2015年04月13日

生きた言葉で語る

自分の気持ちを率直に語るというのは難しいものです。

ここ数年、地域の課題や解決策についてお話しする機会が増えました。
地域の行政改革について意見を述べるのであり、当然といえば当然です。

依然は会社の経営実務とか、人間学の学びの一環として人物を語ることが中心でした。

双方について共通していることですが、自分の気持ちを率直に語ることは難しいと常に思っています。

そんな中、改めてスピーチを見直すべきだという記事がありました。

産経新聞の4月9日版。
「解答乱麻」という欄で、木村貴志さん(パッカーズ寺子屋塾長)が「生きた言葉で語る指導を」と題して持論を述べていました。

10歳から15歳の子どもたちを教育するパッカーズ寺子屋では、スピーチ指導を重視されているそうです。

指導されていて、最も苦労されるのは染みついた習慣をとることだそうです。

強固に染みついた3つの習慣が紹介されていましたが、ハッとしました。
自身の問題点を指摘されているようでした。

その3つの習慣と、それが何故だめなのかの解説です。

@書いてきた原稿を読む
A原稿を暗記して話す
Bそれらしいことを言おうとする

まず、「書いてきた原稿を読む」というのは、紙切れを相手として話すことだし、「暗記した」ことを話すの野は自分の記憶と対話することでしかない・・・と、手厳しい。

これは、目の前の人間を尊重し心から自分の思いを伝えようとはしていない。

確かに指摘の通りです。

要するに、「書き言葉」と「話し言葉」とは違うということ。
言語の働きが違うので、「書き言葉」で話せば、かたくて舌に乗らず、人間らしい感情は伝わらない、という指摘です。

「それらしい良いこと」を語っても、それは自分を良く見せようとの作為や自分の考えを持たぬ空虚さでしかない・・・。

厳しいがよくわかる。
振り返ってみると、指摘の通りである。

「生きた言葉で、率直に語る」
この原点をもう一度確認しなければいけないと思っています。

posted by 伊藤やすのり at 09:21| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月12日

人生の肯定と否定

「人生の肯定と否定」
ちょっと難しく感じられるかもしれません。
これは、私も属している倫理法人会の会員に対し、毎週送られてくる『今週の倫理』にかかれていた言葉です。

わかりやすく言えば、世の中で起きる「いやなこと、困ったこと」に、どのような心構えでいるかということですが、倫理では、「すべてを肯定的にとらえ、受け入れなさい」と教えられます。

初めてこの話を聞いた時は、「そんな理不尽な・・・」と思いました。
「いやなこと、困ったことをすべて受け入れるなんて・・・そんなことできません」と思いました。

あらゆる困難に対しても「喜んで受け入れなさい」・・・と。

なかなか受け入れられるものではありません。

ただ、多くの人たちの体験を聞くうちに気持ちが少しづく変わっていくことを感じました。

目の前に現れた困難なこと。それを肯定しなさい。
更には・・・
「その困難はあなたにとって必要なことなんですよ」・・・とまで言われました。
このことを「要物必与」といいます。

「その人にとって必要だから現れた。」「与えられたんですよ。」
困難なことに対する極めて積極な心構えです。

この話(実践体験)を何度も聞くうちに実践しようという気持ちになってきました。

実感としては「気が楽」になったような気がします。

『今週の倫理』(919号)の締めくくりの文章を紹介します。

《病気などは人生の最大不幸のひとつだが、病気にかかったら、
「この病気にかかった。よろしい。これも原因があってなったのだから」とまず肯定して、ではこうしようと心構えを決めることだ。

これに反し、その病気をきらい、おそれ、心配ばかりして否定していると、ますます病気は重くなり、正しい解決法ができにくくなる。》

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2015年04月11日

社員食堂

我社(河村電器産業)の社員食堂は、誇れる施設の一つです。
多くの来訪者がありますが、ほとんどの方にお褒めいただきます。

そもそも我社の社員食堂には、現会長の強い思いが入っています。

それは、創業者から引き継がれている社員への思いやりと言っていいと思います。

創業者は明治生まれ、子供の頃から大変苦労された人です。
子供の頃、「家族愛」に恵まれなかったこともあり、会社創業時から「社員は家族の一員」というのが口癖だったようです。
いつの頃から、お昼を会社で用意するようになりました。
近所に住まう社員の奥さんが、昼食準備の手伝いにみえていたようです。

二代目の社長はよく社員と一緒に食事をされました。

私が営業所長(東京都葛飾区亀有)を拝命した頃のことですが、社長が出張で来られ、夕ご飯に手料理をしてもらい所員全員で頂いたことがあります。
40年も前の話ですが、以来、会食する機会が多くなり、一般的な会社に比べ幹部との会食は多いと思います。

そして三代目(現会長)は、社員食堂に対し独特の考えを持って整備を進められている。
新築で手掛けられたのは本社地区ですが、既存施設も順次改装されてきました。
一番新しいのが山の田町にある本地工場の社員食堂です。

生産活動をする工場とは別棟の食堂施設です。

食事は仕事をしている中で、楽しみの一つです。
「職場から離れ、僅かな時間ながらくつろぎの空間の中で食事を楽しんでもらう。」
これが「別棟」にしている思いです。

この本地工場内の施設は、斜面を利用した建物で、窓からは大きな池(農業用水池)を中心にしたは庭園が望めます。
春の桜、秋の紅葉は見事なものです。

庭園内には番地なども整備されており、昼休みなどに利用されているようです。

私はこの施設を、地域の人たちにも利用してもらってはどうかと考えています。
地域貢献の一つにしたいと思っています。

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2015年04月09日

三つの基本

今、多くの企業で新入社員研修が行われています。
当社でも例年の如く行われていますが、社会人一年生に知ってもらいたいこと、会得してもらいたいことがそれぞれで、内容や進め方はいろいろあるようです。

歴史的にも変化があります。

我社は一時「新入社員訓練」と称し、富士宮にある管理者養成学校の「地獄の訓練」を模した教育訓練をやっていたことがあります。
7〜8年続いたと記憶しています。

内容は「基本動作の徹底」でした。

「キビキビした動作や行動は、ものの考え方までも変える」という考え方でした。

大きな声であいさつをする。
椅子から立つ、座るなど素早く音を立てずに行う。
入退室は会釈とあいさつをする。
会議などのの始まりには全員起立し、「お願いします」とあいさつする。

こうした動作や行動を訓練を通じて会得するのです。

それは今でも残っており、実践されているkととです。

ただ、そのことだけに終始する「新入社員訓練」はなくなり、基本動作の徹底は教育の一部となりました。

昔から継続されていることは「挨拶」と「返事」、それに「ホウ・レン・ソウ」です。
現場における「報告」「連絡」「相談」は特に強調されています。

先日「職場の教養」4月号を見ていて、「三つの基本」という記事を見つけました。

@「おはようございます」と自分から先手であいさつを行う。
A名前を呼ばれたら「ハイ」と心を込めて、感じのいい返事をする。
B「ありがとう」という感謝の心で、全ての後始末をきちんと行う。
とありました。

「挨拶」「返事」「後始末」です。

「後始末」は忘れがちです。

端的な言い方で、基本を徹底したいものです。
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2015年04月08日

光り輝く愛知

4月5日の中日新聞に、二面を使っての愛知県広報がありました。
新年度の主要政策と予算概要が示してありました。

今、統一地方選挙の真っ只中であり、候補者の主張と比較をしながら見てみるととても参考になると思いました。
率直に思うのは、「広報の果たす役割は重要だ」、ということです。

掲載された内容を、それぞれにじっくりと考えてみたいと思っています。

大村知事が目指しているのは『光り輝く愛知』をつくということです。
東京への集中が問題視されるようになって随分時間がたちます。
国の真ん中にある愛知の存在感を高め、国をリードしていこうとする気概が強く感じられます。

全国の各府県がこうした気概を持つべきだと思います。

そうした中から、1980年代までの経済成長モデルとは違ったモノが生まれてくるような気がします。

掲げられている政策は15あります。
それぞれが重要なことだとわかりますが、「従来とは違う」ものもいくつかありました。

、と感じるのもいくつかあります。そうした観点から至上主義からすが、
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2015年04月06日

学校の再編

文部科学省から小中学校統廃合の方針が示されました。
小中学校の統廃合は少子化傾向が進む中、致し方ないのかもしれないが十分に議論しなければならない問題だと思います。

昨日の中日新聞にも、豊橋総局長の間野さんが意見を述べていました。
(「あいち現場考」欄)
新城市にある連谷小学校の様子と共に、2015年度末に閉校となることに触れ、
《人数が多ければ社会性が付くとは限らない。小規模にも限界はあるが、自分の価値が見い出しづらい社会にあって、一人一人大切に思われていると感じて子どもが育つのなら、小さな学校こそ、今まさに必要ではないか。》と結んでいました。

確かに一理ある意見だと思います。

ただしこれは、「子どもは多くの友達に囲まれて、社会性をつけなければならない」、という小規模校の解消を説く公的文書に反論されているのであり、もっといろいろなことが絡み合っており、それほど単純なものではないと思います。

私はまだ結論を見出してはいませんが、議論の進め方として一つは「子どもを育てる」という視点、もう一つは「学校という施設の存在意義」という二つの視点で議論を深めた方がいいと思っています。

戦後教育を振り返り。
学校での教育のありよう。
家庭(あるいは地域)教育のあり方。
などなど、どんな大人になっていってもらいたいのか。
そんな子育てプランが必要だと思います。

当然のことながら、大人たちの役割も明らかにした方がいいと思います。

また、学校の地域における存在意義や卒業生らの思いも無視できるものではありません。
生まれ育った地域に学校が存在しているからこそ「ふるさと」と言えるのかもしれません。

こうしたことを、ひとつづつ整理し、現代の価値観に移し替えていくことを並行して考えていかねばなりません。

それほど時間があるわけではないと思います。

結論を急がされると思いますが、実のある議論を重ねたいものです。
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2015年04月05日

「一」という言葉

昨日の土曜日、瀬戸木鶏クラブの例会が開催されました。
今回で81回となりました。

いつものように私から挨拶をして始まりました。

最初は「致知」4月号の特集の意図が示されている編集長の文章を輪読します。
今号の特集は「一を抱く」でした。
毎回書かれているものですが、約1400文字位で、特集に対する思いが述べられています。
通称「総リード」と言われています。

さて、この「一」というのがなかなか難しいものです。

一般的に「単位」だと理解しますが、この漢数字は「はじめ」とも読まれ、そんな単純ではありません。

今回の総リードでは、二種類の「一」が書かれていたように思いました。

一つは、明治天皇がつくられた和歌(御製)を引用され、事の本質とか源のような意味で「一」を使われているようです。
つまり、明治21〜2年の頃、日本は西欧から技術文明が怒涛のように入ってきていたようです。
陛下は、全国民が西洋に心を奪われ浮き足立っていることに憂いを持たれた思いを歌に託されたようです。

《日本は日本を日本たらしめているものを見失ってはならぬ・・・明治天皇が抱かれた一とはこれではなかったろうか。》
こんな言葉で説明してありました。

もう一つの話は、裏千家の千玄室宗匠と女優の山本富士子さんの人となりについてです。
(お二人は致知出版社の新春大会で講演をされました。)

このお二人の共通点として「その道一筋」というのがあります。
この「一筋」ということを「一」として使われているようでした。

勉強会での話し合いの中では、「ことの源」について話が集中しました。
国としての源、それは「明治の時代」に形成されたものだったではないでしょうか。

途中から軍国主義がへと舵を切ったのは間違いだったとは思いますが、国の本質(源)にあっては失われていなかったと思います。
それが「教育勅語」だったり、教育システムだったと思います。

なのに、大東亜戦争の敗戦により「すべてを否定」する内容に変わってしまいました。

「もう一度原点にもどろうよ・・・。」
そんなことを確認した例会でした。
posted by 伊藤やすのり at 07:41| Comment(0) | ひとづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月04日

大和言葉

《日本語の単語には「大和言葉」「漢語」「外来語」の三種類があり、それらをうまく使いながら会話をしている。》
こんなことを最近知りました。
「大和言葉」というものがあることは知っていましたが、理解は曖昧でした。

外来語も知っていました。
本来は日本語とは言えないですが、一般的に好かわれるようになり「日本語の単語の一つ」として理解されているようです。

この「大和言葉」、現在ブームだそうです。

私は新聞の書籍広告でそれを知りました。
購入しようと思い、広告を切り抜いておきました。
『日本の大和言葉を美しく話す』(高橋こうじ著、東邦出版株式会社)という本の紹介にこんな文章がありました。
《すぐに使える大和言葉を350以上収録。日本人が育んできた知的で優雅な「余韻を残す言葉づかい」が身につく。
ブーム到来で19万部突破!》

気をつけていると、週刊誌でも「特集」をしていました。

この本、先日手に入りました。
購入したわけではありません。
知人が「興味がありそうだから・・・」と、読み終えた本を私にくれました。

日常で、何かを強く意識しているとこういうことが起きるものです。

さて、「大和言葉とは?」ですが、特別な言葉ではないようです。
「大和言葉」と「漢語」の違いは実に簡単で、「訓読み」か「音読み」かの違いです。

今まで意識せずに使っています。

本では冒頭『「大和言葉」は唱歌によく使われている』と紹介されています。
唱歌、「ふるさと」の中に出てくる「山」「川」「ふるさと」というのは大和言葉。
これを漢語で表現すると、「山地」(さんち)、「河川」(かせん)、そして「故郷」(こきょう)というわけです。

大和言葉は「心にしみる特性がある」とも説明しています。

唱歌を歌ったり聞いたりすると「心にしみる」と感じるのは使われている「大和言葉」のせいなんだと改めて感じました。
posted by 伊藤やすのり at 07:20| Comment(0) | ひとづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月03日

国のことを思う

統一地方選挙が始まっています。

この地方では愛知県県議会議員選挙が今日告示です。
9日間の戦いが始まりますが、実に静かです。
それが何を意味しているかと言えば、選挙への無関心さだと思います。

投票率が低いという結果は、いろいろなことを考えさせられます。

「投票に出かけさせる工夫が足りない」とか、「そもそも政治に関心がない」とか言われています。
でも、それに対する対策が打たれているようには感じません。
結局はこのことが「課題」であるという認識が低いのではないでしょうか。

では、もう少し深く考え、なぜ「関心がない」のでしょうか。

いろいろ議論はあると思いますが、その一つに「国を思う気持ちが薄い」ということがあると思います。

こんな調査結果があります。

『国のために戦う意思』があるかどうかについて世界64カ国(地域)で実施した世論調査です。
欧米諸国が下位に並び、上位にはパキスタンなど情勢が不安定な国が目立った結果(84%〜94%)でしたが、日本はなんと「最下位で11%」でした。(中日新聞)

今の日本で「自国のために戦う」ということがどんなことなのか、多くの国民が想像することすらできないのかもしれません。

「国のために戦う意思」があればいいというわけでなく、「自国のことを思う」ことは国民として当たり前のこと。
それが基本となり、県とか市町村について「思う」ことにつながっていくと思います。
それはとりもなおさず「政治」への関心を高めることになると思います。

やはり、教育に早く手を打つべきだと思いますが・・・。
posted by 伊藤やすのり at 06:12| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月02日

生涯現役

「生涯現役」
人生の過ごし方は人それぞれですが、私は「生涯現役」を生き方の理想だと思っています。
そんな社会に少しでも近づけたいとも思っています。

自身が40代の頃はボンヤリと思っていました。
両親の働く姿を見て、何となく思っていたことが8年前に出会った純粋倫理で確信しました。

「働くことは生きること、生きることは働くこと。」という一文との出会いであり、「喜んで働く」という「喜働精神」を学ばせてもらいました。
頭に浮かんだのが「生涯現役」という言葉でした。

3月29日の産経新聞に、大和ハウスさんが「生涯現役」という雇用制度を導入したという記事がありました。
大手企業では無理だと思っていただけに、驚きと共にさすがだと思いました。

65歳で定年とし、その後は再雇用として「無期限で働き続けることができる」、という制度だそうです。

契約は一年ごとで、会社が必要と認め一定条件を満たさねばなりませんが、未期限とはすごいことです。
似たような制度を導入している企業でも、そのほとんどが70歳までとしているようです。

雇用する側にとっては、定年年齢に達した人が持っている無形の資産を組織内に伝承したいと思うでしょうし、働く側は「生き甲斐」の一つとして前向きに取り組めると思います。

とはいえ、企業という組織ではなかなか難しいところもあります。
素晴らしい制度ですが、それをうまく運用していくためには「きめ細かな」対応が必要です。
大和ハウスさんならそれが十分用意されていると思います。
年齢が高くなればなるほど「個々人別の対応」が必要となるからです。

目を転じてみれば、零細企業ではごく当たり前に「生涯現役」が行われている現実があります。
これが、働く側や雇用する側の当たり前の姿になってもらいたいものです。

私はこうした現実を踏まえ、企業との雇用関係以外に「生涯現役」という仕組みをつくりたいと考えています。
それは、皆が元気なうちは「公益に資する仕事」に携わってもらう社会です。
つまりは「世のため人のために自分の力を使ってもらう」、ということです。

「ボランティア」とか、昔あった「勤労奉仕」など、素晴らしい精神が日本人にはあります。
これを活かすこと、それが生涯現役社会であり、「生きることは働くこと、働くことはみんなに喜んでもらうこと」だと思います。

posted by 伊藤やすのり at 06:06| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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