージするものです。逆に、会社名からその人をイメージすることもあります。
いずれにしても名刺を交換することは初対面にして多くの情報を提供し合うことになります。

私は会社の基本的な方針にもとづいて名刺の取り扱いを決めるべきだと思っています。

名刺には対外的に、「こうありたい」という思いを込めたらいいと思います。
そうすれば、名刺を持ってもらう社員は明らかになるのではないでしょうか。

posted by 伊藤やすのり at 06:00| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月21日

ていねいに生きる

「ていねいに生きる」とは、ある本の第1章の題(テーマ)です。
その本は、ノートルダム清心学園理事長の渡辺和子さんが書かれた『面倒だから、しよう』(幻冬舎)という本です。

購入したのは、本の名前が面白いという理由もありますが、渡辺さんの前作『置かれた場所で咲く』を読んでいたこと、そして同じタイトルでの講演を聞いていたからです。

『置かれた場所・・・』では、与えられた環境の中でそれを受け入れ精一杯に生きなさい、という内容でした。
講演ではご自身の人生を振り返りながら、とても穏やかな口調で、気持ちがいい講演だったと記憶しています。
そして『面倒だから、しよう』では、具体的にどう生きたらいいのかが述べられています。
ちょっとしたことですがそれが大切なんです。
ちょっとしたことなので、つい忘れてしまいます。

「ていねいに生きる」というのは、ちょっとしたいいことを続けることだと感じています。

これは倫理の実践と同じことのように思います。
だから渡辺さんの考え方や生き方に共感できると思います。
ちょっとしたことを実践し相手(周り」の変化を楽しみたいとも考えました。

そうしたことの一つを詩のようにまとめられています。
(少し長いですが・・・)

『ほほえみ』
ほほえみは、お金を払う必要のないやすいものだが
相手にとっては非常な価値をもつものだ

ほほえまれたものを、豊かにしながらも、
ほほえんだ人は何も失わない

フラッシュのように、瞬間的に消えるが、
記憶には永久にとどまる

どんなにお金があっても、ほほえみなしには貧しく
いかに貧しくとも、ほほえみの功徳によって富んでいる
家庭には平安を生み出し、社会では善意を増し
二人のあいだでは、友情の合言葉となる

着かれたものには休息に、失望するものには光になり
悲しむものには太陽、様々な心配にたいしては、
自然の解毒剤の役割を果たす

しかも買うことのできないもの、頼んで得られないもの
借りられもしない代わりに、盗まれないもの、
何故なら自然に現れ、与えられるまでは、
存在せず、値うちもないからだ

若しあなたが、誰かに期待したほほえみを、
得られなかったら、不愉快になるかわりに
あなたの方からほほえみかけてごらんなさい

実際、ほほえみを忘れた人ほど
それを必要としているものはないのだから

いかがですか。
優しい気持ちになりす。
posted by 伊藤やすのり at 08:13| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月20日

体験を伝える

先週の土曜日(12月13日)に愛知県倫理法人会主催の特別講師講習会に参加しました。
講習会の内容と感想は、過日「バラバラを一つに」と題して書きました。

その時講師が強調されていたことに「体験を伝える」ということがありました。
体験はその人固有のものであり、それに基づく話というのは説得力があります。
「自分もそうしなければ・・・」と強く思いました。

さて、18日の夕方のことです。
この日は前日の夜から降り出した雪でこの地方にも大雪警報が発令されたほどです。

日中の予定はほとんどが変更になり、夕方、テレビニュースを見ていました。
トップはもちろん大雪に関することでしたが、キャスターが「雪道の歩き方」についてフリップを使いながら紹介を始めました。

その番組は、夕方5時少し前から始まる「イッポー」です(中部日本放送)
キャスターは大石さんです。

大石さんは言いました・・・
「私、雪国山形の出身です。その大石が雪道で転ばない歩き方をお教えします・・」と。

「歩幅は狭く」「足の裏全体で着地」「足の指で地面をつかむような感じで」「時間に余裕をもって」
なるほどなあ、と思っていたら「実演」までしていました。

これを見ていて思いました。
体験を伝えるというのは「知恵を伝えること」なんだということを感じました。
雪道の歩き方というのは、雪国の人たちの生活の知恵でしょう。

もしキャスターが大石さんでなければ、あるいは雪国出身者でなかったらこの情報提供はなかったと思います。

ニュース番組であり、事実の報道が基本的な使命です。
でも、それに関した生活上の知恵は一杯あるのではないでしょうか。

極論ですが、「事実を淡々と伝える報道」は国営放送に任せ、民放は「出演者の体験」をもっと伝えるようにしてはどうでしょうか。

大石さんのあの放送はきっと反響があったと思います。
今後も期待しています。
posted by 伊藤やすのり at 06:40| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月19日

スピーチって慣れ?

今朝は一宮市倫理法人会のモーニングセミナーに招かれています。
講師を務めさせていただきます。

よく言われることですが、「伊藤さんは慣れてるから、緊張なんかはしないでしょう」とか「慣れてみえるから上手に話されますねえ」・・・と。

確かに人様の前で話す機会が多いので場数は踏んでます。
でも、場数を踏んでること、慣れていることと「いい話ができること」とは関係していないように思っています。

私自身の経験からいえば、何回スピーチをしても「上手くなろう」という意識と、「上手くなるための努力」をしなければ上手く話すことなどできません。

私の場合は準備です。
つまり話のレジュメづくりです。

私の先生(遠い昔、学生時代の先生)は、「与えられた時間の10倍くらい話せるくらいの原稿を用意しなさい」と言っていました。
その教え通りにはなかなかできませんが、準備には時間を掛けています。

一通りできたところで伝えたいことを一つか二つに絞り、原稿を削って行きます。
その上で幾つかの話の小項目を並べ、話して見ます。
概ねの時間配分をして本番に望みます。

実際にみなさんの前に立つと緊張します。

場数を踏むと、その緊張感が姿勢を正してくれます。
そういう意味では「慣れること」も大切だと思います。

やっぱり用意周到な準備だと思います。

でも、現実的には突然指名されることもあります。

これには対処する方法はなく、日頃から話のネタを蓄えておく必要があると思います。

今日は、「スピーチの体験話し」を中心においての話です。

そろそろ緊張してきました。
posted by 伊藤やすのり at 05:30| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月18日

後始末

資料を整理していて目に留まったものがあります。
今年3月に発行された「今週の倫理」866号です。
A41枚の資料ですが、その内容は「成功した時こそ終わりを慎む」というタイトルで、後始末の重要性を述べたものでした。

この「今週の倫理」というのは、倫理法人会の会員のところに毎週送られてくる資料です。
日々の倫理活動への支援資料です。

その資料がなぜ目に留まったかといえば、つい先ごと届いた資料(第903号)と内容が似通っていたからです。
タイトルは「年の瀬に物の後始末を」というものです。

法人向けの資料であり、3月と12月は「節目・区切り」だという考えから発行されたんだと思いました。
それほどまでに「後始末が重要なんだ」ということなんでしょう。

3月の資料では《日本武尊(ヤマトタケル)の伝説》から、大きな成功をおさめそれが自己過信となり命を落としたというエピソードが紹介されています。
つまり、「謙虚さ」が大切だということです。

「謙虚」とは控えめでつつましやかさまのことで、倫理運動の中で「終わりを慎む」ことが実践の基本であり、成功の要件だと言われています。
仕事が終わった時、「成功した後こそ心を緩めず、感謝を込めて後始末を行い、物事にけじめをつけて生きましょう」と述べられていました。

案外忘れがちです。

正しい後始末をすることによって育つのは「謙虚な心」ということなんでしょう。

12月の資料では、職場における仕事の進め方について、二つの例を取り上げていました。
仕事で使う資料や物の扱い方がまるで違います。

物の手入れや扱いが乱暴な人は後片付けのうまくいっていません。
従って効率も悪く、周りからの信頼も得られていないようです。

対照的なのは物を大切に扱い、後始末をキチンとしている人です。
仕事の出来栄えは言うまでもありません。

つまり「物の後始末」ということは、「それを使った後の始末」のことで、あった場所に戻すことはもとより、次に使う人のために性能の再確認などの気働きをすることだと述べています。

更には、「物に感謝する気持ち」を持ちましょうといいことです。

二つの後始末に関する資料を紹介しましたが、私自身できていません。
反省しきりです。

「終わりよければ全て良し」
この言葉は「結果がよければ・・・」というような説明がありますが、結果の後始末こそが重要だということを付け加える必要がありそうです。

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2014年12月17日

言葉の貯蓄

水曜日の朝。
定例のモーニングセミナーを終え、会場近くのデニーズで朝食をいただきます。

食事や仲間とのお喋りの楽しいですが、読売新聞が読めるのも楽しみの一つになっています。
各テーブルに朝刊が用意させ、「お持ち帰りどうぞ」となっています。
読売新聞を読むのはこの機会だけです。

今朝のトップはイスラム武装勢力が公立の学校で銃を乱射、少なくとも145名が死亡したという痛ましい事件記事でした。
パラパラとめくりながら眺めていたところ、目についた文字、それが「言葉の貯蓄」でした。

その記事は「特別面」で、椙山女学園大学主催の「活字文化公開講座」の様子を紹介するものでした。
直木賞作家の辻村深月さんのトークを中心に、「読む」とか「書く」ということについて意見が交わされたようです。

辻村さんの話で「読書のススメ」という部分がとても印象的でした。

活字離れが進んでいると言われますが、それは大人の側にも大きな責任があるようです。
「本を読め!」などといわれ、「難しく面白くない本」を紹介される。
こういうことを子供の頃に経験すると「本嫌い」になってしまうようです。

私自身は本が好きな方ですが、父親が本好きで家には多くの本がありました。
本を読めとは一度も言われたことはありませんが、小さいころから本を読んでいました。

読書というのは一つの習慣ですし、まずは環境が大事だと思います。

辻村さんは言っています。
「まずは本を楽しむこと」です。
いろんな本を読んでみると、その内自分に合う本(内容)が自然にはっきりしてくるようです。

次はそうした本を楽しむことを「習慣化すること」です。

そしてそのことが結果として「言葉が貯蓄」されることになる・・・とのことです。

付け加えて、「若い時にこういう経験を積んでおかないと、大きくなって損をしますよ。」といわれていました。

私は「言葉の貯蓄」こそが読書の目的だと感じました。
よく言われるのが、「知識を増やす」とか「教養を高め」です。
これを否定するものではありませんが、読書で得られる最大のものは「言葉」であり、その「言葉の役割」を考えると、「貯蓄」こそが目的だろうと思いました。

言葉は「考える道具」です。
言葉は「意思疎通の道具」です。

この道具の質と量で人生の充実度が決まるような気がします。

常に手もとに本を置き、「言葉の貯蓄」に励みます。
posted by 伊藤やすのり at 09:29| Comment(2) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月16日

突然なこと

昨日、付き合いが7〜8年になる若い経営者から相談を受けました。

期待をしていた社員(リーダー)から突然、「辞めます」との申し出を受けてしまったそうです。
どのように対応したらいいのかの相談です。

本人は以前「人財塾」という勉強会に参加しており、記憶にある人物でした。

ことの経過を一通り聞かせてもらいました。

一番最初に感じたのはトップが辞めたいという社員に大きな期待も持っているということでした。
従って、「今日のところは話だけ聞き、期待していることだけを伝えた。何せ、突然のことだったんで・・・」
ということでした。

その社員さんのことをよく理解しているわけではないので的確なアドバイスをすることに自信はありません。
でも、とても困っている様子です。

「何せ、突然だったんで・・・」
とても気になる言葉でした。

「目をかけていたのに」
「そこまで精神的に参っていたのか」
新しい仕事を指示したことについて、少し迷いが生じてきているようにも感じました。

つい最近聞いた話を思い出しました。

「相談ごと」というのは、答えを求めている場合もあれば、その気持ちを分かってほしいと思い話している場合があるということです。
多くは自分なりの考えを持ち、相手の話によって決める、ということのようです。
自分を振り返ってもそうだと思います。

ですから相談者になるべく多く語ってもらいました。

昨日の場合、私の経験なども話したうえで一つだけアドバイスをしました。
辞めたいという彼の感じているプレッシャーをとってあげることだと思いました。

やはり、「よく話を聞いてあげること」がまず最初に行うことだと思います。

話を聞いている内に、つい激励したりしてしまうのは逆効果です。
話しが止まってしまいます。
時に立ち止まることも大切だと思います。

気持ちを理解し、しっかりと受け止めることが大切です。

相談を受けながら、人は様々であることを改めて感じました。
そしてこうしたことを積み重ねながら成長していくことも。

posted by 伊藤やすのり at 05:45| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月15日

選挙投票率に思う

我が家では中日新聞と産経新聞を購読しています。
時々頼まれて聖教新聞を購読することもあります。

購読するにはそれぞれに理由がありますが、複数の新聞を読んでバランスをとることが重要だと思っています。
それぞれに特徴がありますが、毎回楽しみにしているものの一つに『正論』(産経新聞)があります。
難しそうなことが書いてありますが、よく読むと、納得できることが少なくありません。

そんな中に、《「普通の国」へ日本の転換図れ》と題しての伊原吉之助氏(帝塚山大学名誉教授)の意見が載っていました。(12月12日『正論』)

内容を簡単に言ってしまうと・・・
今の日本は世界各国に比べて「普通ではない」ということ。
それを3点あげて、それを一考してほしいというものでした。
@選挙法の改善
A憲法の改正
B国防と外交の堅実化

昨日、衆議院選挙があったこともあり、選挙のことについて氏の意見を紹介します。
(その部分を原文で紹介します。)
・台湾の選挙と比較して・・・
《わが国の選挙は実につまらない。
台湾では野党の演説会に家族連れで支持者が集ひ、屋台が出、党のグッズ売り場まであって実に楽しいのです。

候補の演説は聴衆との活気ある対話です。
わが国の候補の演説は一方通行。
大抵は騒音として敬遠されるだけです。

わが国は選挙法をどんどん「改悪」し、選挙を実につまらなくしました。
だから投票率が有権者総数の
この事態に危機感を持たぬ政治家諸公の神経はどうなってゐるのでせう?

商店なら売れ行き不振でたちまち倒産ですよ。

なぜ候補者が支持者と交流できるやうに、有権者が戦況を歓迎するやうに、選挙法を改正しないのでせう。
若者が喜んで投票に行くやうな工夫がどこにありますか。》

今回の選挙でも投票率が芳しくないことは取り上げられています。
でも、それに対する手は関係機関や関係者からの「投票に行きましょう!」という掛け声だけです。
ほとんど役になっていないと思います。

氏が言われるように、選挙そのものを変える必要があるようです。
一票の格差や定数は議論されているようですが、有権者全てが選挙に参加(投票)するように変えようという議論は聞きません。

伊原名誉教授の意見を取り上げてみたらいいと思うんですが、いかがでしょうか。
posted by 伊藤やすのり at 08:44| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月14日

バラバラを一つに

昨日、愛知県倫理法人会が独自に行っている「特別講師認定研修」に参加しました。
この研修、昨年も受講しましたが結構気に入っています。

「特別講師の認定」と聞きますと、心構えや話の構成、話し方などについて教えてもらう、と思いますが少し違います。
いわゆる「話し方教室」ではありません。

人前で、特に倫理のことをほとんどご存じない人たちを想定しての「話の構成づくり」です。

そのことを「経営者の自己革新を語る」、といっています。
この考え方が実にいいと思っています。
つまり、事業や家庭のこと等での「苦しみごと」に対し、出合った純粋倫理を実践したところいろいろな変化が現れた。
そのことはとても嬉しいこと、楽しいことであり、その様子を「わかるようにお話をする」、ということです。

こうした経過は、一見しますとバラバラに存在しているように見えることがあります。
でも関連付けてみた時、それは見事なまでにつながっており、まるで物語です。

そうなんです。
経営者自身を主役に、「モノの見方や考え方の変化」、「今までやったことのないことを試しにやってみた」、「今までにないことが起きた」・・・それを「喜び、感謝」する。
そして更に高めてゆく。

昨日の研修会で、この流れを「物語」として作りあげることなんだと改めて感じました。

皆さんにお話しする内容を、起承転結にまとめて下さい。
これが昨年の研修で頭に残ったポイントでした。
でも今年は、昨年と同じ資料、同じ講師なのに違った印象です。

微かな記憶をたどっても「物語づくり」という言葉はなかったように

だとすれば、講師も研修内容をよりよくするために研鑽されているのでしょう。

決して現状に満足しないのがいい。

倫理運動の創始者の「原典」がしっかりしていること。
倫理研究所の運営方針や、倫理法人会の憲章や方針が揺るぎないものだからといえます。

勉強をし、何か新しいことを始める。
そしてその結果を楽しむ。
それが、人生物語。

学ぶこと、そして新しいことをやってみること。
ますます楽しくなってきました。
posted by 伊藤やすのり at 06:24| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月13日

縁というもの

1週間ほど前、友人から電話があり会食に誘ってもらいました。
指定された日(昨日の夕方)は何の予定もなくOKをしました。
でも、あとから思うにメンバーのことや趣旨をはっきり聞かないままの返事でした。

会場には約束時間の10分ほど前に到着、先にみえていた人と手探りの話を始めました。
先月の暮れ、とあるスナックで会った人でした。
その時はひと言ふた言交わしただけだったので、初対面といっていいほどです。

相手は私の友人から私のことをいろいろ聞いてるようで、かなり具体的な話が出てきました。

初めての会話で、相手が多くの情報をもっているのにこちらは「無し」に等しいのはつらいものです。

相手からの質問に答えるばかりです。

でもその内に相手さんの輪郭のようなものがわかってきます。

「知りあいの知りあい」ということがわかるだけでイメージは大きく膨らみます。

やがて誘ってくれた友人も来て、早速乾杯から始まりました。

料理のこと、健康のことなどの話から、共通の知人の話などにおよびつくづく「縁というもの」を感じました。
人と知り合うのは「知り合うべき時に知り合う」ようで、その時は「早くもなく遅くもない」といわれます。「天の配剤」といわれるところです。
私を含めて4人の集まりでしたが、意気投合し二軒目、三軒目と久しぶりのハシゴでした。

そして、二軒目三軒目の店(初めてのお店)でもその昔に会ったような人、あるいは友人の知人などに会いました。
「ご縁」なんですねえ。
つくづく思いました。

会社の一線で毎日を仕事中心だった頃には思わなかった感覚です。

倫理を勉強したり、実践の真似事をやるようになり、「おかげさまで・・・」という気持ちが芽生えてきたようです。
そのせいで「ご縁」というものを意識するようになったのかもしれません。

相手さんのことはご縁が深まれば自然に詳しく知ることになるでしょう。

そんなことを思いながら好きなお酒をいっぱいいただきました。
ご一緒した時間は4時間くらいでした。
それは「爽やかで楽しい時間」でした。
すがすがしく朝を迎えられたことがそのあかしです。

本当にありがたいことです。
posted by 伊藤やすのり at 06:57| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月12日

改めて整理整頓

12月も中旬になるとそろそろ大掃除にとりかかります。
12月には大掃除をして、新しい年を迎えるというのが一般的です。
日本人の特徴だと思います。

私の場合、「今年こそは思い切って処分しよう」、と意気込みますが、どうも途中で「あれも必要、これも必要」と、対して物を捨てることができません。

どうしてだろうと考えてみました。

そこで思い浮かぶのは、「改めて整理整頓」ということです。
実はこのことは今年の春先に考え、実行してきたことです。

「整理」とは、《必要なものと不要なものを区分し、不要なものは捨てる(処分)すること》です。
そして「整頓」とは《必要な時にすぐ使えるようにしておくこと》です。
教科書通りです。

しかしこのような考え方だけではなかなか実行に移せません。

「要不要」の基準は?
「処分」の具体的な方法は?
家で何かをする場所はどこか?
などを明らかにしておかねばなりません。

私流ながらいろいろなことを決めてみました。

そんな中でそれなりの効果があったことは次のようなものです。
・本や資料などの保管は「スペースを限定」しました。
・事務用具などは整理箱に入れ、複数の場所に置くようにしました。
・主な日常行動について場所を限定しました。

夫々が完璧にできているわけではありませんが、大まかに「規制」を掛けるようにしました。

効果絶大なのは、本や資料の保管です。
決めたスペースからはみ出すものは処分対象としたので古い順にはみ出すことになりますが、それが「どうしても必要」という場合はほとんどありませんでした。

学んだことは、本や資料は「時間経過と共に必要度が格段に下がる」ということです。
中には、どうして保管しようとしたのかわからないようなモノもありました。

整理整頓のごく一部を実行してみました。

おかげで今年の大掃除、難関でした「本や資料」の処分はわずかな時間で済みそうです。

日頃から、というのは大切です。
実感しています。
posted by 伊藤やすのり at 14:53| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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