2015年03月08日

まちづくりの主役

今から二十数年前、「村おこし」という言葉に出会ってから「まちづくり活動」に関わってきました。

いろいろな企画を立て、無我夢中で取り組んだ時期もありました。
少し理屈っぽく「まちづくりとは?」などと考えたこともありました。
補助金を受けることばかりを考えた時もありました。

いろいろな活動のなかで、まちづくりに必要なのは「若者、ばか者、よそ者だ」、と言われたことがあります。
そして、「そうだそうだと」と思いました。
ただ、その三者は「人そのもの」ではなく、「発想」とか「行動」を表したものであるという理解もしていました。

最近強く思っていることは「主役」です。

まちづくりを、一つの芝居として考えてみればわかりやすいと思います。

どんな観客を意識しているだろうか。
ストーリーは?
脚本は?演出は?
そして主役や脇役の役割は?

こんな風に考えていくと、いろいろなまちづくりを仕掛けている中で「主役や脇役」という役者さんのことをあまり考えてはいなかったように思います。

その町に住まう人、そこで商いをする人すべてが「役者さん」でなくては芝居が成り立ちません。

つまり、その町の人たちこそが「まちづくりの主役」でなくてはいけません。

瀬戸市東部にある「窯垣のこみち」といわれる名所に小さな駄菓子屋さんがあります。
今年一月、新聞で今年いっぱいで店を占めると報じられたところ、昔馴染みや子どもらから「やめちゃうの?」といわれ、続けることになったという記事がありました。

必要とされてるんだと感じた時、人はそれに応えようとします。
その町が好きだからだと思います。

そういう人たちをもっと大切にしまちづくりの主役に据えなければいけません。

当たり前のことなんですが、つい忘れてしまい、賑わいだけを求めイベントを企画するといった安易な方法に流されていたのでは?
こんな反省をしなければなりません。

何よりもその町に住まうひと、その町が大好きな人を主役にし、活性化を考えたいものです。
posted by 伊藤やすのり at 06:18| Comment(0) | まちづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月07日

伊藤やすのりと語る会

今年2月から、ほとんどの週末夕方に「伊藤やすのりと語る会」を開催しています。
3月に入り、土曜日以外でも開いていただけるようになりました。

「語る会」と銘打っていますが、30分は私からの話で、20分ほどを意見交換の時間にしています。

私からは、「まちづくり」に関すること。
特に、瀬戸市を元気にするための「方策」について説明をしています。

昨夜も開催されました。
開始時間の午後7時前から満席となり、50名を超える人に集まっていただきました。
感謝の気持ち一杯です。

昨日も「訴えたいこと」は変わっていませんが、一つ変えたことがあります。
それは、導入部の話で、「ことの始まりを大切にしたい」という普段から思っていることでした。

つまり、何事をするにしても「原点とかことの始まり」を正しく理解しておくことの重要性です。

宇宙とか地球の始まりはともかく、まずは我が国日本始まり(建国の意味)とか、関わっている事業の始まりとか、住まう地域のはじめなどです。
加えて、自身のもとである「両親やその両親」に思いを寄せることです。

昨晩は、「日本国の始まり」について触れました。

紀元前660年が我が国の始まりです。
そして今年は「皇紀2675年」です。
そんな国の始まりについて紹介し、「我が国のことを誇りに思うと同時に、我が町瀬戸にも同じような気持ち持っている」ことを述べました。

わが町瀬戸市は、1300年の窯業の歴史があります。

そのこと自体凄いことで、我々市民も誇りに思うべきです。

そう思うことで郷土を愛することがさらに深まると思います。
まちづくりに大切な基本的な心構えとも言えます。

少し長めに話したのは、会場の皆さんが食い入るように聞いてもらったからです。
人前で話をしていてもっと気持ちの昂る瞬間です。

多くの皆さんが共感いただけたようです。
このことを感じさせてもらっただけで大満足です。

おかげさまで意見交換も活発になりました。

閉会し、お見送りをしていた時、「もっと聞きたかったよ」、と何人かに言っていただきました。

感謝です。
posted by 伊藤やすのり at 07:36| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月06日

読書会で学ぶ

先日、知り合いのブログで読書会の楽しさが紹介されていました。
いろいろな本を読み、その感想を述べる。
その感想に対して意見を述べる。

あるいは一冊の本をみんなで読み、その感想を披露しあう。
そして意見を述べ合う。

読書についていろいろな楽しみ方がありますが、「勉強する!」という気持ちが強ければ強いほど長続きしないように思います。

肩に力が入りすぎるのも問題です。
軽い気持ちで参加するのがいいと思っています。

軽い気持ちとか、楽しむ、という気持ちから始まった訳ではないですが、2008年8月に瀬戸木鶏クラブが発足しました。
この「木鶏クラブ」というのは、人間学を学ぶ月刊誌『致知』を教本にして「人間を学ぶ会」です。

発足間もないころは肩に力が入り、まさに「勉強する!」という姿勢でした。
毎月1冊読むわけですが、時に難解な内容もあります。
沢山の記事の中から二、三読んで参加し、その感想を述べ合います。
最後には、出された意見をまとめ、「今日はこんなことを話し合い、こんなことを確認しました」、と結んでいました。
これが代表の仕事でした。

半年くらい経った頃、そうしてまとめることに疑問を感じ始めました。
かといってどうすればいいのかがわかりません。

そして1年ほど経った頃、今後の進め方について話をさせてもらいました。

今回から皆さんの発言内容をまとめるということは致しません。
同じ記事の感想でも各人各様です。
それをまとめてもあまり意味がありません。
むしろ、各人の感想そのものを尊重することによって、各人がそれぞれ気付きや学びをしてもらう方がいいと思う。
ただ、出席者が感想を言っぱなしでは締まりがないので、「全体の感想」を述べて終了にしましょう・・・と。

皆さんの賛同を得て、その時から「まとめない。全体の感想を。」ということを続けています。

開催も6年半を超えました。

勉強会から「読書会」にし、皆の感想から学ぼうという雰囲気になったからだと思います。
私自身は毎回楽しんでいます。
参加者それぞれの印象、感想の違いを楽しんでいます。

今月の瀬戸木鶏クラブは、明日開催されます。
posted by 伊藤やすのり at 11:44| Comment(0) | ひとづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月05日

テストの利用

子育ての一つに家庭での勉強にどう関わるかということがあります。
口うるさく「勉強しろ!」という親も多いと思いますが、反対に子どもの自主性に任せている親もいます。

どちらがいいか悪いのか。

あまり意味のある議論とは言えません。

今朝拝見したブログに、子どもの勉強に寄り添うお母さんの「気持ち」が書かれていました。
すごくいい感じの内容です。
「テストの反省会」と題したもので、(中間とか期末の)テストが終わると親子で反省会を開かれるそうです。

結果である点数のことはあまりこだわらず、ただ「子どもにテストの感想を発表」させているようです。

まずは結果に対する自身の満足度です。
その満足度にについて「分析」し、あれやこれやと発言するようです。
お母さんは聞くことに徹します。

そしてこの一連の流れを「子どもらは意識せずにPDCAを回しているんです」、と表現されていました。

「PDCA」とは、企業では当たり前に使われている言葉で、一言で言ってしまえば「管理」とか「マネジメント」とか言われています。
「P」は計画、「D」実施、「C」確認、「A」処置(対策)のことで、これを繰り返し活動の質を高めるというものです。

企業ではよく知られていますが、うまく機能しているところはそう多くはないようです。

「テスト反省会」というのは「C」の確認にあたるところです。
つまり、結果について満足ならば「計画と行動」があっていたということであり、結果不満足というのは「計画が悪かったのか(取り組むことが結果に結びつかなかったか)、やろうと思ったけど出来なかったのか、何故できなかったのかをあれこれ考えることなんです。

この考えることに価値を置いていることも素晴らしいと思いました。

子どもが、自分の頭でいろいろ考えます。そして言葉にします。
じっくり聞いていれば、その発言の中に「次はどうしたらいいのか」という対策(つまり「A」)が幾つか入っているものです。

そして自分できめます。
「これからは復習をきちんとやろう」

これに対して親は「賛同し、激励」すればいいと思います。

ブログを拝見しながら、いくつか想像しました。
その想像を加えての紹介でしたが、小学生の親御さんにはぜひ参考にしてもらいたいと思います。

日本の学校教育は、記憶することに重きがおかれます。
でも、人として生き抜いていくには「考える力」が必要ではないでしょうか。

テストを使って「考える訓練」をされているようで、とても素晴らしく思いました。
posted by 伊藤やすのり at 05:49| Comment(0) | ひとづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月04日

素直であれ

昨夜、倫理法人会幹部研修がありました。
今回は「倫理法人会の歴史」についての解説がありましたが、いくつか感じたことがあります。

勉強し、実践をしている「純粋倫理」というものは、究極「素直になりなさい」ということだと理解しています。
そしてその内容というのは三つあります。

「明朗」ほがらか
「愛和」なかよく
「喜働」よろこんではたらく
この三つであり、今一歩おし進めてみますと、
純情 すなお
の一つになります。

ふんわりとやわらかで、何のこだわりも不足もなく、澄みきった張りきった心、これを持ちつづけることであります。

『万人幸福の栞』という教本には以上のように書かれています。
その通りだと思っています。

「素直であれ」
この反対が「わがままである」ということです。

昨夜の講義の中で、この「わがまま」について記述されたところを読み、ふと気が付きました。

自然界の様子を見てみると、一分一秒の狂いもなくめぐり動いています。
そして、動植物の仲間内では自由や平等はただおのずからにして行われています。
人間だけが貧富、貴賤、上下の差別があります。

また、健康な人、ひ弱な人、賢い人、愚か者などがあります。

どうしてかと言えば、『人間だけが、勝手気まま、わがままをすることができるから』との説明です。

つまり、「不幸な人」というのは、「わがまま」「素直ではない」ということです。

こんなことを改めて感じました。

「素直であれ」
そうだそうだといいます。
でも「素直になるにはどうするか?」
それはあまり考えてきませんでした。

ズバリ、「わがままを止める」ということです。

難しいのは、「わがままを、わがままと認識できるかどうか」だと思います。

まだまだ修養が足りません。
posted by 伊藤やすのり at 13:39| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月03日

本屋さんをのぞく

書籍購入のネットサービスができてから、本屋さんに行く回数が減った方も多いと思います。
私も以前より減ったと思いますが、相変わらず本屋さんは好きです。

以前から、「読書がなかなか続けられないですが・・・」という質問をいただくと決まって答えていました。

それは、「本屋さんに行くこと。できたら定期的に通うこと。」とアドバイスをしています。

読書に親しむことについていろいろなアドバイスがありますが、私は「まずは自分がお金を出して本を買うこと」だと思っています。
どんな本でも構わないと思います。
自分で購入したかどうかがポイントです。

購入してもなかなか読めず、やがて本箱に納まってしまいます。
こんな方も多いようです。
「読まないなら借りない、買わない」と言われますが、「読まなくても何日か手もとに置いておくだけでも読書が好きになる一歩を踏み出された」と思います。

そんなわけで私は一週間に一回は必ず本屋さんをのぞいていました。
でも今は少し減りました。

昨日、二週間ぶりに行ってきました。

改めて思いました。

アマゾンで簡単に買えますが、本屋さんには定期的に行くべきです。
欲しい本を探すのはネットが便利です。
でも、いろいろ眺めている中で「読んでほしい!」とか「買ってくれ!」という本が何冊か見つかるものです。

昨日も買ってきました。
面白そうな小説です。
一冊はNHK土曜ドラマに決定したという『限界集落株式会社』(小学館文庫)という本。

ついでにもう一冊。
作者は同じ黒野伸一さんです。
『長生き競争』(廣済堂文庫)という本です。

衝動買いですが、きっと面白いと思います。

ページをめくり始めるのは今度の土曜日あたりです。
posted by 伊藤やすのり at 11:17| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月02日

喫茶店

瀬戸市は喫茶店が多いといわれます。
正確な数は知りませんが、数は多いと感じます。

その理由を聞いたことがあります。
「瀬戸は小規模な企業が多く、喫茶店を自社の応接間代わりに利用している」、とのことです。

言われてみればそうなのかもしれません。

よく利用する人は、「一日数回」という人もおられるようですがいますが、私自身は多くありません。
最近は増えましたが、それでも、一週間に一、二回程度です。

お店の数を多く知っているわけではありませんが、午前中は満員のところが多いようです。
特に高齢者の姿が目につきます。
聞くと常連さんのようです。

グループでの利用も多いようですが、利用してい内に友達になることも多いようです。

あまり利用しない私にとっては不思議な空間に感じます。

もう、文化の一つといっていいかもしれません。
ひょっとすると人間の持っている「集団帰属の本能」が働いているのかもしれません。
現代の「井戸端会議」なのかもしれません。

そんな風に考えると、「もっと身近に」「もっと安く、気軽に」と、増えていくのかもしれません。

他人と交わることで心身ともに健康になるでしょう。
更には、話し合うことによって希望や目標が生まれるかもしれません。

喫茶店の賑わいを「モーニングサービスの競争」というお店サイドのことだけではなく、利用者サイドからのニーズによって新しい「カタチ」が出てくるかもしれません。

注目します。
posted by 伊藤やすのり at 05:34| Comment(0) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月01日

ミニ集会

現在市内各所でミニ集会を開催しています。

まちづくりのことを中心にお話しし、その後質問などをいただきながら意見の交換をしています。
その内容は実に様々で、地域の問題を認識するのに貴重な体験をさせてもらっています。

まちづくりに関することも一面的なことではありません。
ご自身の日常生活から発せられる問題提起は一見個人的なことだと思えることがあります。
でもしっかり聞いていますと違います。
その多くは極めて根本的な問題です。

その典型的な問題が道路に関することです。

地元の人たちは、地域内のある道路についてはっきりした「用途」を認識しておられます。
つまり、この道路は「生活道路」だとか、あの道は「農道」だとか、あそこの広い道路は「基幹道路」だ、という具合です。
ですからその用途と違う通行の仕方をされると「困る」、というわけです。

具体的には、生活道路や農道を通勤者のマイカーが走ることにより、交通災害の危険にさらされるというわけです。

ではどうしたらいいのかと改善策を検討するかと思いきや、災害が起きないように対策を筒ということになります。
子どもらの通学に見守り番を立てるようなことです。

この一連の話を聞きながら「何か違うのでは?」と思いました。

子どもらの通学時の安全を確保することは大切なことです。
でも根本にある原因とか、社会環境の変化などに手を打たなければ、真の解決にはならないのではないでしょうか。

私自身に答えがあるわけではありません。

でも・・・
もっと考えればきっと真の解決策が見つかると信じています。
posted by 伊藤やすのり at 06:23| Comment(0) | まちづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月28日

シニア起業の実情

その町の元気さというのは「子どもの声」がどれほど聞けるかで判断できるという人がいます。
「そうだなあ・・・」と思います。
でも、町で子どもの声をとんと聞かなくなってしまいました。

いわゆる少子高齢化社会です。

そうした社会において、何とか子どもの数を増やそうといろいろな施策が打たれていますが増加の気配はありません。
若いご夫婦次第ということです。

そうした状況を踏まえながら、できることを考えねばなりません。

例えば、高齢者の比率がどんどん高くなってきていますが、生涯現役でいられるような施策を考えてはどうでしょうか。
つまり、元気なお年寄りの数を多くして町に元気を取り戻せないものでしょうか。
私はできると思っています。

産経新聞に「ゆる起業のススメ」という連載記事があります。
「ゆる起業」とは、自分の好きな仕事で起業し、無理せず適度な収入を得るための起業のことです。

2月25日の記事によりますと、「60歳以上で起業される人の割合が年々高くなっている」とのことです。
「アクティブ・シニア」といわれる人が増えているということです。
とてもいいことだと思います。

「シニア起業の開業動機」がとても素晴らしい。
上位三項目は、
@仕事の経験・知識や資格を生かしたかったから
A社会の役に立つ仕事がしたかったから
B年齢や性別に関係なく仕事がしたかった

こんな積極的な気持ちを持ったシニアが沢山おられます。

こういう人たちに活躍してもらえる機会を積極的につくるべきだと思います。

経験や知識を生かす。
社会へのお役立ち。
やりがい・生きがい。(真のはたらき)
仕事をするということは、生きるということ。(日本人の持っている価値観)

そして「健康長寿社会」の建設へとつながっていくのだと思います。
posted by 伊藤やすのり at 08:52| Comment(2) | やすのり日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月27日

民生委員さん

私の友人に昨年度で民生委員を辞めた人がいます。
ただ、社会福祉協議会の委員は続けられており、時々その仕事内容について聞くことがあります。

民生委員と社会福祉協議会委員とは同列に見てはいけませんが、共に地域のために働いていただいており感謝しなければなりません。
私の周りの委員さんはとても良くやっていただいています。

しごとの内容を聞けば聞くほど頭が下がります。

ところで数日前のことですが、新聞に「民生委員のなり手不足が深刻」、という記事がありました。

読売新聞2月25日の「論点」欄で、上野加代子氏(同志社大教授)が述べていました。

高齢者や児童への虐待、
老老介護、
ひきこもり、
不登校、
いじめ、
生活困窮など、
地域社会では大きな変化と新たな課題が生まれている。

地域社会に密着した民生委員の役割が今ほど求められている時はない。

こうした社会状況であるにもかかわらず、民生委員の高齢化やなり手不足など、とても深刻な状況であり支援すべきである・・・という内容でした。
わが市でも同じような問題があると思います。

指摘の通りだと思いますが、一般の人たちにとって民生委員の存在やその役割が正しく理解されているだろうかと疑問を持ちました。
私自身もボンヤリとした理解でしかありませんでした。

「論点」で述べられていることは、まさにこのことではないかと思いました。

まちづくりを考えるとき。
地域の絆を取り戻そうと考えるとき。
現実的なことを一番知っている、あるいは関連する情報を一番持っているのは民生委員かもしれません。

そうだとすれば、民生委員を支援しその機能強化を図ることこそが「まちづくりの歩みの一つ」といえると思います。

早急に対策を打つべき課題だと思います。
posted by 伊藤やすのり at 06:07| Comment(0) | まちづくり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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